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〔水資源の社会的風景〕
観光地となった早明浦ダム 2005年9月2日−4日

対馬光彦
水資源・水文化研究者
 
1.なぜか平穏な高松市内

 四国は11年ぶりの渇水
 平成17年夏、東京の新聞にもこんな見出しが掲載された。11年前といえば、いわゆる平六渇水の年。この時、高松市では連日5時間給水を実施し、香川用水土地改良区が都市部へ水を融通する等、水に関わる人間ならば誰もが記憶している年だ。それほどの渇水ならば、まずは現地を見ておかねばなるまいと、東京から9月2日に高松に入った。

 8月24日に一旦貯水率8.2%まで回復したダムも、前日の9月1日には再び貯水量0%。東京には、ただ「早明浦ダム貯水率0%」というニュースしか聞こえてこないため、地元の方々の生活では、減圧給水で少なからず混乱が起きているのではないかと、予想していた。
 ところが、高松市内を出歩いてみても、水に困っている様子が感じられない。宿泊ホテル室内には、節水を呼びかけるちらしが置かれているが(写真1)、盛り場に出ても営業に支障を来している様子は見られない。なぜだろうか。


(写真1)高松市内ホテル室内の節水を呼びかけるちらし
2.渇水体感観光地・早明浦ダム

 平穏な高松市内の様子を疑問に思いながらも、翌日、早明浦ダムに向かった。高知自動車道は車が少なく快適だったが、大豊ICで国道に下り、ダムに近づくにつれ目に見えて車の数が増えてきた。グループで来ているワゴン車も多く、中には「なにわ」ナンバーの車もいる。

「みんなダムに向かっているのだろうか?」

 と同行した仲間と訝りながらダムに到着。すると車は列をなし、ダムサイト横の駐車場は満杯だ。家族連れが多く、ダム関係者らしき方が状況説明を始めると、人垣が出来はじめる(写真2)。


(写真2)ダム関係者の説明に聞き入る観光客

(写真3)ダム天端上でたむろする観光客

 渇水で赤茶けた湖底を覗かせた早明浦ダムが観光資源として人を呼び寄せていたのである。車から降りたおじさん、おばさん、家族連れ、カップルたちは
「すごいねー。グランドキャニオンみたいだねー」と、日傘をさしながら楽しんでいる(写真3、4)。翌日から台風接近が予報されており、「水の無いダムを目におさめることができるのは今日が最後」という心理もあったのだろう。

(写真4)ダムサイト上から見た早明浦ダム・グランドキャニオン
 私たちはさらに、ダム湖の奥に車を走らせた。徐々に底の水量は減り、水色も赤茶けてくる。露出したテーブル状の崖が、かつては水田であったことに思いを馳せる地元の人も中にはいたかもしれない。テレビでよく放映される顔を覗かせた旧大川村役場(写真5)が見えるポイントにも何台もの車が駐車し、カメラを構えている。ここが、ダム反対の目論見もあってコンクリート造りにしたにもかかわらず水没してしまっているという歴史の皮肉を知る人もほとんどいなかったろう。テレビで映っていた渇水の象徴的場所をこの目で収めて良かったと思っている人がほとんどだ。


(写真5)露出した旧大川村役場
3.貯水量ゼロでも利用者は安心?

 渇水により観光名所となった早明浦ダム。
 なぜ高松市内は冷静で、なぜ早明浦ダムには観光客がやってくるほど不安感がないのか。その謎は、翌日、高松在住の農家の方から話をうかがい、やっとわかった。

 平六渇水の時は9月までほとんど雨が降らず、潅漑期間の水に困った。ところが、平成17年は、7月にかなりの降水があり、8月の灌水にはそれほど困らなかったというのだ。香川県内ダム貯水量にも余裕があり、「今年は大丈夫でしょう」と笑顔で話していたのが印象に残った。 

 一般に都会育ちの人間は、渇水というと雨水を溜めた「ダム貯水量」、いわば入り口のストック量を気にしてしまう。だから、水消費の7割を占める農業用水利用者にとっては、「水を要するタイミングが肝心だ」という、いわば「出口の利用」にまで思いが及ばないことが多い。このため、「少ない降水量・貯水量」と、「水利用者の安心・不安」を、ストレートに結びつけてしまう。しかし、よく考えると、この二つは別の事柄であることも多い。実際の水循環とは別に、水利用の社会的循環があることを、私たちはつい見落としてしまう。

 おそらく、平成17年の渇水も、平六渇水以来とは言われながら、水利用者はかつてに比べ深刻感はそれほど感じていなかったのだろう。「早明浦ダム・グランドキャニオン」に大挙してドライブに来る人々の姿は、渇水であっても水の社会的循環という点では安心している人々の象徴として興味深い。グランドキャニオンが出現しようが、末端の水利用者に影響が出て深刻感を感じるような事態にならなければ、それは単なる観光対象と化してしまう。

 ちなみに、この2日後、台風14号が通過し、ダム一帯は500ミリを越す雨が降り、9月6日20時に、早明浦ダムは100%の貯水率を回復した。そして、今度は、それだけの雨を受け止め治水の役割を果たすことになった。観光客の喧噪とは無縁の日常が戻ってきたにちがいない。
 これですべて丸く収まった。グランドキャニオン、そして大雨台風、この連続は単なる幸運にすぎないことではあるが、何もなかったことのように。

[関連ダム]  早明浦ダム(元)
(2006年2月作成)
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