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『組織的独善』が最大の原因



 私はアイダホ州の州都ボイジ(Boise)でジム・マンフォード氏(P.E.)と面会した。氏は、開拓局の太平洋北西地区・ダム安全プログラムマネージャー(Regional Dam Safety Program manager, Pacific Northwest Region, Bureau of Reclamation)である。ダム安全管理担当の幹部技術者であり、ティートンダム崩壊後に調査活動を行った技師のひとりである。いかにも物静かなダムスペシャリストとの印象の氏は「Teton Dam Failure: Lessons Learned」(ティートンダムの崩壊:そこから学んだ教訓)と題する講演資料を提供してくれた。「私のティートンダム論はすべて私見であるが、調査に裏付けられていないものはない」と語り、また「あの惨状は今も自分の眼から消えない」とも語った。
 氏が繰返して強調したことは"The root cause of Teton Dam Failure was Institutional Complacency!!"であった。「ティートンダム崩壊の根本原因は組織的な独りよがり(独善)である」。他者の指摘に耳を傾けない開拓局の「自己満足」が、惨事を招いたというのである。「ダム技術には自信がある」との思い上がりが大失態を招いたとも指摘するのである。技術的問題点は既に指摘されて久しく氏に新たな視点での指摘はなかったのでここには記さないが、氏は緊急事態対する対処の仕方(管理体制、欠陥を見つけた際の技術上の初動体制、緊急連絡網、崩壊時の流域への広報体制など)が手ぬるかったとも語った。災害後の一大課題となったのである。開拓局の「完敗」であった。

 現場にダムを再建して欲しいとの地元の声もあると聞くがとの私の質問に、氏は「ダム技術者でティートンダムを同じ場所にもう一度創りたいと考える者はゼロだろう」と声を低めた。大災害の割には犠牲者が少なかったがとの問いに対して、氏は明快に答えた。「被災した地域の多くがモルモン教徒の町や村だったことが大きな要因です。彼等は情報ネットワークが他の住民よりも張り巡らされているので、『ダムが決壊した。濁流が襲ってくるので高台に避難せよ』との連絡を疑うことなく、直ちに行動に移ったのです。宗教の仲間意識が人的被害を最小限に食止めたと言えます」。「被災者の補償も大方済んで、すべての町が災害から立ち上がりました。被災から25年目に現地で式典を行いましたが、被災者の多くが我々に対してforgiving でした」。マンフォード氏はこう語った。このforgiving をどう日本語に訳せばいいのか戸惑った。「To err is human, to forgive divineとのことわざもありますね」と私は応じた。25年経って、被災者もようやく開拓局を「許せる気持ち」になったのであろうか。



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