全項目表
 
ダム番号:1579
 
大滝ダム [奈良県](おおたき)


10/09
ダム写真

(撮影:さんちゃん)
D-shot contest 入賞作品   →ダム便覧トップ写真   →フォト・アーカイブス [ 提供者順 / 登録日順 ]
どんなダム
 
500戸近い移転戸数
___ 関連事業を含め移転戸数は500戸近くにのぼる。補償関係の話し合いは長期に及び、地権者団体との間で補償基準が合意できず、昭和49年からは異例の個別交渉方式による補償交渉が行われた。その後、土地収用も。補償に長期を要した代表事例では。ダム建設と地域の関係を考える上での貴重な教訓を残したとの指摘も。
ダムのデザイン決定に地域の意見
___ ダムのデザイン決定に全国で初めて地域意見を取り入れている。景観検討委員会が提示した6案について地元住民と専門家にアンケート調査を実施。ダムの上端に連続的なアーチ橋を模したデザイン。
通廊・エレベータシャフトをプレキャスト化
___ 通廊の約9割とエレベータシャフトにプレキャスト部材を導入。通廊について、通常工法に比べ工期が5分の1程度短縮し、安全性の向上などの効果。
日本で初めて油圧式クレストゲート
___ 景観に配慮し、ダム天端からの突起をできる限り抑制。ゲート類も堤体内に納めるため、日本で初めて油圧式クレストゲートを採用
カスケード方式の減勢施設
___
小洪水時にダム湖の水位を計画した水位に保つことを目的として計画水位維持放流設備が設けられているが、その放流水は、下流右岸の「カスケード」から減勢池に放流される構造になっており、放流時には珍しい光景が見られる。「カスケード」とは小さな滝という意味で、滝の景観を創出。
[写真](撮影:ひろ@)
優雅な斜長橋
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白屋橋は優雅な斜長橋。国道169号と対岸の道路を結ぶ。1991年完成。PC斜長橋のダムにおける初期採用事例。
[写真](撮影:さんちゃん)
学べる建設ステーション
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ダムの本体工事現場を校外学習の場に提供する現場がまるごと教室をコンセプトに「学べる建設ステーション」を建設し、広く一般公開。平成8年4月20日にオープン。13年10月26日、オープンしてから1,440日目で来場者20万人を達成。
後南朝の歴史が
___ 川上村は、後醍醐天皇から発する後南朝最後の自天親王とその弟の忠義王の歴史が残るところ。忠義王は川上村神之谷に御所をおいていた。長禄元年12月2日、大雪のなか、二人は赤松家臣団に殺害された。南朝を擁護する川上郷民は追走、反撃して、首級と神璽を取り返したという。両皇子の御首は川上村神之谷にある金剛寺に手厚く埋葬された。自天親王が即位した2月5日には、今も毎年、金剛寺で朝拝式が厳粛に行われる。
生まれ変わった川上村
___ 地元の川上村は後南朝の史跡を残し、また日本三大人工美林で有名な吉野杉の主産地。観光を柱とした村づくりを目指す。ダム建設による移転に伴って平成2年に新しい村の官庁街が誕生。ダムを望む地に村営ホテルが建った。役場職員自らが皿洗いなどしてホテルを運営するという素人集団による営業。平成7年度には温泉宿泊施設として「五色湯」もオープン。木工センター、トントン工作館など木工の里かわかみとしての拠点施設も。
丹生川上神社上社と宮の平遺跡
___ 丹生川上神社上社が水没する。丹生川上神社は、平安中期以後二十二社の一つに数えられる由緒ある神社。しかし、戦国時代の乱世の世に衰退し、所在が不明に。明治から大正時代に、現社地が丹生川上神社上社とされた。水没するため、平成10年に現社地より南西側の高台に遷座。その敷地から遺跡が発見され、3年間に渡って発掘調査。縄紋時代早期から晩期にわたる大規模な縄紋遺跡。
試験湛水中に亀裂が発生
___ 平成15年4月、試験湛水中のダム周辺の白屋地区で地面に亀裂が発生しているのが見つかり、試験湛水を中断。結局地区住民は移転し、本格的対策工事を実施。ダムの完成は大きく遅れることに。
ダム湖は「おおたき龍神湖」
___ ダム湖名を公募、ダム湖名選定委員会で、応募した205点の中から吉田志帆さんの「おおたき龍神湖」に決まった。地域を特定しやすい「大滝」の文字と、地域の人びとの永く変わらぬ源流吉野川への畏敬の念から「龍神」の文字が用いられた作品が選ばれた。2013年3月23日の竣工式に先だって、ダム右岸で記念碑の除幕式があった。
シリーズ ダム百選 投票から
第 15 回  『 思い出深いダム 』
■ ダム工事を初めて見たところです。夜間の作業照明が美しくバイクやクルマで良く見に行きました。途中の山道が真っ暗なので初めて連れていく友人達には「一体どこに行くの?」と不審がられ、彼女には怖いと泣かれる始末でしたがいざ到着して見るとあまりの美しさに皆、息を呑んで見とれていた事を想い出します。 (みかん)

第 18 回  『 ○○に感動したダム 』
■ 約10年前に試験貯水で地滑りが起き、運用開始が大幅に遅れていた、大滝ダム。計画から半世紀経て、ようやく完成!!「2013年3月23日に竣工式が行われた事に、感動!!!!」おめでとう!これからが本番!と思わず、ダムに話しかけました。ほんとうに、おめでとうございます。
翌日の24日にはスタッフの方々に、親切にダムを案内して頂きました。竣工をお祝いした、ダムカードも頂き、ほんとうに感謝しております。スマホからの応募ですが、写真のUPが出来ませんでした。どうかこの感動が皆様に届きますように! (31〜40歳 男)

■ ズバリ、完成に感動したダムです。
多くの問題を乗り越え、長い期間かけてやっと完成するも試験湛水で今度は白屋地区で地すべり発生と、トラブルの連続。それらを乗り越えようやく完成したダム、それらを想い堤頂を歩くと、もう胸いっぱいです。
あと、神殿を思わせるようなデザインも気に入ってます! (えんどまめ)

テーマページ 大滝ダム竣工式に行ってきました
「理の塔、技の塔」 〜私説・戦後日本ダム建設の理論と実践〜 (8) 地元補償:「水特法」の精神
このごろ 大滝ダムのケーブルクレーン
左岸所在 奈良県吉野郡川上村大字大滝  [Yahoo地図] [DamMaps] [お好みダムサーチ]
位置
北緯34度21分12秒,東経135度56分06秒   (→位置データの変遷
[近くのダム]  津風呂(7km)

河川 紀の川水系紀の川
目的/型式 FNWIP/重力式コンクリート
堤高/堤頂長/堤体積 100m/315m/1034千m3
流域面積/湛水面積 258km2 ( 全て直接流域 ) /251ha
総貯水容量/有効貯水容量 84000千m3/76000千m3
ダム事業者 近畿地方整備局
本体施工者 熊谷組・日本国土開発・大豊建設
着手/竣工 1962/2012
ダム湖名 おおたき龍神湖 (おおたきりゅうじんこ)
ランダム情報 【水特法関係】大滝[法第9条指定ダム等]、水没総面積:240ha、水没戸数:399戸、水没農地面積:8ha、ダム等の指定年月日:S49.7.20、水源地域指定年月日:S54.1.29、整備計画の決定年月日:S54.3.22
【コンクリートダムの工法】拡張レヤ工法
【ダム工事年表】仮排水路(1981.12〜1991.1) 本体掘削(1991.6〜1998.3) 本体打設/盛土(1996.11〜2002.8)
【ダムカード配布情報】H29.4.1現在 (国交省資料を基本とし作成、情報が古いなどの場合がありますので、事前に現地管理所などに問い合わせるのが確実です) Ver1.1
○大滝ダム管理支所 9:00〜17:00(土・日・祝日を含む)休日は大滝ダム管理支所玄関のインターホンを押して下さい。
ダムカード画像コレクション
大滝ダム Ver.1.0 (2013.03)
[協力:け〜]
大滝ダム Ver.1.1 (2015.08)
大滝ダム 洪水時最高水位到達 (2012.3.30)
[協力:さんちゃん]
(大滝ダム竣工記念)
[協力:ミッキー]
リンク alpendam・大滝ダム
big−time ダム百景 大滝ダム
Damstyle・大滝ダム
dashelo の 『さて、見にいこ。』・大滝ダム、見てきた。
THE SIDE WAY・大滝ダム
ウィキペディア・大滝ダム
ダム『京』・大滝ダム写真集
ダム好きさん【大滝ダム】
ひろしのダム発電所見学記・大滝ダムサーチャージ
ひろしのダム発電所見学記・大滝ダム湖名碑除幕式
ひろしのダム発電所見学記・大滝ダム最低水位
ピンクのうさぎ ダムめぐり・今日は大滝ダム・室生ダム見学・島谷水路・初瀬水路・室生水質保全ダム・初瀬ダムに行ってきました。
ピンクのうさぎ ダムめぐり・奈良県ダムめぐり その3 大滝ダム
ピンクのうさぎ ダムめぐり・奈良県ダムめぐり その4 大滝ダム つづき
ピンクのうさぎ ダムめぐり・奈良県ダムめぐり その5 大滝ダム見学つづき
紀の川ダム統合管理事務所(国土交通省近畿地方整備局紀の川ダム統合管理事務所)
吉野郡川上村 宮の平遺跡 (奈良県立橿原考古学研究所)
国道169号
水力ドットコム・大滝発電所
水力発電所とダムに行ったおはなし・2012.3.30大滝ダム試験湛水クレスト放流動画
水力発電所とダムに行ったおはなし・紀の川ダム統合管理事務所より
雀の社会科見学帖・大滝ダム 見学 その1
参考資料
■大滝ダム補償交渉の経緯と今後の課題:松島勝治
【ダム日本 No.400(S53.2)】
■大滝ダムの経緯と水源地域対策:藤野忠
【ダム日本 No.462(S58.4)】
■大滝ダム建設と川上村の村づくり:新井繁寿
【ダム日本 No.563(H3.9)】
■【特別寄稿】南朝ゆかりの地、吉野山にダム作りの心いきを訪ねて −大滝ダム建設現場見聞記:田村喜子
【ダム日本 No.565(H3.11)】
■大滝ダムの水源地域整備と課題 近畿地方建設局大滝ダム工事事務所所長 福田晴耕
【第39回水源地問題実務講習会(H04.03.25)】
■大滝ダムの施工計画について:福田晴耕・近藤克郎・阿部宏行・井上貴嗣
【ダム日本 No.572(H4.6)】
■大滝ダムの水源地域整備と課題:福田晴耕
【ダム日本 No.573(H4.7)】
■大滝ダムの設計と施工の現状について 近畿地方建設局大滝ダム工事事務所工事課長 松 田 六 男
【第35回ダム施工技術講習会(H06.07.06)】
■大滝ダムの設計と施工の現状について / 松田六男
【ダム日本 No.601(H6.11)】
■大滝ダム フロンティア技術 −技術文明開化をめざして−/細見 寛
【ダム日本 No.608(H7.6)】
■大滝ダムの施工について /富田邦裕  −大型放流設備と景観設計−
【ダム日本 No.624(H8.10)】
■大滝ダムの施工と景観設計について −大型放流設備と景観設計− 近畿地方建設局大滝ダム工事事務所長 富 田 邦 裕
【第41回ダム施工技術講習会(H09.07.18)】
■大滝ダム事業の経緯と水源地域対策 建設省近畿地方建設局大滝ダム工事事務所調査設計第一課長 新高庸介
【第46回水源地問題実務講習会(H11.02.25)】
■大滝ダム事業の経緯と水源地域対策 /新高庸介
【ダム日本 No.655(H11.5)】
■大滝ダムにおける合理化施工について 気化冷却設備・プレキャスト部材の導入等− 褐F谷組 大滝工事所副所長 庄 田 政 弘
【第46回ダム施工技術講習会(H11.11.25)】
■大滝ダムにおける合理化施工について −気化冷却設備・プレキャスト部材の導入等−/庄田政弘
【ダム日本 No.664(H12.2)】
諸元等データの変遷 【06最終→07当初】河川名[紀の川→末広川] 竣工[2002→] 湛水面積[244→251]
【07当初→07最終】河川名[末広川→紀の川]
【07最終→08当初】目的[FWIP→FNWIP]
【08最終→09当初】竣工[→2012]
【12最終→13当初】本体施工者[熊谷組・日本国土・大豊→熊谷組・日本国土開発・大豊建設]

■ このごろ → このごろ目次
大滝ダムのケーブルクレーン

 
夜雀さんのサイトに大滝ダムのケーブルクレーンは、黒部ダム建設に使われたものだという話が載っている。

ダム建設の機械などを、完成後に他のダムで使うことはよくあるようだが、黒部ダムから大滝ダムへ、だいぶ建設時期が離れてもいるし、この話は本当なのだろうか、少し調べてみた。


大滝ダムに残るケーブルクレーンの移動塔(撮影:KIYOTAKA)

月刊ダム日本の記事(注1)に次のようにある。

上遠野 (中略)近畿地方建設局では、計画当初に官貸与機械を手当てなさっていまして、黒部ダムの25t両端走行式ケーブルクレーンを購入なさって、大滝ダム用に片側弧動の20tケーブルクレーンにしたというダムです。

これによれば、次のようなことが言えそうだ。

・ケーブルクレーンは、大滝ダム計画の当初に、建設省が手当てした。大滝ダムの計画当初と言うことなので、相当以前だろうから、黒部ダムからというのも頷けるように思われる。

・黒部ダムでは、ケーブルクレーンの両端が移動するタイプのものであったが、大滝ダムではそれを改造し、片側が固定、もう一方が円弧を描いた形で移動するタイプになった。

黒四発電所建設史(注2)には、

 ケーブルクレーンは、峡谷の両岸の間に、本流をまたいで張り渡された径間約600mのケーブルに、総重量25tonのバケットを吊り下げ、これを移動さしてダム上にコンクリートを送り込む装置であった。

とあり、また、同書の建設史年表には、

 昭和34年8月25日 ケーブルクレーン1号機を据え付け完了
     9月15日 ケーブルクレーン2号機を据え付け完了

と記されていて、これらから、黒部ダムでは、両端が動くタイプの25tケーブルクレーンが2台あったことが分かる。

さらに、「ダム技術」の記事(注3)によれば、

 20tケーブルクレーンは、昭和33年に関西電力が黒部第四発電所建設の際、28t吊り・スパン598mの仕様で製作した2台のうちの1台である。当時の仕様は両端走行型のケーブルクレーンであったが、大滝ダムへの転用に際し現在のように弧動型に改造している。
 弧動型への改造は昭和45年入手時点で行っており(以下略)

とあり、黒部ダムのケーブルクレーンは仕様上28tで、昭和33年に製作、それを大滝ダム用に改造したのは昭和45年であったことが分かる。

以上を、まとめると次のようになる。

@黒部ダムを建設する際、関西電力は、昭和33年に25t(仕様上は28t)両端走行型ケーブルクレーン2台を製作し、昭和34年8〜9月に現地に据え付けて、その後の本体コンクリート打設に使用した。

A黒部ダムの完成後、建設省は、昭和45年に1台を入手し、弧動型に改造、大滝ダム建設に転用した。

大滝ダムのケーブルクレーンは、黒部・大滝という大きなダムのために2度働いた。今大滝ダムにはケーブルクレーンの移動塔が残っている。昭和33年(1958)製作だから、既に半世紀を超えている。ご苦労様でした。それにしても、貴重なケーブルクレーンなので、大滝ダムで是非保存措置を講じ、長く一般公開てほしいものだ。


(注)
1.座談会「コンクリート施工技術の現段階と今後」(「月刊ダム日本」 No.773 2009.3)
2.「黒部川第四発電所建設史」関西電力株式会社 昭和40年9月20日
3.名波義昭・脇本吉庸「大滝ダムケーブルクレーンの事故について」(「ダム技術」No.163 2000.4)

(H23.1.6、Jny)


■ テーマページ(抄) → テーマページ目次

大滝ダム竣工式に行ってきました

 これは、「月刊ダム日本」に「ダムマイスターレポート」として掲載された記事を転載したものです。著者は、ダムマイスターの夜雀さんです。

 平成25年3月23日、ダム仲間と一緒に奈良県の大滝ダムに向かいました。昨年3月30日にサーチャージ水位に到達し、試験湛水を終了した大滝ダムの竣工式です。
 竣工式を迎えるまでにも台風はやってきました。昨年も洪水調節を実施してくれています。なので、竣工式がほぼ一年も経ってから行われるという事に不思議な感じを受けた人もいたようです。
 竣工式はダム建設とダム管理、その歴史とこれからの役割を地元の方や、流域の方にお伝えする記念の式典であると思います。
 自分は今までダムの竣工式というものを見た事はありませんでしたので、工事中からずっと見てきた大滝ダムの晴れ姿を見たいという思いで竣工式の取材をさせていただきました。近畿在住のダム仲間も駆けつけてくれまして、みんなで手分けして当日の様子を記録してきましたのでご報告します。



 大滝ダムへの道は堤体が見えてからトンネルをくぐり、ダム湖側に回って駐車場に入ります。
 大滝ダム左岸駐車場への交差点にはこんなモニュメントができていてお出迎えしてくれました。竜神をイメージしたモニュメントです。


大滝ダム入口交差点に設置された竜を象った竣工式の表示
(撮影 ダム愛好家 ひろし様)
 ・・・→ 全文はこちら
(平成25年7月作成)


→ ダム便覧の説明
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