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ダム番号:3432
 
印内耕地整理池 [長野県](いんないこうちせいりいけ)


10/09
ダム写真

(撮影:だい)
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このごろ 印内耕地整理池の謎
左岸所在 長野県佐久市  [Yahoo地図] [DamMaps] [お好みダムサーチ]
位置
北緯36度17分13秒,東経138度21分53秒   (→位置データの変遷
[近くのダム]  弁天池(9km)

河川 信濃川水系大門川
目的/型式 A/アース
堤高/堤頂長/堤体積 15.4m/100m/15千m3
流域面積/湛水面積 3.7km2 ( 直接:0.1km2 間接:3.6km2 ) /1ha
総貯水容量/有効貯水容量 36千m3/36千m3
着手/竣工 /1922
ダム湖名 悠玄湖 (ゆうげんこ)
リンク ウィキペディア・悠玄湖
諸元等データの変遷 【06最終→07当初】追加
【08最終→09当初】堤高[15.4→15]
【09当初→09最終】堤高[15→15.4]

■ このごろ → このごろ目次
印内耕地整理池の謎

 
 長野県佐久市に印内耕地整理池というアースダムがあります。大正11年(1922年)に竣工した歴史ある堤体です。少し変わった名前をもつこのダムは、耕地整理組合(かつて農地所有者によって組織された団体)により建設されたことが推測されます。現在は、御牧ケ原台地土地改良区が管理するダムとなっています。

1.疑問

 ダム便覧に掲載されている印内耕地整理池のトップ写真には、右岸堤頂部に管理棟のようなものが写っています。


印内耕地整理池下流面(撮影:だい)


印内耕地整理池上流面(撮影:だい)

 恐らくは、この建物の中に取水設備等が格納されていると思われました。位置情報は判明しておりますので、それを頼りに現地に到着してみます。ところがイメージが予想していたものとは少し異なりました。右岸側には建物が見当たりません。


現在の印内耕地整理池上流面

 管理棟が改築や移築されることは特に珍しいことではありませんが、代替施設のようなものも見当たりませんでした。

■右岸側の建物が見当たらない。
■取水設備はどうなっているのだろうか。
■余水吐きも見当たらない。
■この場所は、印内耕地整理池で間違いないのだろうか。何となく廃ダムの感があふれている。
■別の場所に来てしまったのだろうか。

 私は初めて訪れるアースダムの場合、経験上、あらかじめ地形図等をプリントしたものを準備しています。ただ、それと照らし合わせて見ても位置関係に間違いないはずなのですが…。


以前の印内耕地整理池右岸(撮影:だい)


最近の印内耕地整理池右岸(撮影:Dam master)

2.かつての位置未確認ダム

 ダム便覧の写真提供者だいさんに尋ねてみると、このダムは、その当時は位置未確認ダムであったことがわかりました。だいさんが、目星をつけて現地に行きダムとしての堤高も確認できたことから印内耕地整理池の有力候補としてダム協会に報告。その後、詳細な調査を経て位置確認済ダムとなったということです。
 このように文字にしてしまえば、いとも簡単なことに思えますが、印内耕地整理池周辺の地形はこのようなものでした。


印内地区周辺の地形図(国土地理院電子国土より当該部分を引用)

 位置未確認の状況で、このような“溜池銀座”の中から、この位置にたどり着くまでには相当の試練の道があったはずです。
 地図右上の「御牧原トンネル」は、北陸新幹線(長野新幹線)のトンネルです。果てしなく広がる農村地帯の下には、地下鉄のように新幹線のトンネルが通っていました。建設費用を考えれば田畑の上に高架橋を設置した方がはるかに経済的に思えます。しかし、そうすると地上に出るために急勾配区間を設けざるを得ず(新幹線の速達性という宿命から急勾配を避けるため)、トンネルが掘削されたようです。この場所が高台に位置しており、それはまた、昔から農業用水に苦労してきたことを物語っています。

3.解決

 現在の管理者である土地改良区に確認すると、次のようなことが解りました。


印内耕地整理池(撮影:Dam master)

■右岸側の建物が見当たらない。
⇒そこにあった建物は、個人所有の別荘で土地改良区とは元々関係ない。(現在は、取り壊され、土台のみ残っているだろう。)

■取水設備はどうなっているのだろうか。
⇒この地域は、高台にあるため農業用水には苦労してきた歴史がある。印内耕地整理池は、下流に余裕があるときに導水管を通してポンプアップして農業用水を貯留しておき、必要に応じてこの導水管から放流している。一般的な溜池のように貯水池上に露出している施設は、そもそも設けられていない。

■余水吐きも見当たらない。
⇒目立たないが、左岸側に地山を削ったものがある。

■この場所は、印内耕地整理池で間違いないのだろうか。何となく廃ダムの感があふれている。

■別の場所に来てしまったのだろうか。
⇒その場所は、印内耕地整理池に間違いなく、また現在でも貴重な農業水源として利用されている。

 ここでは、下流からポンプで汲み上げた水を大切に貯水し、少しずつ大切に利用して来たのです。揚水発電所も驚くような技を使ったアースダムが大正時代に造られ、今も現役で活躍していたのです。本当に、貴重な財産です。勝手に廃ダムと誤解して大変申し訳ないと思いました。
 印内耕地整理池は、ほぼ山頂の谷間に築造されたため大きな流入河川はありません。それゆえ、大きな余水吐を作る必要もなかったのかもしれません。大正時代に完成して、90年以上の長きにわたり大きな問題はありませんでした。しかしながら、より一層の安全のため余水吐きを含めた改修が検討されているようです。

4.あらたな疑問

 堤体名を「印内耕地整理池」と称するアースダムについて、ダム年鑑・ダム便覧ともに堤高15.4m、堤長100mと記載されています。
 一方、貯水池名については、ダム年鑑が堤体名と同じ「印内耕地整理池」であり、ダム便覧では堤体名と異なる「悠玄湖」と記載されていました。どちらが正しいのでしょうか。ダム便覧の記載のように、堤体名が「●●池」で、貯水池名が「▲▲湖」となる例は他にもあります。愛媛県には東蓮寺池というロックフィルダムがあり、このダムの堤体名は「東蓮寺池」で、貯水池名は「きさがた湖」となっています。


印内耕地整理池貯水池(撮影:だい)

 あらたな疑問が噴出してしまいました。90年以上の歴史のあるダムですから、すべてが明らかになるまでには、まだまだ時間が必要なのかもしれません。

(H26.8.22、安部塁)

→ ダム便覧の説明
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