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1.二つの環境変化 −自立の要請、市場の重視−
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水源地域の振興は、その特性に配慮して、地方自治体による通常の地域整備だけでなく、水特法による各種事業や水源地対策基金などの支援によってより積極的に展開されている。だがもともと、水源地域に代表されるような過疎という条件を抱える地域の振興は容易ではないし、短時日で成果が上がるものでもない。
最近、それに加えて、地域振興をめぐる環境に二つの変化があった。 一つは、国の地方自治政策が地域の自立を強く要請する方向にシフトしたことである。行政権限の地方移譲、三位一体改革(税源の地方移譲、補助金の削減、地方交付税制度の見直し)、広域合併の推進などであるが、これらはいずれも地域社会の自主的な運営を促し、地方公共団体の行政効率を高め、地域が自ら責任を負うようなしくみを整備する政策である。
もう一つは、経済体制が市場重視にシフトし、その結果経済の二極分化がすすんだことである。デフレ経済からの脱却の過程で、規制緩和や市場競争の強化が推進された。そして、地域、業種、企業規模、所得階層などに応じた格差が顕在化し、定着するきざしがみられる。その典型は、地価の動向であるが、経済的に優位なものがより一層優位性を高める傾向を強めたからである。
この二つの環境変化は、過疎的な地域の振興に新たな課題を突きつける。
過疎地域は、もともと社会経済的な基盤が脆弱で、自立が困難だからこそ特別に支援を受けている。経済的にも公共事業や国などからの移転的な支出(社会保障給付、福祉サービス給付など)に依存しがちである。だが、地域の自立を求める地方自治政策は、そのようなしくみの見直しを迫るのである。自らの責任で地域社会を運営する体制を築かなければならないのだが、基盤の形成途上にある過疎的な地域では、特別の支援の継続・充実を欠いてはその実現は難しい。
また、経済の二極分化がすすめば、たとえば景気回復に当たってもその波及には地域的な差が生じるであろう。経済運営においても、既に人口・産業が集積している大都市圏の経済的な優位性を活かすことに関心が集中しがちとなるであろう。そもそも過疎的な地域を経済的に支援するのは、市場メカニズムに委ねては経済的な豊かさを実現することが困難だからであるが、市場競争を重視する経済環境のもとでは、その支援の効果は限定的なものとなる。それのみか、地域振興においても市場機能の活用を迫られるはずだ。経済的な基盤をどのようにかたちづくるか、そのありかたを考え直さなければならないのである。
このように、いま、水源地域などの振興は、二つの危機的とも言える環境変化に直面している。しかもその危機的な状況は回避できそうにない。むしろ、危機を受け止め、地域振興の進め方を再度見直すことが必要となっていると考える。
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2.自律的な地域社会へ −コミュニティと内発的な地域産業が支える−
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(土地と人との結びつき)
このような環境変化のもとで、地域振興をどのようにすすめていけばよいのだろうか。重要となるのは、地域社会の運営の考え方を見直すことである。
振り返ってみると、地域社会の成り立ちの基礎には、人と土地との結びつきがあった。人々が育ち、生活することによって土地に何かが刻み付けられる。そして刻み付けられた土地は、それゆえに人にその土地特有の何かを与える。その繰り返しのなかから、自然、景観、歴史、慣習等々が束となった特有の「場」が生まれる。その「場」の形成に参加したことを実感するとき、人は現実との深い結びつきを得ることができるのである。地域社会は、このような土地との結びつきを共有する集団として意識されてきた。
同時に、土地との絆は人を育ててきた。生活や仕事や遊びを通じて地域の姿を実感し、地域社会との間でかけがえの無い関係が築かれる。その関係は、人の固有性をかたちづくるのである。たとえば、ある地名を口に出したとき、その響きが特有のイメージを浮かび上がらせ、独特の感覚を蘇らせることがあるだろう。このときのイメージや感覚は比類の無いものであり、その人らしさをかたちづくっているのである。 水源地域では、森林がその役割を果たすことが多かったかもしれない。森林と人間との人格的な結びつきを基盤として、地域社会が成立していたのである。
だが、土地と人との結びつきは、近代化の過程で機能的なものに変質していった。社会の流動性が高まって人と土地との結びつきが薄れるだけではなく、人の存在が消費市場や労働市場での機能で評価される傾向を強めた。そして地域社会は、生活の利便を享受し、行政が機能する「場」としてしか捉えられなくなってしまったのである。
しかし、自らが責任を負うことや市場機能を活かすことが重視されるようになったいま、改めて地域社会の役割に注目すべきである。
土地と結びついて歴史を共有できる安定性は、責任を負うしくみの基礎となるはずだ。人々の信頼が欠けたところでは、責任を負う関係は育たない。また、市場機能が発達すれば、特色ある商品やサービスを開発・提供することが重要となる。規模や利益のみを追求しても十分な成果にはつながらないからこそ、技術革新や知的財産に注目が集まっているのである。そして、地域が持つ特色はかけがえのない財産であり、それを活かした産業展開の機会が開かれているということだ。
このような地域社会の可能性を引き出すには、大きく二つのことが大事となると考える。一つは、コミュニティに活力を取り戻すこと、もう一つは、内発的な地域産業を育てることである。
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(コミュニティの活力)
まず、コミュニティの活力であるが、土地と結びつくというのは、日常生活の場として地域社会があるということである。最も身近な生活の場、コミュニティを魅力あるものにしていくことが課題となるのだ。そしてそのその魅力は、日々の生活における手ごたえから育っていく。自らがコミュニティの運営に参加して、自ら治めることが重要となるのである。
コミュニティの運営に参加する代表的な方法は、ボランティア活動への参加である。ボランティアの活動範囲は、スポーツ指導や芸術・芸能発表などの社会教育活動、高齢者サービスや弱者援助などの福祉活動、自然保護や景観・美化運動などの環境保全活動、地域の将来計画の策定やリサイクルシステムの運営などの公共的な価値創造活動等々多面的で幅広い。その活動は日常生活に組み込まれ、コミュニティの質を高めていくのである。
さらには、NPO(非営利法人)によりさらに組織的に活動を展開することや、コミュニティビジネス(地域住民が地域の人材、ノウハウ、資金などを使って、高齢者や子育ての支援、環境保全などコミュニティのニーズに応える事業)によっても、地域社会の運営に日常的に参加することができる。
ただ、水源地域において、ボランティア活動、NPO活動、コミュニティビジネスなどを大きく展開するのは、人的にも財政的にも限界があるだろう。しかし幸いなことに、水源地域は受益する下流地域と連携することができる。コミュニティ間で連携して活動を展開すれば、双方の自治能力を高め、コミュニティの力を強めることにつながっていくのではないか。そして、コミュニティの活力が高まれば、地域社会への帰属感も深くなるはずである。
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(内発的な地域産業)
もう一つ、地域社会の基盤として地域経済の安定が必要である。しかも、単に雇用機会があるだけでは地域の活力に結びつくような基盤とはならない。経済活動を通じて地域社会が豊かになるような関係が必要なのだ。工場やショッピングセンターを誘致しても、地域との密接な関係を欠けば、経営事情によってすぐに撤退してしまう。地域経済の質を問わなければならないのである。
その鍵は、産業が内発的であるかどうかにある。産業誘致を否定するつもりはないが、産業が地域に根ざすには、地域の自然的な特性に適合し、文化の伝統に組み込まれ、地域住民が自らのものとして協力するという関係が必要である。つまり、地域固有の可能性を活かすことがそのまま産業の形成につながっていくという道筋が有効なのだ。 そのためには、地域の資源を発見し、磨き、育てることが重要となる。どのような資源に注目すべきは、それぞれの地域に委ねられる。
水源地域では、ダム湖や森林その他の自然環境を活かした観光やレクリエーションの産業化がよく見られるが、それにこだわる必要はない。合掌造りのような特徴的な建造物や文化財の保存を通じて人々の心に訴えかけること、木地師やマタギが継承してきた工芸などの伝統技術を核に地場産業を再興すること、野草や森林資源を活用してライフスタイルに訴えかけるような食品や衣料品を製造すること、山林作業などが秘める教育機能に着目してそのためのカリキュラムや場を教育システムとして提供することなど、様々な可能性があるはずだ。
このとき見逃してはならないのは、このような内発的な産業への挑戦を支えるのは、地名の尊重、文化財の発見、伝統の継承などを通じて培った、地域社会の個性や誇り、帰属感や信頼感などであることである。自らの発意を欠いては、産業は育たないのである。
このように考えてくると、地域社会の可能性が活きるためには、社会を自律的に運営することが不可欠なのに気がつく。下流地域や消費者との関係を大切にしなければならないが、それを律するのは地域社会自身なのである。
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3.自律的な地域振興のコツ −一歩の踏み出し、そして人の力−
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自律的な地域社会の運営に当たっては、新たに事業を起こす場合と類似した注意が必要である。経験的、現場的な色彩の強い人間的な挑戦だからであるが、どのようなことが重要となるか、いくつかの事例を観察すると次のようなポイントに気がつく。
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・第一歩のタイミング:
最初の踏み出しが大事で、状況判断や事前調査は十分に慎重でなければならないが、踏み出すには「賭け」の要素もある。「やってみよう」という意志が問われる。リスクを負わなければチャンスは開けない。
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・できるところから着手:
事業の全体ビジョンは柔軟でよい。むしろ、できるところから始めるという個別的な成果が次につながる。小さくとも輝けばよいのであり、あまり全体のかたちにこだわる必要はない。
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・差異への着目:
魅力は違いから生まれる。事業の創造性は、境目や縁辺というところで、あるいは変化や不安定さを孕むときにおいてこそ発揮しやすい。均質であるほど規模がものをいうから、その逆を突くのである。
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・企業経営の視点:
地域資源を生かす事業は、たとえ公共事業であっても企業経営の視点を持って運営しなければならない。組織・資金・人材を統合して運営するマネジメントの手法を磨く努力が大事である。
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・社会的な関心の持続:
地域社会が事業に関心をもち続けるしくみが重要である。PRは、宣伝ではなく公衆との関係づくりであり、地域社会の支持は、開かれた事業運営と参加機会の確保によって継続する。これは、イベントを一過性のものとしないためのコツでもある。
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・地域自身のファイナンス:
事業のためのファイナンスにおいて、地域社会が負担するしくみが有効である。事業費を自ら負担し、自らが成果を評価することが自治を支える。たとえば、コミュニティ・ボンド(事業を特定して地域住民にそのための出資を募る資金調達手法)などのしくみは魅力的である。
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・ベンチャービジネスの精神:
事業を進めるのは人である。挑戦の気概が不可欠で、地域資源を活かす事業を担うには、ベンチャービジネスを手がける場合と類似の精神を必要とする。事業は、人生を賭ける気持ちの人が主導してこそ展開していく。
以上、いささか抽象的ではあるが、環境変化の中で今後地域振興に取り組むときのコツを紹介した。このことは水源地域の振興においても当てはまるのである。 これでわかるとおり、地域振興は、行政事務の執行ではなく、事業の展開なのだ。そして、事業は、「ピンチのときこそチャンスあり」という教訓が息づく世界なのである。
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(ここで述べた意見は個人のものであり、みずほ総合研究所の見解ではありません。また、地域整備のしくみの評価や方向に関しては、私の著書『地域整備の転換期 −国土・都市・地域の政策の方向−』(大成出版社、2005年4月発刊)を参考にして下さい。)
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(2005年7月作成)
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