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◇絵本「七つ森」

 アサイナサブローとは誰なのか、サブローの事業を受け継ぐとはどういうことなのか、現地にいて宮床ダムを造ったのだから知っているでしょう、と北川さんに聞いてみました。

 北川さんは、思い出を交えつつ、話し出しました。


 私は、平成元年に宮床ダムに赴任しました。そのころダムということに対しては地元の方々の非常に厳しい目がありました。それで、春と秋の交通安全運動にも率先して参加するなど、いろいろな地元の方々と一緒になった活動をしましたが、もうちょっと一歩踏み込んだ活動をしてみようということで、最初は、地元の図書館へ行きました。
 どこの図書館にも地域のコーナーというのがあります。そこで我々はいったいどのへんで何を今やっているのかということを調べ始めました。
 ある日、家族と一緒に図書館へ行きました。女房が、1冊の絵本を持ってきました。
 「お父さん、七つ森という、現場の近くにある山の名前の、こんな本があるよ」
 これがすべての始まりになる「七つ森」という絵本です。
 これがすべての始まりだという『小野和子・ぶん 箕田源二郎・え ふるさとの民話5 「七つ森」 株式会社創土文化』を見てみよう。なお、原文がひらがなのものを一部漢字表記にしたところがあります。


 昔々、うんと昔なあ、このあたりの人達は、群れをつくって山や野をかけまわって、狩をして暮らしていたんだと。
 ある日のこと、山の中を歩いて行く一人の男が いたんだと。ひとつ山こえ、ふたつ沢わたって、男は谷へおりていった。男のかげが谷川におちると、そこら一面もうもうと生えたカヤがゆれて、そのあいだから一つの声がわいておきた。
 「だれか来たな」
 「んだっ、若い男だぞ」
 「ありゃあ、うすのろのアサイナでねえか」

 男は、カヤの上にどんがりころがると、うおんうおんと泣きだした。
 アサイナは、でっかい図体してたけんど、ウサギ一匹殺せなかったと。
 そればかりか、
 「もぞさげくて(かわいそうで)、とっても殺せねえ」
と、見つけたケダモノは、片っ端から逃がしてしまうんで、むれの人達は腹をたてた。
 「この、うすのろめっ! いっちまえ。おらだちに ついて来るな」
と、言い捨てて、新しいえものを求めて行ってしまったんだと。

 アサイナがやって来た谷は、みどりの谷と呼ばれていた。
 狩りをする人達の群れが、新しい獲物を求めて移って行くときに、年寄りや病人を捨てていく谷であった。ときには、群れを離れた人達が、ひっそりとたどりつくこともあった。
 谷では、アサイナが来たのを喜んだ。
 「アサイナ、水くみしてけれや」
 「アサイナ、アケビが食いたいぞい」
 「アサイナ、こっちさ来いっ」
 みんなは 朝から晩まで、
 「アサイナや アサイナや」
と呼んで、たくさんの仕事を頼んだんだと。

 あるとき、ばんつぁんがこう聞いた。
 「アサイナ、アサイナ。
  おてんとさんとみなみ山と、
  はてさて、どっちが遠かんべ」
 すると、アサイナはケロンと答えたもんだ。
 「そりゃ、みなみ山だべさ。
  おてんとさんは、ここから見えるけんど、
  みなみ山は、サッパリみえねえもん」
 ところが、おてんとさんより遠いみなみ山から、病気の娘がたどりついた。アサイナは たんまげた。
 「あえっ、やっぱしおてんとさんが遠いかや。
  みなみ山から娘が来たけんど、
  おてんとさんから来た人は、
  まんだ見たことねえぞ」って、頭かかえて、考えこんだとさ。

 みなみ山から 来た娘は、おもいがけないことを語って聞かせた。
 「もう、どこへ行っても、
  狩りだけしてるところはねえんでがす。
  コメば、作って暮らしてるんでがす」
 娘は、しょって来た袋からモミゴメを出して見せた。
 「へぇー、こいつば 作ってんのか」
 「ほんだよ。もう、ケダモノば追って、
  そっちこっち、さまよわなくともええんだ」
 谷の人達はたんまげた。
 くちぐちに、つぶやいて、娘の手のひらのモミゴメに目を光らせた。
 そして、ふしぎに強い力で、コメに引き寄せられていくのだった。

 つぎの春がやってくると、谷ではだれからともなく土をほじくりはじめた。
 「おらだちも、コメばつくるべ」
 「そうだとも、おらだちがつくるべ」
 谷は、そういう人達の熱いいきで、いっぱいになった。だが、年寄りや病人の多いこの谷で、頼りになるのは、うすのろのアサイナたったひとり。
 「たのむぞど、アサイナ」
 じんつぁんや、ばんつぁんに肩を叩かれて、アサイナは、しゃなすに(しゃにむに)働きはじめた。
来る日も、来る日も、言葉を忘れて、くるったように働いたとや。

 このころからだった。アサイナのからだが、火のように熱くなっていったというのだ。
 「アサイナよう。火の玉でも のんだかや」 
 みんなが、アサイナのからだに、さわってみると、その手がつんとつっぱるほどに熱かったと。
 アサイナが、両手をおっつけて大木を押すと、なんとそこから火のこが舞って、みるまに大木は燃え尽きる。一面のカヤをなぎ倒すと、ごおっとおそろしい音をたてて、カヤはやけただれた。

 こうして、たちまちのうちに、谷はみごとな田んぼにかわり、稲穂が金色の波でうねる日がきた。
 みんなは、田んぼのへりまでにじりよって、なめるように稲をながめたとや。
  あさげの 稲コは しんら しんら
  ひるまの 稲コは きんら きんら
  ばんげの 稲コは ぎんら ぎんら
    はあ 美ぐすい 美ぐすい
 その夜は みんなの うたう こえで、夜あけまで 谷は にぎわった。

 そうして、ある秋のことだった。
 黒い雲が、谷をおおったと思ったら、だわだわ雨がふってきた。雨は、三日、三晩降りつづいて、四日目には谷の水があふれだした。あれっという間に、どっどっどっと、てっぽう水がつっぱしり、首をたれた稲が根こそぎ流れだした。
 アサイナは、川に飛び込んで熱いからだを盾にして、水を防せごうとした。けれども、水はあとからあとから寄せて来てアサイナにのしかかった。おそろしいことは続いて、次の年にも谷はてっぽう水におそわれた。

 雨があがると、 アサイナは山へ登って行った。
 空に月がのぼり、今は静まった川を照らしている。川は光る帯になって、山と山の間に消えて行く。そして、はるかに見える平地の上に、再び姿を現すと、こんどはからまるつたのようにうねって行く。
 アサイナは、長いこと川の流れを見ていたが、何を思ったのか、わらわら山をおりはじめた。山をおりて川しもへ川しもへと走った。

 次の朝になると、谷の人達は天からふってきた土の雨におったまげた。
  ざざ、ざざ、
   ざざざざどーっ
 天から土がふってくる。
 「あえーっ、アサイナが
  山より でかくなって、土ばはこんでっど」
 「おーい、アサイナ。なに してんだあ」
 アサイナは、はるか上のほうから、
 「おらぁ、川しもに
  沼ば こしらえっぺと してんだあ」
と、大きな声で返事した。

 ひと山、土をあけると、ひと山だけ。ふた山、土をあけると、ふた山だけ。アサイナのからだは、ぐえらぐえらとでかくなるではないか。
 そのたびに、ほおがひびわれ、背中に太いみぞが走り、腕から赤いしぶきがあがる。
 アサイナは、また川下へ向かう。

 燃えるからだで岩をとかし、大地をかっぱじき、土を掘ってたんがらにもりあげる。それを、しょって、また土を投げに行く。
 えぐられた川下の平地は、川の水をとぷとぷと飲み込んで、たちまち池となり沼となって行く。
 今はもう、アサイナは雲の上までつんぬけた。
 髪は炎となって、天をつき、目はぎんぎんと燃えて火を吹いた。
 「おらだちも、いくどーっ」
 歩ける者も、歩けない者も、夢中でアサイナのあとを追った。

 運んだ土は、七つの山となってならんだ。
  にょっきり
  もっきり
  もっこ
  もっこ
  もっくら
  もっくら
  でえん
 最後の土を運び終わると、アサイナはたんがらをぽんとほうりだした。
  ど ど ど ど ど
    どっ どっ どおーん
 強い風をまきおこして、アサイナは たおれた。
 たおれて、いくつもいくつもの、ちいさな山になって、とびちったんだと。

 こうしてできた七つの山に、やがてみどりの木がしげり、「七つ森」と呼ばれるようになった。
 七つ森のふもとで暮らす人達は、遠い昔のアサイナの名を今も語っている。
 「七つ森ば つくったのは アサイナサブローだど。
  そんどき ほった沼が
  いまの 品井沼に なったんだ。
  土を はこんで あるいた あとが、
  吉田川だ。
  なげた たんがらが、ころころ ころがってって、
  ほれ あの めんちゃっこい
  たんがら森に なってんだど」

 これでだいぶ分かってきた。アサイナサブローが七つ森や吉田川や品井沼を造った、それが民話「七つ森」に書いてある。だが、サブローの事業を受け継ぐとはどういうことなのか。


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