■得るもの失うもの
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中国当局は、「三峡ダム10の利点」について、次のように主張している。(後掲書の『中国の世紀』を参考とした。)
・洪水の防止 10年に1回の洪水を 100年に1回に抑えることができる。 1870年の大洪水の流量11万m3/sを 7万m3/s〜7万 7,000m3/sに抑え、中下流の 2,300万ム−の耕地と1,500 万人の財産を守る。 ・発 電 発電能力 1,820万kw、年間発電量 846億 8,000万kwh をおこす。 ・水 運 宜昌から重慶まで 660キロであるが、危険箇所、単線航行 箇所はなくなる。平均川幅 1,100mに広がり、1万トンの 航行可能となり、水運能力は現在の年間 1,000万トンから 5,000万トンに増加し、コストも37%低下する。 ・養 殖 1,150m3の水面の拡大によって、このうちの 700m3で養殖が 可能となり、えび、貝、魚類など、さまざまな淡水水産物 一大養殖池となる。 ・観 光 水位があがることによって、「大足石」「高嵐」、 「小三峡」の名勝地は新名所に生まれ変わる。 ・生態保護 三峡地区の温度は夏に2度下がり、冬には2度上がる。 樹木の成長には有利となり、住血吸虫病の拡散も防ぐことが できる。 ・南水北調 長江の水が北方に送られ北京などの華北地方の水不足が解消 される。 ・開発性移民 移転者は移転先地で家をつくり、道路や橋も建設され、地域 の経済発展、生活向上を発展させる。 ・環境浄化 発電で年間 4,000万トンから 5,000万トンの石炭使用が削減 され、環境汚染が軽減される。 ・貯 水 約 393億m3の水を貯えることができる。
三峡ダムの発電は、ダムの上流側と下流側の水位差約71〜 131mを利用して発電する。水路から取り入れた水は、ダム内部の鉄管を流れ下り水車をまわして発電を行う「フランシス水車」と、呼ばれる方式が採用されており、水は水車の下へ落ち、ダム下流へ流れ出る。発電機1基あたりの能力は70万kw、26基の総発電量 1,820万kw、年間の発電電力は 846.8億kwhを生み出す。電力不足の解消に貢献できると同時に年間 4,000万〜 5,000万トンの石炭を削減することができる、と推測されている。
このように、中国当局は「三峡ダム10の利点」を挙げているが、観光、生態保護、開発性住民について、メリットのみをもたらすとは一概にはいえないようだ。
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2003年6月、三峡ダムは 135mの水位まで湛水を始めた。2009年の完成後は 175mまで水位をあげる。アジアジオ中国地理紀行編集チ−ム編『中国地理紀行(VOL.16) −長江三峡』(日本ス−パ−マップ(株)・平成15年)には、「中国有数の景勝地として、古くから知られた三峡・重慶から湖北省宜昌まで 400里を駆けくだる。この厳しく美しい峡谷が湖となった。世界最大のプロジェクト三峡ダム、いまその姿を変えようとしている。いまこそ記憶を留めておこう。美しいものは、かくもはかなきものだろうか!」と詠嘆的に捉え、さらに、「瞿塘峡の紅葉、巫峡の雲、西陵峡の菜の花を雄大な景観美として映し出す。湛水開始後、小三峡、小小三峡、孤島に浮かぶ白帝城の名勝地が新たな観光コ−スに誕生した」とある。
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実際に、三峡地区は古くから交通の要衝として栄え、「三国志」の主要舞台となったところであり、多くの重要な文化財が水没する。いま、史上最大規模の発掘がなされている。旧石器時代約60ケ所、新石器時代80ケ所、古代巴人約 100ケ所、漢から六朝まで約 470ケ所、明清時代約 300ケ所の遺跡が発掘され、長江文明の解析が進んでいる。「白鶴梁水文題刻」は長江における水位標(水中碑)で、 763年から石刻が始まった。古代の人々は、その鯉の石刻を水位標にして、長江の水位変化を記録し、その年の作物の出来を占った、という。「石宝寨」、「張飛廟」の文化財の移転が進んでいるが、時間と費用に限りがあり、重慶市では文物、史跡の三分の一を放棄せざる得なくなった。未発見、未発掘の多くの重要な史跡が沈んでしまう。
さらに、この書には「思い出となった故郷三峡移民」に係わる重慶農民的7万人が、山東省へ 7,000人、江蘇省へ7,000 人、上海市へ5,500 人など移動分布図を示している。新しい住宅も写し出す。「失うもの、得るもの、この二つはとうてい解決できない矛盾である。どちらが重要かは判断できない。例えば古い都市が水没したら、さらに規模が大きく、快適で新しい都市が造られるだろう。古い家が取り壊されたら新しく、広く明るい家を建てることができる」と、述べている。人家も、学校も、文化財も、工場も、道路も、沈む。
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三峡ダムの建設で、数10万年も生息した動物たちもまた天地を覆う大変化といえよう。三峡ダム湖地区には哺乳類85種、鳥類 237種、爬虫類27種、両生類20種、計 369種の生物が生息する。三峡ダムによって、生息環境の悪化に伴い生息数が絶滅、減少することが懸念され、人工繁殖の対策も行われている。
長江の生きた化石と呼ばれる「ヨウスコウカワイルカ」(中国での愛称「バイジ−」)、「ヨウスコウチョウザメ」、「ハシナカチョウザメ」、「スナメリ」、「キンシコウ(シシバナザル)」、「マエガミンカ」、「オナガキジ」、「イエンツマイ(ヌマリゴイ)」など、中国第1級、第2級保護動物たちが、ダム建設と同様に世界の注目を集めている。国際協力事業団(JICA)は、武漢の水生生物研究所に、イルカ飼育設備、イルカ追跡の無線発信器などの供与を行った。最近、イルカの生態について、神谷敏郎著『川に生きるイルカたち』(東京大学出版会・平成16年)が出版され、その共生の道を探究する。
三峡ダム建設地点から、下流40kmに建設された1988年完成の葛洲覇ダムには、魚道が設置されていない。長江に生息する水生生物の移動は、この時から分断されたといえる。三峡ダムには魚道が設置されるのだろうか、それとも最初から魚道は、必要とされないのだろうか。このような生態環境の観点からも三峡ダム建設のデメリットは生じてくる。前述の中国当局の「三峡ダム10の利点」については、様々な意見が交わされてきた。このことは100 年余り三峡プロジェクトをめぐって、激しい論争が続けられてきたことでも 理解できる。
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