訪ねた人:青木 正好 (ダムマイスター 01-024 安部 塁)
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1.坂下ダム建設の経緯
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昭和40年代初頭、福島県大熊町を流れる二級河川大川原川上流部に農業用水を確保する目的で新たに土堰堤(溜池)が建設されることになりました。福島県が計画したこの溜池に昭和42年9月、東京電力から参加の申し込みがあり、福島県と東京電力との間で協定が結ばれました。これにより、アースダムから重力式コンクリートダムに型式が変更され、待望の「坂下ダム」は、昭和48年に完成しました。ダム本体建設に関する事業費2,235,092千円のうち、福島県が742,050千円(33.2%)、東京電力が1,493,041千円(66.8%)それぞれ負担したということです。
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一般に発電目的のダムが、水の位置エネルギーを利用しているのと異なり、坂下ダムの場合は、原子炉の沸騰用水を供給するものです。こうして40年近く首都圏に電気を送る仕事を支えてきました。突然の方向転換は、平成23年3月の東日本大震災による原発事故後のことです。このダムの水はメルトダウンした原子炉を冷却するための水として使用されることになり、冷温停止後も重要な冷却用水の水源として今日に至っています。 原発事故後は、農業用水を確保する必要がなくなってしまったため、クレストゲートを全開し水位を低くした状態で管理されています。なお、現在、坂下ダムは居住制限区域に指定されたため、近隣での宿泊はできませんが特別な許可は不要で見学することができます。
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2.震災後
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平成25年春、坂下ダム施設管理事務所内に「大熊町現地連絡事務所」が併設されました。この場所に連絡事務所ができた理由は、電話回線が使用できたこと。空間線量が比較的低かったこと。環境省によるモデル事業として先行して除染作業が着手されていたことなどが挙げられるそうです。
現地連絡事務所には、現在6名のスタッフが交代で常駐(年末年始を除く)され、帰還困難区域内の防犯活動や一時帰宅者のサポートを行っています。6名のスタッフは、大熊町役場の前役職者や土地改良区出身の方々で、定年退職後、町の臨時職員として採用され最前線で大熊町を守っています。取材日は、一時帰宅の行われない日でしたので、スタッフの1人である杉内憲成さん(元大熊町土地改良区職員)に、大熊町の模型を前にして詳しくお話を聞かせていただくことができました。
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施設管理事務所 |
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大熊町役場現地連絡事務所看板 |
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杉内憲成さん |
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空間線量0.177μSv |
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常磐自動車道空間線量情報(湯ノ岳PA下り線) |
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帰還困難区域内は、現在でも空間線量が高いことは間違いありません。そのため、この現地連絡事務所においてできるかぎり段取りを検討し、現地での作業時間をできるだけ少なくするように努めているそうです。また、大熊町では水道供給が停止しているため、坂下ダムの水を消防用水(農業用水路経由)として確保しているということでした。幸い、これまでに家屋火災の事例はなかったそうです。
帰還困難区域内でのパトロール活動で、一番大変なのは動物の死体の処理だということでした。「動物」とは、関係車両と過って接触する野生動物(タヌキ、イノシシなど)のことです。住民がかつて飼養していたペットは、震災後早い段階で動物愛護団体やボランティアによって保護されました。その後、元の飼い主または新しい里親に引き取られているそうです。ところが、何者かが大量のペットフードを区域内に置いて行くことがあり、野生動物がそれを狙って来るそうです。元ペット系の動物が帰還困難区域内に取り残されているようなことはありませんので、このように食餌を放置する行為は止めて欲しいということでした。
ともあれ、ここに現地連絡事務所が設置され町の職員が常駐していることは、各地に避難されている大熊町民の心のよりどころになっているに違いありません。
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県道35号線注意看板 |
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大熊町模型(右=海側、上=北:双葉町、下=南:富岡町)及びピンの凡例(右) |
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3.現在のダム管理
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現在、坂下ダムはクレストゲート全開の状態で管理されています。このような姿は、発電所が長期間にわたり停止中のダムに時々見られます。坂下ダムでは、電力側の事情ではなく、農業側の事情によって低い水位で管理されています。(クレスト敷高以上の流入はすべて越流。)
近々、クレストゲートの点検があるそうで、点検作業に支障のある越流を止める作業に入るということでした。具体的には、利水放流管から放流することで水位を下げるということです。折角の機会ですので、その様子を見学させていただきました。
職員がスピンドルを手動で少し回します。右岸側の放流管からの放流が始まりました。分水槽の水位を急激に変動させると警報装置が作動するため、少しずつ放流量を増加させるそうです。越流が完全に止まるまでには数日を要するそうです。このダムは、万一、原発が再暴走した場合に、それを止める最後のよりどころとなる使命を持っています。少しの異常も見逃すことなく、常に最善の状態を維持して欲しいと思います。
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利水放流バルブ操作前 |
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利水放流バルブ操作後 |
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利水放流用ハンドル操作中の大熊町復興事業課田辺さん(右)と長谷川さん(左) |
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4.子孫に美田を残す
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原発事故後、大熊町では事実上農業は行われておりません。 帰還困難区域内と除染済み地区内に10アール程度の試験圃場があって調査のための稲作が行われているそうです。 坂下ダムは、福島第一原子力発電所に近いダムというイメージをお持ちの方も多いと思います。しかし模型で確認すると、この地区は、大熊町では原発から対角線上に位置しており、町内では最も離れた場所になります。
大川原地区などすでに除染が完了した水田・畑は、農地として再利用されるのではなく居住ゾーンとして帰還した町民の宅地となるそうです。実際の農業再開までは、まだまだ遠い道のりがあるようです。 また、仮に農産物を収穫できたとしても風評被害のため商品価値は限りなく低いものとなりそうです。農業で生計が成り立つのは、30年先あるいは50年先ではないかということでした。それでも、地元の方々は、何年かかっても町を取り戻すという強い決意を感じることができました。
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大川原地区(除染済み)看板 |
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大川原地区(除染済み)農地 |
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大川原地区付近(除染済み) 前方には常磐道 |
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大川原地区南平付近(除染済み) |
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(補足) 原子炉の冷却水について
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現在福島第一原子力発電所では、汚染水を浄化して冷却水として再利用しているため、坂下ダムからの水の利用はごくわずかであるということです。ただし、万一再利用システムにトラブルがあった場合には、坂下ダムの大量の真水が必要となるそうです。 また、坂下ダムで取水され東電導水管から送られた水は、福島第一原子力発電所敷地内の北西部にある2本のタンクに貯留されていました。現在は2本のうち、1本は汚水タンクに転用、1本は坂下ダムからの冷却用水として利用中ということです。
取材協力;坂下ダム施設管理事務所、大熊町役場
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