《このごろ》
ダムと東京スカイツリー

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 深城ダムを見学させていただいた時のことです。このダムの非越流部(堤頂部)標高が635mであることがわかりました。635mといえば、東京スカイツリーの高さ(634m)を1m上回っていることになります。
 この数値については過去の見学者からも、しばしば話題にのぼるらしく管理所の職員さんは次のような説明をしてくださいました。
■深城ダムの635mは、天端標高としての数値です。一般に知られている東京スカイツリーの高さ(634m)は、工作物として純粋に地上に見える部分の値です。建設場所の標高を加算すると、スカイツリーの最上部は、標高637m程度になるはずです。
■つまり、いま立っている場所(堤頂部)から少し高いところがスカイツリーのてっぺんと同じ高さということになります。
■もし、ムサシ(634)という数字にこだわるのであれば、この近くの「岩殿山」の高さが、ちょうど標高634mです。
 完璧です。100点満点で120点と評価したい満足できる解答でした。


東京スカイツリー


1.深城ダム


ダムカレー(型式:重力式アーチ)

 東京都墨田区、ダムカレーで有名な三州家さんに近い都営浅草線本所吾妻橋駅の入口には「海抜1.2m」の表記がありました。盛土などを考慮すると、東京スカイツリーの標高は634+αmであるようです。


建設中の東京スカイツリー、東京都交通局「本所吾妻橋駅」付近

 山梨県が管理する6基のダムのうち5番目に完成した深城ダムは、当初、FNWを目的とするダムでした。


発電所が設置される前の深城ダム(撮影:だい)

 その後、右岸にある利水放流バルブ室と肩を並べるように水力発電所が新設されました。事業者は山梨県企業局です。これにより、深城ダムでは水力発電が行われるようになりました(平成24年)。発電に使われる水は河川維持放流をそのまま転用したもので、既得水利権には影響を与えません。決して大きな出力を持つ発電所ではありませんが、それまで河川維持として漫然と放流されていたものからクリーンな未利用エネルギーを活用できるようになったのです。


深城発電所(最大出力340kW)

 岩殿山は、大月市内から深城ダムに向かう途上に見える天然の要害で、中世の山城跡が残されています。


岩殿山

 戦国時代、織田信長に追い詰められた武田勝頼は、この岩殿山城を目指して落ち延びようと試みました。しかし織田の追撃は激しく、武田の姫君たちは日川の渓谷に身を投じて自害したということです。
 現代に至り、日川(富士川水系)上流には、上日川ダムが建設されました。また、岩殿山の上流には葛野川ダム(相模川水系)が建設され、両ダムの間での揚水発電が行われるようになりました。この発電所は、世界最大級の有効落差をもつ大規模なものです。なお、葛野川ダムの貯水池名は「松姫湖」であり、勝頼の異母妹「松姫」に由来を持つ名称となっています。


日川渓谷姫ヶ淵の供養碑(山梨県甲州市)

 標高600mを超える世界の話です。2〜3mは、すでに誤差の範囲と言って良いでしょう。とは言え、何となく気になります。それでは、634という数値を持つダムは実在するのでしょうか。
 『ダム便覧』で調べて見ると、そもそもダム便覧には天端標高のデータベースがありませんでした。『ダム年鑑』も同じで、天端標高に関する記載はありません。これは盲点をついてしまった感じです。
 こうなると、過去に撮影した案内板の写真や、頂いたパンフレットなどを紐解いて確認するしかありません。現在のところ、私の守備範囲では、天端標高634という数値を持つダムは確認できておりません。


2.藤原ダム


藤原ダム

 群馬県の利根川上流に建設された藤原ダムの諸元の一部を抜粋すると、
  天端標高 EL=655.5
  サーチャージ水位 EL=654.0
  常時満水位 EL=651.0
  洪水期制限水位 EL=639.0
となっています。
 藤原ダムは、矢木沢ダムと奈良俣ダムからの全放流量を受けるほか、藤原ダム自身の直接流域を持っています。また事実上、東京電力の須田貝ダムの逆調整池の役目を果たすのみならず、同じく東京電力の玉原ダムとの間で揚水発電を行うというマルチタスクをこなしています。このため水位の変動が激しいダムともいえます。管理されている職員の方々のひとかたならぬご苦労を感じます。


藤原ダム上流面

 藤原ダムの水位について、「川の防災情報」などで調べて見るとEL=633.0〜638.0程度で運用されているようです。藤原ダムの水位には、634という数値を含み持っていたのです。
 水位が上昇した場合には、東京スカイツリー先端部の標高に達します。本当に、『藤原様』は偉大なダムということができます。


水位標

 藤原ダムはスカイツリーの頂上のような天空で、下流域の住民の平穏な生活を守っているのです。人類の英知を超えるような建造物も電力の供給がなければ、ただの鉄骨にすぎません。


夜間ライティング中の東京スカイツリー


 ここでは、深城ダムと藤原ダムの例を取り上げましたが、もちろん多くのダムが私たちの生活基盤を支えているのです。


東武鉄道「とうきょうスカイツリー駅」

 エアコンのスイッチを入れるとき、暖かいコタツに足を入れるとき、寒く冷たい雪の中でダムの安全を見守る職員の方々に対して感謝の気持ちを忘れるべきではありません。


深城ダムのダムカード

[関連ダム] 深城ダム  藤原ダム(元)
(2014.1.15、安部塁)
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