平成29(2017)年5月20日発行のJRの東海道・山陽新幹線車内搭載誌「ひととき」の巻頭特集で、建築家の團紀彦先生をダム巡りの旅にご案内する役回りで登場させて頂きましたが、さすがに多くの人の目に触れる雑誌ということで様々な反響がありました。
中でも、一番驚いたのが作家の神津カンナさんからの当協会宛のメールです。そこには、今年3月に中央公論新社から「水燃えて火」−山師と女優の電力革命−という小説を刊行されたこと。そしてその内容は、大正時代に木曽川に7つの大規模水力発電所を造った福沢桃介と女優第一号だった川上貞奴の物語であることが記されていました。
| 「水燃えて火」−山師と女優の電力革命− 著者 神津カンナ 中央公論新社発行 B5判314頁 本体価格1800円+税 ISBN 978-4-12-0044952-1 平成29(2017)年3月10日発行 |
「ひととき」の取材をした3月、まさに團先生と「ひととき」誌上で巡ったのが大井ダムであり、国の重要文化財指定を受けている読書(よみかき)発電所で、桃介が苦労の末に造ったものでした。神津さんもそこに不思議な縁を感じてメールを送って下さったようです。その後ご著書までお送り頂き大変恐縮した次第です。
この本は、電気新聞に平成27(2015)年9月からおよそ1年に亘って連載された原稿に加筆、再編集してまとめられたものということです。
明治から大正にかけ、我が国の電力インフラは今でいうベンチャー企業が支えていました。学校で習う歴史には殆ど出て来ることはありませんが、当時は民間の電力会社が乱立、一時は2000社にも上る事業会社が電力事業で一旗揚げようとしていたのです。
そうした中、福沢諭吉の娘婿である福沢桃介は、西欧に追い付け追い越せとばかりに勢いよく発展する我が国の経済を支えるため、日毎に伸びていく電力消費に目を付けます。暮らしがどんどん変っていく時代に木曽川の激しい流れを見て、まさに水が燃えているように感じたのです。ビジネスパートナーとして川上貞奴の支えもあり、木曽川の潜在能力、底知れぬ水の力に魅せられた桃介は電力開発を進めていくことになりました。
桃介は株式投資で得た資金を元手にダム造りを始めますが、最後に手掛けた大井ダムが、関東大震災の影響を受け一時は資金不足となり窮地に陥ります。そこで、現在の金額に換算すると約150億円にも上る外債を米国で発行するため渡米し、大胆な経営手腕で乗り切ります。
木曽川に十余年かけて桃介が手掛けた発電所は7ヶ所。その中で最下流に位置する大井ダムには、福沢諭吉の「独立自尊」の碑の他に桃介が選んだ「普明照世間」という観音経の言葉が刻まれた碑があります。
普明照世間――「普く世間を明るく照らす」明かりだけではなく、電気がどれだけ人々を闇から解き放つことができるか。
「水燃えて火。水は火にもなる、光にもなる、熱にもなる。たいした奴だ〜」と桃介の言葉に描かれている通り、この本のタイトルは、文字通り水力発電のことを表現しています。新聞の連載小説として綴られた文章は、毎日限られた字数で読者の気持ちを盛り上げる展開になるよう練り上げられ、巧みに吟味された言葉が連ねられています。
ダムを語るにも、こうした視点から描かれた物語もあるということで、お薦めの一冊です。