新書判、267頁、定価800円(税別)、武田元秀著、交通新聞社刊、ISBN978-4-330-25711-2、平成23年12月発行
この本のカバーの袖書きには、次のような一文がある。「日本列島にはダムを建設するために造られた鉄道が多数ある。人気の観光路線として知られる黒部渓谷鉄道は黒部川水系の発電所工事のために施設されたものであるし、JR只見線の会津川口〜只見間は田子倉ダム建設のために、また、大井川鐵道井川線のアプト式区間は長島ダムとのかかわりの中で誕生した。本書は日本におけるダムと鉄道の密接な関係を、写真や建設資料とともに紹介する異色の現地レポートである。」そして著者いわく、自身がダムと鉄道の両方が好きだから書くことが出来たと。堤高103.6メートル、堤頂長243メートルの中空重力式コンクリートダムや、1067ミリゲージ軌道、ED500形電気機関車、クハ600形客車、66.7パーミルの急勾配といった専門的な用語が随所に散らばっている、まさにダムマニア、鉄道マニアの方の知的欲求を満たすにはこのうえない本ということになる。
読み進むにつれ、大きな桁数の数字、専門用語も気にならなくなり、いつの間にか読んでいた。そこには、山奥にあるダムと、そこにつながる鉄路について、詳細な物語が描かれていた。著者は、入手できる限りの資料にあたり、地元の人や現場の管理に従事する技術者の声に耳を傾けつつ、現地を歩いてこれをまとめている。ダムについては、いつ、どういう目的で計画され、どれだけ大変な苦労があって建設されたかが克明に記され、また鉄道はどれだけの距離をどんな技術で敷設され、どのような列車がどれだけの荷を運んだかまでが示されている。その行間からは、車窓から見えるであろう渓谷美や四季折々のダム湖の景色が見事に滲み出ている。
先日この目で見てきた八ッ場ダムの建設予定地の記述には驚かされた。標高480メートル地点を風光明媚な吾妻渓谷に沿って走っている吾妻線が、ダムが完成した後は堤頂部の標高が586メートル、常時満水位が583メートルに達することから、線路跡は湖底100メートルに沈むという表現だ。こうした捉え方がごく自然にできるというのは、ダムと鉄道の両方に明るい著者ならではの目線であろう。
我が国の河川は、険しい山間地を流れる急流が多い。どんな山奥に降った雨も二泊三日もすれば海へと流れ出てしまう。その水を飲み水に灌漑に、産業用に発電にと、人々の暮らしのために使えるようにするのがダムである。また安心・安全を確保するという意味では、山からの土砂の流出を食い止める砂防ダムの働きも大切だ。人目につきにくい山奥の川筋に目を向けて、手入れし続けるというインフラ整備の仕事は、国土の保全という大事な役割がある。そうしたことをダムと鉄道という組み合わせで改めて明らかにしたとても貴重な一冊である。
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(2012.1.10、中野朱美)
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