[戻る]  [ダム便覧]  [Home]  [スマホ用]


全項目表
 
ダム番号:235
 
石淵ダム(元) [岩手県](いしぶち)

 → 胆沢ダム(再)
11/10
ダム写真


025165 灰エース
046567 Kei
063818 だい
025158 灰エース
085581 安河内孝
085592 安河内孝
085589 安河内孝
084535 Kei
D-shot contest 入賞作品   → ダム便覧トップ写真   → フォト・アーカイブス [ 提供者順登録日順 ]
どんなダム
 
日本で最初に着手したロックフィルダム
___
終戦直後の昭和21年の着工。当初は重力式コンクリートダムとして計画されたが、当時セメントの生産量が極端に落ち、セメント使用料の制約があったため重力式コンクリートダムからロックフィルダムに計画変更。日本で最初に着手したロックフィルダム。
[写真]コンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム(撮影:ふかちゃん)
北上川上流5大ダムの最初のもの
___ 「日本のTVA(Tennessee Valley Authority)」とも呼ばれた北上川上流5大ダム計画に基づいて建設された5ダムのうち、最初に完成したダム。昭和28年6月竣工式(概成)、28年12月貯水開始、29年1月胆沢第1発電所運転開始。
コンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム
___
ダムの上流面をコンクリート版にして遮水するコンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム。このタイプは、日本では昭和20〜40年代に石淵ダム、皆瀬ダム、小渕防災溜池など数基の建設事例があるが、当時は堤体ロック材の締め固め工法が現在のように進んでいなかったなどのため不等沈下やクラックが発生しやすく、一時採用されなくなった。その後の技術進歩を反映し、最近再び建設の動きがあり、苫田鞍部ダムが建設されている。
[写真](撮影:北国のNAGO)
堤体盛立てに投石射水工法
___
ロックフィルダムの堤体盛立ては投石射水工法と呼ばれる方法で行われた。堤体上に軌道を設け、軌道上を原石を積んだトロッコを走らせ、そこから高い落差で堤体上に原石を投下する。投石により生じた小岩片の堆積を避けるために高圧水を射水。軌道のピアは堤体内にそのまま埋没させた。原石は、右岸上流1.5kmの猿岩と呼ばれる山から採取した。
[写真](提供:国土交通省北上川ダム統合管理事務所)
クレストゲートとオリフィスゲートが並ぶ
___
中央に2門のオリフィスゲート、その両側に2門ずつのクレストゲートが並立。洪水吐についてオリフィスゲートが採用された最初のダムだという。
[写真](撮影:北国のNAGO)
胆沢ダムの建設で水没する
___ 下流で胆沢ダムが建設中。それが完成すると石淵ダムは水没する。
これは何だ
___
左岸側に6角形の取水塔があるが、これは発電用の取水塔。右岸側の堤体近くにも、古びて壊れかかった取水塔らしきものがある。天端からよく見え、これはいったい何かと目を引く。工事中と完成後の排水を目的に、建設当時に排水トンネルが掘られ、その排水塔のようで、建設から間もない頃はどうか分からないが、最近は使われていないようだ。
[写真](撮影:北国のNAGO)
シリーズ ダム百選 投票から
第 8 回  『 歴史を感じるダム 』
■ 日本で最初に着手されたロックフィルダム。もうすぐ水没してしまうダムですが、だからこそ。 (阿部)
テーマページ ダムツーリング -ダムの細道・東北-
ダムマイスター東北研修会報告
岩手・宮城内陸地震に関するダム調査結果について
(財)ダム技術センター第19回「ダムフォトコンテスト」受賞作品
「理の塔、技の塔」 〜私説・戦後日本ダム建設の理論と実践〜 (5) 戦後の国土総合開発と多目的ダム建設
「理の塔、技の塔」 〜私説・戦後日本ダム建設の理論と実践〜 (6) アメリカに追いつけ、追い越せ!戦後のダム技術開発
このごろ 東北ダム巡りツアーに参加してみた
CFRD
バトンタッチ
ワンナイトライトアップ
グローリーホールを探して…そして石淵ダム
石淵ダム・胆沢ダム見学会
ダムマイスター研修会 石渕・胆沢ダム見学会レポート
これは日本初だ 〜 貸切新幹線で行く、紅葉の東北 4ダム巡り
このごろの胆沢ダム
左岸所在 岩手県奥州市胆沢区若柳字尿前  [Yahoo地図] [DamMaps] [お好みダムサーチ]
位置
北緯39度06分47秒,東経140度54分13秒   (→位置データの変遷
[近くのダム]  胆沢(再)(2km)  衣川1号(6km)

河川 北上川水系胆沢川
目的/型式 FAP/ロックフィル
堤高/堤頂長/堤体積 53m/345m/443千m3
流域面積/湛水面積 154km2 ( 全て直接流域 ) /108ha
総貯水容量/有効貯水容量 16150千m3/11960千m3
ダム事業者 東北地方建設局
本体施工者 西松建設
着手/竣工 1945/1953
ダム湖名 石淵湖 (いしぶちこ)
ランダム情報 【ダムにいる鳥】国土交通省「河川水辺の国勢調査」(2002)
カイツブリ、ミミカイツブリ、アオサギ、コハクチョウ、オシドリ、マガモ、カルガモ、コガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、カワアイサ、ハチクマ、トビ、オオタカ、ツミ、ハイタカ、サシバ、クマタカ、ヤマドリ、イソシギ、オオジシギ、ドバト、キジバト、アオバト、カッコウ、ツツドリ、ホトトギス、コノハズク、フクロウ、ヨタカ、アマツバメ、ヤマセミ、カワセミ、アオゲラ、アカゲラ、オオアカゲラ、コゲラ、イワツバメ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、ビンズイ、ヒヨドリ、モズ、カワガラス、ミソサザイ、コマドリ、ノゴマ、コルリ、ルリビタキ、ジョウビタキ、トラツグミ、クロツグミ、アカハラ、シロハラ、ツグミ、ヤブサメ、ウグイス、メボソムシクイ、センダイムシクイ、キクイタダキ、キビタキ、オオルリ、コサメビタキ、エナガ、コガラ、ヒガラ、ヤマガラ、シジュウカラ、ゴジュウカラ、メジロ、ホオジロ、ホオアカ、カシラダカ、ノジコ、アオジ、クロジ、アトリ、カワラヒワ、マヒワ、ベニマシコ、ウソ、イカル、シメ、スズメ、カケス、ハシボソガラス、ハシブトガラス
ダムカード画像コレクション
石淵ダム Ver.1.0 (2007.07)
リンク 東北のダム(国土交通省東北地方整備局)
〜日本のTVA〜北上川総合開発計画(岩手県地域振興部)
DAM Photographer・またしても東北・・・(その15)
DAM Photographer・またしても東北・・・(最終回)
Dam's room・石淵ダム
Damstyle・石淵ダム
dashelo の 『さて、見にいこ。』・「石淵ダム」見てきた。
THE SIDE WAY・石淵ダム
ウィキペディア・石淵ダム
ダムどら・石淵ダム
ダムニュース/「石淵(いしぶち)ダム 」から 「胆沢(いさわ)ダム 」へ(ダム技術センター)
ダム好きさん【石淵ダム(元)】
ちょいとダムに行ってくる・ちょいと石淵ダムへ行ってきた。
ちょいとダムに行ってくる・台風17号 石淵ダム最後の洪水対応
水力ドットコム・胆沢第一発電所
石淵ダム(社団法人日本土木工業協会)
日本の川と災害・石碑の語る治水・利水・災害の歴史
日本の川と災害・石淵ダム
日本全国ダム紀行・石淵ダム
北上川ダム統合管理事務所(国土交通省東北地方整備局北上川ダム統合管理事務所)
関連書籍 ■建設省北上川ダム統合管理事務所 『北上川五大ダム統合管理20年のあゆみ』 建設省北上川ダム統合管理事務所 1995
諸元等データの変遷 【05最終→06当初】目的[FNP→FAP]
【06最終→07当初】左岸所在地[胆沢郡胆沢町若柳字尿前→奥州市胆沢区若柳字尿前] 河川名[胆沢川→家野川]
【07当初→07最終】河川名[家野川→胆沢川]
【11当初→11最終】堤体積[442→443]

■ このごろ (はじめの部分) → このごろ目次
東北ダム巡りツアーに参加してみた

 
今回は(財)日本ダム協会が主催する“東北ダム巡りツアー”(10月22日−23日 ダムマイスター研修会「東北のダムを巡る」)に同行させて頂いたということで、その時の感想などを“一ダムフリークの視点”から紹介  ・・・→ 全文はこちら
(H23.12.6、ばっきぃ)


■ このごろ → このごろ目次
グローリーホールを探して…そして石淵ダム

 
 この日は、石淵ダムのライトアップが予定されていました。明るいうちに見学場所を確定させます。点灯開始までは、まだ時間がありましたので気になっていた秋田県のダムに向かうことにしました。
 石淵ダム付近から、秋田県横手市の相野々ダムまで時間優先でカーナビをセットします。するとナビは、秋田自動車道「湯田」で降りることを指示してきました。目的地に向かうために降りるインターチェンジが「横手」(秋田県)ではなく「湯田」(岩手県)であるということは、このダムが県境の山間部に位置していることを意味します。

1.相野々ダム

 相野々ダムは、昭和36年に東北農政局が完成させた堤高40.8mのアースダムです。完成当時、アースダムとしては日本一の堤高を誇るものでした。現在は、秋田県南旭川水系土地改良区が管理しています。
 相野々ダムについては、ダムマイスターのふかちゃん氏が、「洪水吐が見つからなかった」とブログに書かれています。全国の半数以上のダムを訪れた方の証言ですから疑いの余地はありません。事前に調べた地形図でも、洪水吐らしいものは確認できませんでした。
 横手は、かまくらで知られる豪雪地帯です。その雪解け水を湛える相野々ダムに洪水吐がないということが本当にあり得るのでしょうか。


相野々ダムの取水塔

 相野々ダムに到着します。1本のカラフルな取水塔が目に入りました。堤頂付近を見渡す限りやはり洪水吐は確認できません。


現在は倉庫として利用されている建物

 右岸側にもカラフルな建物がありました。かつては管理事務所として使用されていたと思われるその建物は無人でした。現在、ダムは遠隔管理されているようです。建物の中には除雪機が置いてあり倉庫として利用されているようです。
 地山の裏側に密かにトンネル式の洪水吐が隠されているかもしれません。可能な限り探しましたが、ふかちゃん氏の言うとおり、洪水吐はありませんでした。

 最後の可能性として、取水塔を確認してみます。よく見ると、取水塔建屋の下の部分にスクリーンのようなものが設置されていることがわかりました。この日は水位が低いため、取水塔がよく観察できました。水位が上昇して、コンクリートの位置を越えたとき、このスクリーンの部分から溢流して余水を外部に吐き出す仕組みとなっているのかもしれません。


相野々ダムの取水塔の近影

 後日、管理者に確認すると、相野々ダムは、取水塔建屋の下部が洪水吐になっているということでした。相野々ダムはグローリーホール式の洪水吐を持っていたのです。深田調整池にあった2つの構造物を1つに合体させたような構造です。取水塔がグローリーホールを兼ねるという極めて合理的な設計となっていました。

2.石淵ダム

 石淵ダムの取水塔は、相野々ダムと似た構造となっていました。平面図で見ると六角形の取水塔建屋下部には、各面に赤いスクリーンのようなものが設置されていました。



石淵ダムの取水塔

 この日は水位が低いため、取水塔がよく観察できます。水位が上昇してこの鋼製スクリーンの位置まで達すると自動的に溢流するようです。写真をよく見ると、スクリーン下部には土砂が付着しています。水位が高かったときにこのスクリーンから水が流れ出していたことを示すものです。


石淵ダムの取水塔

 ほぼ満水時の写真を確認すると、この部分からあたかも溢流を始めそうです。石淵ダム管理支所に確認すると、はやり、この部分は水位の上昇に応じて溢流する構造になっているとのことでした。石淵ダムの取水塔もグローリーホールを兼ね備えていたのです。
 石淵ダムの取水塔が持っているグローリーホールは、洪水吐を目的としたものではなく、あくまで利水目的のものであるということです。石淵ダムには、立派な洪水吐がありますので、別段このグローリーホールに洪水処理をさせる必要はありません。この部分から溢流する水量は毎秒15トン程度であるそうです。この水は、発電所を経由して徳水園に送られて行きます。

 多くの方がご存じの通り、まもなく石淵ダムは退役します。ダム本体は、胆沢ダムの貯砂ダムとして第二の使命を担うことになります。しかし、取水塔のような突起物は、必ず撤去される運命にあります。早ければ10月1日の午後には、解体作業が完了しているかもしれません。残された期間はごくわずかです。石淵ダムを見学する機会のある方は、近い場所からこの取水塔もカメラに収めてください。

(H24.8.30、安部塁)


■ このごろ (はじめの部分) → このごろ目次
石淵ダム・胆沢ダム見学会

 
 平成24年9月15日(土)、ダムマイスター研修会「石淵ダム・胆沢ダム見学会」が行われました。全国から総勢15名のダムマイスター・ダム愛好家の方が、胆沢ダム学習館に集結します。多くの方が早朝あるいは前夜に自宅を出発  ・・・→ 全文はこちら
(H24.9.20、安部塁)


■ このごろ (はじめの部分) → このごろ目次
ダムマイスター研修会 石渕・胆沢ダム見学会レポート

 
 9月15日(土)、北上川水系の石渕ダム 、胆沢ダム において、日本ダム協会主催の「ダムマイスター研修会」が実施された。研修会には、協会から2名と、ダムマイスターと同行者計13名が、京都、愛知、石川、関東の各地  ・・・→ 全文はこちら
(H24.10.12、Damkichi(吉))


■ テーマページ(抄) → テーマページ目次

ダムマイスター東北研修会報告

安 部  塁
 
3.石淵ダム

 下流の胆沢ダムが完成すると石淵ダムは完全に水没することになります。胆沢ダムが完成すると水没することになる管理支所で資料一式をいただき、堤頂部へと徒歩で進みます。普段は閉鎖されているロック堤体部の上も開放されました。現在は使用廃止されている排水塔も間近で見学できました。

 石淵ダムは、平成20年の岩手・宮城内陸地震で堤体に被害を受けています。リップラップに残る傷跡がいまでも生々しさを呈していました。


石淵ダム
 胆沢ダムの完成によりこのダムが水没することはやむを得ないとしても、左岸にあるダム建設殉職者の慰霊碑がどうなるか気になるところでした。国道交通省の職員さんの話によると、慰霊碑は高台に移設するということでした。

 ダム巡りでは、慰霊碑との対面は避けることができません。私は慰霊碑に対しては、感謝の念を持って「安らかにおやすみ下さい」と手を合わせるようにしています。この日、石淵ダムの慰霊碑に手を合わせていたのは、りえま氏だけであったような気がします。彼女はおそらくどのダムでも、そのようにされているのでしょう。ダム巡りのマナーとして慰霊碑には敬意を表すべきであると思いました。

 ・・・→ 全文はこちら
(平成23年11月作成)


→ ダム便覧の説明
ご意見、ご感想、情報提供などがございましたら、 までお願いします。
ダム便覧内の写真、文章、データなど全ての内容の無断転載を禁じます。































[戻る]  [ダム便覧]  [Home]