その日、仕事終わりにSNSを開くと「金出地ダム、サーチャージおめでとうございます。」という投稿が目に入ってきました。このとき4月4日午前5時。ついに来た!しかし予定より早いのでは?と思いつつも、この状況でやるべき事はただ1つ。見に行こう金出地ダム!
すぐさま新幹線・宿・レンタカーの予約を済ませつつ帰宅。
ラッシュアワーの過ぎた頃合いにカメラ道具一式を背負い、東京駅から新幹線に乗り込みます。姫路まで3時間、アラームをセットしダムの夢を見ることにします。
試験湛水によりサーチャージ水位まで水を貯めたダムからの放流、サーチャージ放流とでも言うのでしょうか。洪水等の異常時でもないのに、非常用洪水吐きからの放流が見られる貴重な機会です。
「試験湛水におけるサーチャージ放流は、人生のイベント冠婚葬祭と同じである。」と言う方もおり、私もまさにその通りだと思います。
ダム関係者の方々におかれましては、ダムが正しく機能するか試験のまっただ中であり、気が気でないと思われますが、私などのダム好きにおいても、自宅から600km先の、自然と密接に関わるが故に日時を確定させづらいダムの放流が見たくて見たくて気が気でないわけであります。
サーチャージ放流を見るためには、日々の情報収集はもちろんのこと、放流が始まると分かったときにいかに現地にたどりつくか。すぐに飛び出せるようにあらかじめ荷物をまとめておき、心の準備と移動計画を立てておくことが重要です。
13時、車内でアラームの振動に飛び起きます。あっという間に姫路に到着しました。
車を受け取り世界文化遺産 姫路城を横目に一路、金出地ダムへ。
SNSで翌日の17時まで放流が見られることを確認できていたので、余裕を持って走れます。
45分ほどで現地に到着し、下流の集落からアクセスすると掲げられた「祝・金出地ダム完成」の文字。なんと歓迎されたダムでしょう。なんでも地元の方が掲示されているようです。
集落を抜けて、天端へ続く坂の途中で堤体が見えてきました。
サーチャージ水位に達し、非常用洪水吐きからサラサラと越流している金出地ダム。堤頂部から水があふれ導流壁を伝っています。感無量。ああ、この姿を見に来たのだ。しばし道端に立ち尽くし、ぼうっとダムを眺めます。
このダムは、この地でこれから何世代にも渡って田畑を潤し、地域の人々を守り、共に歩んでいくのか。そう思いを巡らすと畏敬の念すら感じます。
車を天端脇の駐車場に止めて満水のダム湖を眺めます。
話を聞きつけた地元の方や、スーツに身を固めたグループが、入れ替わり立ち替わり訪れていて、平日のダムらしくない特別な雰囲気です。
「鞍居げんき隊」とロゴの入った赤いブルゾンを着た方が、車が来るたびに声をかけて状況を詳しく説明しています。なんでも突然流入量が増えて放流に至ったのは、この週末に予想されている雨の前にサーチャージ水位に到達させ、
ポンプアップによる水位の低下措置に入りたいため、上流の防災ダムからの放流量を増やしたからだそうです。
堤体直下へ移動。ダムから続く川には渡り石が置かれ、水車が回り桜が植えられており、なかなかフォトジェニックです。
水車はダムから引かれた水で回されていて、昔ながらの方法で精米しています。できたお米は近くの店で提供されているそうです。
散り始めてはいたものの、きれいに桜が咲いていましたので、ダムと一緒に撮れないかと四苦八苦しているところで雨。傘を持ってきていなかったのでいったん撤収しました。
日が暮れた頃、ライトアップなどされていないかと金出地ダムに戻ります。
残念ながら思った以上に明かりがなかったのですが、それでもなお訪れている方々がいました。京都から仕事帰りに来たという女性は、「見えなくても、サーチャージ放流しているダムのそばにいるのがいい」とのこと。ダムの楽しみ方は人それぞれだなと思っていると、さらに赤いブルゾンの方が車で乗り付けてきました。あたりは暗闇で、およそ人の訪れる時間ではないにも関わらずに。なんでも、私たちの車がダムに行くのが見えたので会いに来られたようで、ダムのあらましや地域との関わりをなど、ひとしきり談笑して解散しました。
翌日、ポンプアップ放流開始の時刻が17時と予告されていたので、それまで姫路周辺のダムを巡ることにします。
まずは堤体にソーラーパネルが設置されている平荘第一ダムと権現第一ダム。
特に権現第一ダムはラビリンス型余水吐きをもつ珍しいダムなので、ぜひ一度訪れておきたいダムでした。
平荘第一ダム | 権現第一ダム |
権現第一ダム
ゲートレス化工事が行われた菅生ダム。半円越流堤に無骨な鉄の流木止めが印象的な安富ダム。
バルブからの放流が行われているというので、引原ダムにも向かいました。
ここは建設時の遺構を間近に見ることができます。
当時は大勢の人や機械が行きかった場所も、今では森の中にひっそりと佇んでいました。
ポンプアップ放流の時が近づいたので、引原ダムから金出地ダムへの快走路を走ります。ダム巡りをはじめて良かったことは、知らない土地の楽しい道をドライブできるということ。私は運転が好きなので、新しい刺激に満ちているこの趣味にのめり込んでいるところです。
金出地ダムに到着すると、昨日の赤いブルゾンの方に、まもなく放流が開始されることを教えてもらいました。
試験湛水中でオリフィス式の常用洪水吐きが使用できないため、ゲートレスの金出地ダムでは水位を下げるために、ポンプで水を汲み出す必要があります。
作業される方が非常用洪水吐きに降りているのを見守りながら、ヘルメットにアクションカメラを着けて中継してくださったら得難い映像になるんじゃないか、などと思います。
今かまだかと待っていると、不意に非常用洪水吐きに設置されたパイプから水が流れてきました。しっかり待っていても放流開始は不意を突かれた感じがするものですね。
先ほどまでのサラサラ越流と違って、ポンプアップされた水はかなりの勢いで流れ落ちてきます。
写真を撮っていた渡り石も瞬く間に水没しました。これにて試験湛水も一山越えたということでしょうか。洪水吐きから流れていた水も次第に少なくなり、流れた跡が残るのみに。次に導流壁が放流で濡れることはあるのかと考えると、とても貴重な眺めです。
日も暮れて撤収するときがきました。
今回驚いたのは、地元の方々の金出地ダムへの協力体制です。ダムと共に地域を活性化していこうという並々ならぬ気迫が伝わってきました。
ダムの看板に手書きの張り紙がありました。これらも地元の方が作っていたようです。ここまで民間の方が現地での情報発信に努めているのに出会ったのは初めてで、とても感動しました。万感の思いでサーチャージ放流しているダムを眺めていたのではないでしょうか。
帰りの新幹線でおいしいアイスを食べながら、この充実した2日間の出来事を反芻します。
金出地ってカナジと読むんだなと。