水墨絵巻物「生々流転」(重文)は長さ日本一の40m、大観55才の大作である。深山幽谷、雲湧き出ずるところに結露した無数の水滴が木の葉から落ちて源流となる。流れを集めた渓流は、牧歌的な人々の暮らしを潤しながら大河となって海へと注ぐ。そして遙か沖合、大洋の黒雲に蠢くものがある。それは今まさに天空目指して昇る龍ではないか。
大観は「葉末に結ぶ一滴の水が、後から後からと集まって、瀬となり淵となり、大河となり、最後に海に入って、龍卷となって天に上る。それが人生であらう」(大観芸談)という。生きとし生けるものを生かし、自ら生きて流転する「生々流転」である。「水の一生」と「人の一生」、ともに「流転」している。水の循環と生命の循環との重ね合わせは、大観の「水の心」であった。
中国では龍は水神とされ、龍踊りは五穀豊穣を祈る雨乞いの神事であった。農耕と水の関わりは深い。龍は金色の玉を激しく追い求める、あたかも太陽の力で水蒸気が天空へ昇るかのように。龍は人間活動への警鐘であろうか、「太陽エネルギーである水循環で暮らせ」と怒っているようだ。化石燃料による気候変動が許せないらしい。「生々流転」は大正12年9月1日、古い陳列館で初公開された。午前11時58分、天地を揺るがす地震が起こった、関東大震災である。奇跡的に「生々流転」は被災を免れた、龍の開眼を思わせる。
温暖化が進んでいるが、都市住民は氾濫域で生活している。クリーンエネルギーをもたらす水力発電、治水、利水によって安心安全を守るダムの果す役割は大きい。大観の「水の心」は龍に象徴されているが、水を生かすダム湖にはその龍が潜んでいることだろう。 「生々流転」は、08年1月23日から3月3日まで国立新美術館(港区六本木 電話03-6812-9900)で展示されます。龍探しにお出かけになっては如何でしょう。
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(2007.10.1、北川正男)
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