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1 市町村の消滅事例

市町村が、合併などの住民意思によることなく消滅した事例は数少ない。
 公共事業によって全住民が移転した結果、地方自治体が消滅した事例は、徳山村のほかに二つある。一つは1906年(明治39年)7月の栃木県谷中村、もう一つは1970年(昭和45年)7月の福井県西谷村である。

ア 栃木県谷中村

 栃木県谷中村は、明治中期、足尾銅山鉱毒事件で有名なところである。鉱毒事件後、渡良瀬川の氾濫を防止するために遊水地が計画され、谷中村は全村その事業用地とされた。当時、人口約二千七百人、戸数約四百五十とされているが、1904年暮れから開始された土地買収によって急激に人口が減少し、1906年に隣接する藤岡町に編入された。
 当時の地方制度では、市町村の編成は府県知事の権限とされており、その発動による合併であった。だが、旧町村制のもとでの合併の大部分は、背景に知事の勧告などがあるにせよ、村会の請願によって決せられている。谷中村の消滅の特異なところは、住民の意思に反した編入だったことである。
 1906年4月、栃木県知事は、突然、谷中村の村会に次のように諮問した。


 ○町村合併の件に付諮問
                          下都賀郡谷中村
下都賀郡谷中村は瀦水池設計に必要上其土地家屋等大半を買収し、村民を他に移住せしめるため、将来独立して法律上の義務を負担するの資格無きに至れると認むるにより、谷中村を廃して其区域を藤岡町に合併せんとす。
 但本月十六日迄に意見答申すべし。
  明治三十九年四月十四日
                         栃木県知事  白 仁 武


 諮問の性急さに驚くが、これを受けた谷中村会は編入案を否決した。だが知事は、同年7月1日、編入を強行したのである(注2)。
 思うに、この編入は遊水地計画実現の手段であった。谷中村の廃止は、住民の移住を早急に進める強い意思の表明であるとともに、住民の意向などを顧慮することなく計画を推進する当時の公共事業のあり方を象徴している。編入先が藤岡町であったのは、渡良瀬川上流に隣接し、合併の地理的な合理性があることによると推察されるが、藤岡町が編入に対してどのような意思を表明したかは不明である。
 国家の強権的な事業執行のために自治体を半ば強制的に消滅・編入せしめた例であるが、これは地方自治が十分に確立せず、府県知事は国家の官吏が任命により就任するというような地方制度のもとで起きたことであり、今の地方自治制度のもとではあまり参考とはならない。ただ、現在の渡良瀬遊水地が、このような経緯を経て生まれたことを忘れてはならない。

イ 福井県西谷村

 福井県西谷村の消滅は、二つの事情が重なったことによる。まず、1965年(昭和40年)9月、集中豪雨によって村の中心集落が壊滅的な被害にあった。次に、その直後の1966年(昭和41年)、真名川ダムの建設計画が決定され、村の居住地の相当部分が事業予定地とされた。そこで、全村民が村外に移転して無住村となることを決定し、移転交渉に入ったのである。(事業地からはずれた居住者の移転については、少数残存者補償(注3)の対象とされたであろう。)
 西谷村の編入先は、真名川下流に隣接する大野市以外の選択は無かった。人口4万人を超える地域の中心都市であり、経済的なつながりも強く、編入による行政的な負担にも十分に耐えることができる。
ちなみに、1965年現在で、西谷村の人口は1,126人、面積は198平方キロ、大野市は人口43,747人、面積344平方キロであった。大野市の面積に占める旧西谷村の面積の割合は約37%である。また、編入前後の人口の推移は次のとおりである。

 この例は、過疎地が地域の中心都市に編入されるという一般的な市町村合併の姿に近い。災害とダム建設事業は、そのきっかけであったと考えてよい。実際、西谷村では、この編入以前に、1957年には笹生川ダムの建設により3集落が、1963年には豪雪での交通途絶をきっかけに2集落が、それぞれ離村している。過疎の進行を見る思いがして胸が痛い。
なお、真名川ダムは、1972年に着工され、1978年には完成を見ている。

 以上二つの事例は、それぞれ特有の事情を抱えており、徳山村の編入に関して先例とはなり難い。長いダム建設の歴史の中でも、事業を直接の原因として一挙に全村が消滅するという徳山ダムの例は初めて直面する経験であった。
(注2) 知事の諮問案を含めて、荒畑寒村「谷中村滅亡史」(1999年、岩波文庫、原著は1907年8月発行)による。同書には、渡良瀬遊水地計画の背景や効果に関する論述が含まれている。

(注3) 少数残存者補償とは、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(1962年6月閣議決定)第45条の「生活共同体から分離される者が生ずる場合において、これらの者に受忍の範囲をこえるような著しい損失があると認められるときは、これらの者に対して、その者の請求により、個々の実情に応じて適正と認められる額を補償することができる」という規定に基づく補償である。補償基準の大原則の一つは、補償の対象を財産的な価値に限定することであり、生活実態に着目したこの規定はその大きな例外である。

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