《このごろ》
新刊紹介 「昭和の刻印 − 変容する景観の記憶」

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 日本ダム協会の写真コンテストで審査委員をお願いしている窪田陽一先生(国立大学法人埼玉大学大学院理工学研究科教授)が新著を上梓されましたのでご紹介します。それは、「昭和の刻印 − 変容する景観の記憶」(柏書房、A5判、全324頁)です。

 本書は、旧社団法人日本土木工業会(略称=土工協)の広報誌「建設業界」(略称=CE)に平成21(2009)年に連載された「昭和の刻印」と平成23(2011)年に連載された「続 昭和の刻印」の合計22本のフォト・エッセイを基に改稿されたもので、新たに書き起こされた文章と追加撮影された多数の景観写真を収録しています。東京に初めて出現した超高層ビル、人口爆発に応えた住宅団地、旅の概念を変えた新幹線、高速道路、高度経済成長を支えたダム等々…まさに昭和のダイナミズムを感じさせる一冊となっています。


 内容は、大きく分けて7つの章で構成されており、それぞれに主題となる景観を表現する漢字が冠として付けられ、「都之景」「住之景」「軌之景」「路之景」「渡之景」「辺之景」「天之景」となっています。

 ダムが登場するのは、「辺之景」。我が国が急速に戦後を脱していった高度経済成長期には、発電、利水、洪水調節などを目的として、次々にダムが造られ、人々の生活も便利に豊かになっていきました。しかし、ダムに限らず、時代の要請で建造された大規模な土木施設には、環境との関わりや費用面から様々な議論が起こり今に続いていることも事実です。

 このエピソードの締めくくりには、『〜過去は現在の中にあり、未来に投影されている。その日が来ることを忘れないためにも、昭和の刻印に眼差しを向ける姿勢を保ち続けたい。』という一文があります。これは、明治時代に築かれた水道用ダムのように、すでに供用期間を過ぎた古いダムの取り扱い方につながる課題であり、下流に新たなダムを建設し、古いダムの一部を切り取ることで新旧ダムを交代させる手法が採用された事例に現れています。古くなったダムを単に解体するというだけでは、1世紀に渡って地元に水を供給して来た大切なインフラが一瞬で失われることになり、下流域の人々の暮らしに大きなダメージを与えてしまうのです。本書にある通り、昭和の時代に数多く建造されたダム達にもいつの日にかこうした対策が講じられるということをしっかり心に留めておかねばなりません。

 昭和という時代は、私たちの21世紀への憧憬を見事に具現化させていく圧倒的なパワーを持っていたのだと思います。この時期、土木の第一線で活躍されたエンジニアの方々には、選び抜かれた言葉と時代の息遣いを見事に切り取った美しい写真から成る、この珠玉のフォト・エッセイをお薦めしたいと思います。

(2015.7.30、中野朱美)
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