隅田川でのレガッタのはじまりは、明治16年。
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日本でのボート競争は、1883年(明治16年)に隅田川の枕橋〜言間間で開催されたのかはじまりです。この海軍競漕大会には明治天皇も隅田川べりまでおでかけになり、東京中か沸きかえりました。
当時のスポーツといえば柔道、馬術、相撲などか主なものであり、外国から直輸入された近代的なスポーツとして、物珍しさもありレガッタは大変人気かありました。特に大学対抗レースは応援合戦も自熟し、あの文豪、夏目漱石も学生の頃レガッタの練習に熟を上げすぎて、進級できなかったというエピソードかあるほどです。
このように、隅田川はまさに日本のレガッタ競技発祥の地といえます。当時は水もきれいで、観客の中には隅田川の水でうかいをする入もいたと伝えられています。しかし昭和に入ると、隅田川の水質は急速に悪化しはじめます。戦時中の軍需産業や戦後の高度成長期の工場排水、人口集中に伴う生活排水の流人か原因とされ、その結果、汚れや悪臭か激しくなりました。
そのため、たくさんのレガッタ競争が隅田川を離れ、1961年(昭和36年)の東大VS一橋、早稲田VS慶応の2つの大学対抗レースを最後にその姿を消したのです。
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