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1982-2004

 これは、雀の社会科見学帖夜雀さんによる投稿です。そのまま掲載させて頂きました。
1


ダムを好きでもない友人とダムについて話をしていた時に不意にこんな言葉が出てきました。


「ダムの放流で事故がおきたことがあるでしょう。」


一般の人がダムについて知っている事の方が珍しいので多分あの事だろうと頭に浮かんだのは1999年の神奈川県で起きたキャンパーの事故でした。
「玄倉川の事例ですか?あれは再三の退避勧告を無視した末の事故で特殊だと思いますが。」
私の声に相手は首を振ります。
「いや...もっと前の事です。」
「昔あった事故ですか?どんな事故だったんですか。」
「よく覚えていないんですが上流のダムが放流した為に下流で人が死んだという話です。」
「原因がダムであると?」
「そう報道されていたと記憶しています。」
「ダムは放流前にサイレンで通知するんです。それを無視したというならダムの責任ではないのではないかと思いますが。」
ゲート操作はダムの管理所の人の判断によるんですよね。その人達が操作をミスするという事はありえませんか。」
「人が行う事ですから100%という言い方は出来ませんけど個々のダム管理所だけの判断でゲートは開けられないんですよ。河川局と連絡をとりながら下流に注意をはらい、急激な水位変化を起こさないように行う事が決められているんです。」
「ではダムだけのせいで起きた事故ではなかったのかもしれませんね。」

その時はそれだけで終わってしまったこの会話がひどく心に引っかかっていました。


2


春から秋にかけて、都心からほど近い広い川原を持つ河川にバーベキューを楽しむ人がたくさん集っているのを見ます。
車横付けで、家の台所をそのまま持ってきたような手軽さで川原で快適に食事をとっている人々。
マナーさえ守って、ゴミを出さず、ペットを好き放題に暴れさせず周囲に迷惑をかけずにいるなら、それはとても楽しい事です。時間に追われる日々、昔のようなやり方で飯盒炊爨を楽しむにはとても時間が足りないけれど、少ない時間の中で自然の中でレジャーを楽しみたい人にオートキャンプは時代にあった方法だと思います。

地元で有名なある河川敷の例ですが、キャンプ場やバーベキュー場として整備はされていなかったのですが
週末になれば大阪、京都、奈良、三重などから物凄い車が押し寄せ、大渋滞を起こすポイントがありました。
一番広い川原に車で入る道が一本ついているのですが、元々、車一台半分の幅しかありません。
車両対向困難の為に最近は交通整理の誘導員が立つようになりました。
そこに多い時には数百台の車が入っていくのです。
最近は町もキャンプ場として整備し始めましたがそれでも渋滞は凄いものがあります


そこで見ていて気がかりなのは、多くのパーティーが車で来ているのにドライバーまで楽しさに撹乱されてしまって飲酒している事です。
ただでさえ難しい狭路を進まなくてはならないのに、これでもし、上流で激しい降雨があってダム放流のサイレンが鳴ったらあなたのパーティーは無事にちゃんと帰れますか。
あなたがもし飲酒をしていなくても周囲で飲酒をしているドライバーが運転を誤ってこの一本しかない侵入路を脱輪で塞いでしまったりしたらどうなるのか考えると怖くなりませんか。
いつもそう思ってこの河川敷を見ています。


飲酒運転のまま帰途につくに事はもちろん危険です。
そのまま酔いが覚めるまで河川敷でキャンプするにしても皆が集うからといって川原が市街地の公園のように地形的に安全な場所だという勘違いがありはしないかと心配です。


上流にダムがあるから大丈夫と考える人は少なくて、ダムが放流するというサイレンを聞いた事が無く聞き流してしまう人々。たいした事ではないと信用してない人々が大半で、通常の川と濁流と化した川の姿が同じ物と考えていない人が集まる河川敷。
ダムは放流する前にサイレンを鳴らします。発電ダムでも灌漑用ダムでも治水ダムでもそれは同じです。
発電ダムの放流で静かに水位が安全な範囲でゆっくりと上昇する場合でもサイレンは鳴ります。
上流の集中豪雨で治水ダムが放流する時でもサイレンは鳴ります。


発電ダムの静かな通常操作による放流サイレンに遭遇したキャンパーが、水位が殆ど上がらない様子を見てダムの放流を“たいした事ではない”と認識してしまったら、その人は周りに『ダムの放流なんてたいした事無い、嘘っぱちだ』と触れて回るかもしれません。

そして毎年おきる河川敷の事故。


何故、自治体がオートキャンプ場を設置するのか。
もちろん観光地として整備し集客するという側面もあるでしょう。
しかし、河川敷に立ち入り禁止を設けて、安全な場所を別に提供しないと、押し寄せるオートキャンプ客が危険な区域にも侵入し安全確保が出来ないという事も無関係とは言えないのではと思われます。


川に近づきたくて来ているのだからと、そういう安全第一の行政のやり方に不満を持ち立ち入り禁止の区間に突入する車両。自然を良く知っている人なら近づかない砂防ダムの上でのキャンプ。整備された場所に不満を持つ人が事故に遭遇し、そのせいでどんどん厳しくなる安全管理。


川の水位が上昇したら川の上流に雨が降ったということ。
自分たちの上に雨雲が無くても上流には雨雲があるかもしれないということ。
これを知らない人は退路を考えずに川に入っていきます。
川を知らない人が川で事故に遭う。
事故を防ぐ為にどうしたらよいのか。
川に絶対に立ち入らないようにしてもらうというのは非現実的な話です。
河川の急激な水位の上昇が予見される時にはいち早くそれを知らせるというのが最良の策になって来るでしょう。


3


ダム巡りを続けている時にあるダムで管理所の方とお話をする機会に恵まれました。
そのダムは昭和57年に近畿地方を襲った豪雨災害と戦ったダムでした。
昭和57年水害といえば台風10号による長崎水害が有名です。
しかし同じ台風が近畿にも深刻な被害を出していました。
この昭和57年水害を調べている時に偶然、ダム災害についての記事を目にする事になったのです。


奈良県吉野郡川上村の大迫ダム。
近畿農政局の管轄の灌漑ダムとして吉野川に造られたダムでした。
 

大迫ダム 右岸より
昭和57年台風10号の接近に伴う豪雨で大迫ダムには大量の雨水が流入しました。
 

1982年台風10号進路図
対応する為に大迫ダムは最大毎秒750tの放流を行いました。
放流の前にはサイレンも鳴らしています。
しかしこの放流によって下流で多数の方が急激な水位上昇によって川に取り残されたり、流されて行方不明になっていたりしていたというのです。


洪水調節能力を持たない灌漑用のダムだから貯水キャパシティが低かったのだろうか?


治水専門ダムや洪水調節能力を持たないダムでなければ貯められる力はどうしても弱くなります。
それゆえに大量に放流せざるを得なくなったのではないかという事がまず頭に浮かびました。
サイレンが間に合わなかったのではないかという事は思い浮かびませんでした。


図書館で当事の新聞記事を探しました。全国版の大手新聞の縮刷版では速報ゆえの間違いが記事内にいくつか在りましたが概要はつかめました。
 

1982 8 2 毎日新聞夕刊の記事
写真は大迫ダム下流18km地点 吉野町樫尾で中洲に取り残されたキャンプ客を救出するヘリコプター。
地元住民が事態の緊急性に即応し、吉野木材共同組合連合会がチャーターしている木材運搬の為のヘリコプターを救援の為に呼び、救出活動を行なった。
中州以外の岩場等に居たキャンプ客は川岸から住民が救出した。
更に奈良県の地方新聞のマイクロフィルムを図書館で調べました。
するとこの時のクレストゲート運転操作とサイレン通知に問題があると指摘されている記事を発見しました。
概要をまとめると以下のようになります。

1982年8月1日 午前2時半頃、台風10号の影響で奈良県吉野郡川上村の農林水産省・大迫ダムが緊急放流を開始した事により下流の吉野川と和歌山県の紀ノ川において水位が急激に上昇した。


台風10号による大雨洪水注意報が発令された発令された7月31日22時50分から警戒態勢に。
23時には大台ケ原の雨量はゼロだったがその後の2時間で153_の雨を観測。
8月1日1時20分に大雨洪水警報発令。
2時から3時にかけて大迫ダムの水位はEL398mを越えた。
堤体越流の危険が発生し、雨量に相当する大量の放流が必要となり放流サイレンを鳴らした。
サイレンの10分後に700t/sの放流を開始。


吉野町樫尾の吉野川の中州でキャンプをしていた13人と岩場に釣りにきていた8人が孤立
(地元の方が人力と、ヘリコプターを手配しての救出)
吉野郡吉野町宮滝の宮滝大橋下の中州で1人が行方不明
奈良県五條市六倉で3人が行方不明
五条市滝町、同県吉野郡吉野町宮滝、吉野郡下市町阿知賀の3ヶ所で各1人が行方不明
和歌山県伊都郡かつらぎ町背ノ山で1人が行方不明
サイレンが聞こえなかったと言う人が多くいた事。


吉野川・紀ノ川 流域 事故現場
×→行方不明者 ○→救出現場
 
水害直後の国会議事録を調べるとゲート操作の不備と警戒通報の遅れがやはり指摘されていました。
降雨データを見るとサーチャージ水位ぎりぎりまで上昇していたダム湖の水位をこのまま放置していたら堤体越流は確実だったと思われます。
 

大迫ダム 左岸より
 
新聞の記事をさらりと読んでしまえば“ゲートを開けたから人が死んだのだ”と単純に思ってしまう人が大半なのかもしれません。
ゲートを開けずにいたら良かったのだとダムの洪水調節について知らない人は思うでしょう。
ゲートを開けずに貯めるだけ貯めて水が堤体を越流してしまう事はすなわちコントロールされていない水が下流に流れ出す事であり、同時にダム本体、堤体自身を破壊する可能性があることだと知っていれば判断は異なってくると思います。堤体が壊れれば更に被害が拡大するのは明らかです。


堤体が破壊される事は絶対に防がなくてはならない。
放流前には必ずサイレンで知らせなくてはならない。
そのために流入量に相当の放流を行なった大迫ダム。
ゲート操作手順通りでした。
しかし下流河川に急激な水位上昇を引き起こしてしまった事だけが問題でした。
堤体を守る為には仕方がなかったとはいえ、放流はあまりにも急でサイレンを鳴らしたにもかかわらず、下流で被害が出た事。


この事例はその後のダム管理に色々な教訓を残したと思います。
予備放流の必要性と河川敷を使う人々への広報。
ダムは放流する前にこの責務を果たさなくてはなりません。
そして個々のダム管理所だけではなくその流域の情報を統括して放流量を決めるという今のシステムが出来上がったのだと思いました。


4


ダムは水を貯めるがその水が堤体を越流してしまう事態を引き起こしてはならない
ダムは操作において下流河川に急激な水位上昇をおこしてはいけない
大量の降雨が予測される場合にはあらかじめ水位を下げて治水を行なえるように準備する
でも水は大切な資源で無駄に流す事は出来ない


治水専門ダムのように普段は空で大雨の時だけ働くダムがある一方で発電も灌漑も水道も工業用水もまかなわなくてはならないダムもあるのです。
 

静岡県 原野谷防災ダム 治水専門のダム
通常は水を貯めていない。貯水容量全てを洪水調節に使用できるダム。
 
頑張って頑張って、できる限りの事をしても押し寄せる水が堤体を越えてしまったダムもありました。
過去の事例を知り、安全と生活を守る為に頑張るダム。
そんなダムの健気な姿と歴史に見せられてダムを見てきました。
ダム災害についての事例を知り、
治水のために頑張るダムを見学し、
多目的ダムの重責を感じてきました。


2004年は数々の台風が日本の各地に水害を引き起こしました。
台風23号では北近畿に大規模な水害が起きました。


台風のニュースを見ながら各地のダムに頑張って欲しいと思っていました。
そんな中、あまりにも大量の降雨で京都府舞鶴市の由良川が溢流して広範囲の水没区画が出現し観光バスなどが国道で取り残されるという事態が舞鶴で発生したのです。
由良川は昔からずっと水害を起こしてきた川でした。上流には旧建設省が造り、現在は京都府が管理している治水ダム・大野ダムがあります。
観光バスの客がバスの屋根の上で腰まで水に浸かりながら耐えた一夜が明け、救出が始まりそのニュースを見てダムは頑張ってくれたのだろうかと思っていた時にwebニュースでダムの記事を見つけました。


観光バスが取り残されるという知らせを受けたダム管理所は河川管理局と連絡を取り本来ならゲート操作を行なって放流量を更に増大させる水位に達していたにもかかわらずゲートを開けずにぎりぎりまで頑張って下流河川の水位上昇を引き起こさないように努めていたというニュースでした。
 

台風23号での大量の流木がまだ残る大野ダム 2004年11月3日の様子
 
大量の降雨の中、サーチャージまで貯める事の危険性
過去の事故事例
昔、堤体越流したダムもある
ぎりぎりまで貯めて、もしそれ以上の流入があったらそのときのリスクはきわめて大きい
皆知っていて、それがどんなに難しい事かわかっていて
それでも
人のためにできる限りの事をと治水ダムとしての勤めを果たそうと頑張っていたダムの姿がありました。
 

大野ダム右岸にある治水祈念の碑
 
ダム災害と呼ばれる事象は確かにありました。
砂防ダムの堆積土砂をキャンプに都合の良い場所だという誤認やダムの放流サイレンをたいした事が無いとたかをくくる事で起きてしまった事故はダム災害ではありません。
人の力で防ぎきれない物に立ち向かってそれでも駄目だった時に、力の限り頑張ったダムについてはそう呼ばないで欲しいと思います。
 
参考資料
毎日新聞縮刷版1982年8月
川上村発行 広報かわかみ
奈良新聞1982年8月2日朝刊〜8月16日朝刊
国会議事録 昭和57年8月12日開催 衆議院 災害対策特別委員会

[関連ダム]  原野谷川ダム  大野ダム  大迫ダム
(2004年12月作成)
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 (夜雀)
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