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ネット社会における組織の持続性

藤野 浩一
(株)開発設計コンサルタント 代表取締役社長
(社)電力土木技術協会監事

 これは、「電力土木 平成18年9月号」の巻頭言として掲載されたものを、(社)電力土木技術協会と藤野浩一様のご承諾を頂いて、転載させていただいたものです。
 検索サイト Google のサービスのひとつに,自分が登録しておいたキーワードを含むニュースがあったらそのタイトルとアドレスをメールで教えてくれる,というものがある。先日届いた中に「ダムの土砂が破壊する森林,河川の生態系」というタイトルがあり,不審に思いつつアクセスすると,いわゆるブログの記事だった。電源開発(J-POWER)の水力発電所の取水ダムで土砂吐きゲートから堆砂排除しているのを,記載者が目撃したとして写真と共に紹介しているもので,「いつもは清流である川が,濁流となって流れて」おり,「頻繁に大量の泥水が放流されれば,生態系に悪影響を与えることは,想像に難く」ないので,「ダムが森林,河川の生態系を破壊する」という論理である。記載者は著名な自然保護団体の会員であり,上流域の不十分な国有林管理が環境悪化の主因であることを承知しつつ,何のためらいもなくダムを悪者にしている。それもだが,こういうネット上の情報には看過できない影響力がある,というのが小論のテーマである。

  インターネットは,ホームページや掲示板に続きブログ(個人や数人のグループで運営され,日々更新される日記的な Web サイトの総称;IT 用語辞典)の登場で,人類史上,印刷と電波放送に続く第三のメディアになりきったと言われる。まさに「口コミ」の巨大システム化である。その本質は,情報が個人から発せられ,瞬時にして広く社会に共有され,双方向性を有することである。こうなると,企業や団体も自らが保有するデータを公開することによって社会の理解と共感を得,共同体の構成員として認知して貰わない限り,社会的に孤立し排除される可能性が高い。つまり,組織内部に外部社会を抱え込むように変わらざるを得なくなる。これが「情報開示」や「説明責任」を必然とする所以である。

  自らをダムマニアと称する人達が世にいることをご存知だろうか?てっちゃんと呼ばれる鉄道マニアが,専門家はだしの博識を誇り,SL の写真を自慢しあっているのと同じように,ダムマニアもインターネットを中心に情報を交換し,オフラインミーティングをし,ダムの放流に巡り合うのを無上の喜びとしている。ダムマニアは単純なダム礼賛者ではなく,水没移転や環境問題など負の側面に関して問題意識を有するが,まずは事業者側に立ってダムの意義や役割をあるがまま捉えようとする姿勢があり,ダムに限らず水力発電についても関心が高い。また,例えば上記のブログに備わっている双方向性を利用して事業者が反論しても相手にされないか袋だたきに遭うだけだが,ダムマニアなら十分に互していくことができる。すなわち,彼らは我々の強力なサポーターたりうる人達である。その一方,ダムマニアにとって不満なのは,ダムや水力発電所のことを知りたいと思っても,公開されている情報が非常に少ない上に,ほとんどが加工された情報であることである。本やパンフレットは勿論,事業者のホームページでも極めて限られた諸元が与えられるだけだし,関係する人物や物語が見えて来ないし,ダムへのアプローチが困難でせっかく行っても無人で立ち入り禁止だったりで,マニアとしての知的欲求を満足させることが難しい。いわば片想いの状況が続いているのである。
  そこで,昨年6月に J-POWER の協力を得て奥清津発電所上池カツサダムにダムマニアの人達を案内する機会を設けた。複数の Web サイトで「幻のダム」「道路のゲートが閉っていて行けない」などの記述があったのが気になり,呼びかけてもらったところ,約20名のダムマニアが OKKY(公開されている奥清津第二発電所)前に集合した。年齢,性別,職業,住所,知識など様々なメンバーが共通してダムへのこだわりを持ち,カツサダムでは約500mあるダム頂周辺を歩き回り,なかなかバスに戻らない有様。都合で参加できなかった人達も,Web カメラのリアルタイム映像を OKKY ホームページで見てバーチャル参加。なかなか好評だった一方で,J-POWER 全般にダムを含む水力発電所についての情報開示が不十分との声が多かった。

  ダムマニアとは最近もこんなやりとりがあった。あるサイトに「J-POWER 十津川第一発電所の風屋ダムは『かぜや』と読むのが正しい。何となればダムに埋め込まれたプレートに『KAZEYA』と明記されている」として写真まで載せてあった。しかし J-POWER では昔から「かざや」と呼んでいるので不審に思い,現地電力所に問い合わせたところ,「地元の人も『かざや』と言っている」とのことなので,件のサイトに「何かの間違いでは」と書き込んだ直後にまた現地から電話があり「思い込みで『かざや』と聞いていたが,改めて確認すると『かぜや』と発音している」との訂正で,サイトには謝罪の書き込み。ところが別の人から「日本地名辞典に“地区名は『かぜや』だがダムの名前は『かざや』”と記載されている」とのコメントがあり,結局,J-POWER が長年誤用したまま定着したものと判明。ダムマニアの皆さんの情報レベルの高さを再認識すると同時に,このまま放置しておいてよいものかどうか,CSR の一環として呼称を訂正し地名辞典の編者にも申し入れるよう進言すべきか,等といまだに悩んでいる。

  日本電力取引所(JEPX)は昨年4月に発足して一年以上経つが,そのホームページに情報開示の例が見られる。ここでダウンロードできる「スポット取引インデックス(エクセルファイル)」には,8時から22時までの非深夜帯,13時から16時までの昼間帯,24時間のそれぞれ平均約定価格に関する開設以来毎日のデータがあるので,これを基に「経済揚水」の可能性を推算することができる。揚水原資となる深夜10時間の平均約定価格と,発電対価となりうる昼間3時間の平均約定価格を求めて比較すると,当然前者より後者が高く,その差は8月を中心とする30日間だと8〜12円/kWhもある。深夜と昼間の価格比が揚水効率0.7を上回り,経済揚水が成立するとみなし得る日は年間170日あり,その昼夜価格差は平均5.96円/kWhなので,経済揚水の年間メリットは少なくとも5.96円/kWh×170日/年×3hr/日=3,040円/年/kWあり,経費率を12%として建設費ベースに換算すれば25,300円/kWとなる。揚水発電所の妥当性は主に不足揚水から評価されるが,経済揚水の分もこの程度はあるということになる。JEPXは「市場取引価格を公表することで,発電所投資の判断材料を提供するのが,取引所の最大の目的(法貴理事事務局長)」との趣旨で公表しており,生データのおかげで当事者以外も様々な利用ができ,親近感を持ち,社会的に認知されるというプロセスが可能になっている。

  インターネット社会にあって,電力土木技術協会のような組織や集団が,社会の理解と共感を得て,共同体の構成員として存続できるかどうかは,ダムマニアを始めとする外部の理解者をステークホルダーの一員として内部化し,サポーターの役割を果たして貰えるかどうか,にかかっている。そのためには,利用が容易な生データの形で情報を公開し,できる限り広範囲の利用に委ねるべきであろう。併せて一般の人を対象とする催しを増やし,社会の理解を求め,非難の対象とならないように努めなければならない。一方では会員の利益を守るために非公開とするものを明らかにし,それだけは保護しなければならない。土木学会でも科研費を活用して各種資料の電子化に積極的に取り組んでおり,著作権や会員メリットなど懸案の整理をしつつある。公開と保護という二律背反をどう仕分けし両立させるか,それが今後の協会の課題ではないだろうか。

(2007年2月作成)
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