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◇ 1. ダム湖の生態

 平成19年11月11日、大津市で「全国豊かな海づくり大会 びわ湖大会」に出席された天皇陛下は、外来魚ブルーギルが異常繁殖し、琵琶湖の在来魚が減少したことについて、次のように挨拶された。(朝日新聞平成19年11月12日付)

「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈したものであり、当初、食用魚としての期待が大きく養殖が開始されましたが、今このような結果になったことに心を痛めています」
「永い時を経て琵琶湖に適応して生息している生物は皆かけがえのない存在です。かつて琵琶湖にいたニッポンバラタナゴが絶滅してしまったようなことが二度と起こらないように、琵琶湖の生物を注意深く見守っていくことが大切と思います」

 1960年ブルーギルはシカゴ市長から食用魚として寄贈されて以来、半世紀を経て日本の河川、湖のいたるところに繁殖してしまい、既存の生態系を壊す一要因となった。このことは湖沼における環境改変を考えさせてくれるできごとである。

 ダムは自然豊かな河川流域に大規模な工事によって築造される。そのためにダムサイト附近、河川の上、下流域の生態系に大きな影響を及ぼすことになる。そこで、いくつかの書を挙げてダム湖における生態系の保全対策について考えてみたい。

 ダム水源地環境整備センター編・発行「ダム湖の生態環境づくり」(平成6年)では、廣瀬利雄氏はダム湖の新たな良好な自然環境を創り出すために、
@ダム湖そのものが生物を育む自然の場として機能しているので、その実態を明らかにすること
Aアユ、サクラマスなどの魚が創成するダム湖の生態環境づくり
Bダム湖と関連してビオトープ、蝶の楽園、ほたる里創造
について、研究実施されつつある点を挙げている。この書は次のような専門家によってダム湖の生態について論じられている。その内容は、自然生態系とダム湖(渡辺仁治)、自然づくりの基本的考え方(桜井善雄)、水辺の植生(桜井善雄)、陸上の植生(南川幸)、魚と渓流作り(水野信彦)、魚とダム湖(田代文男)、アユ(石田力三)、ホタル(矢島稔)、トンボ(新井裕、森清和)、両生類・爬虫類(松井正文)、水鳥(阿部學)、野鳥(百瀬浩)、チョウ(楠博幸)、甲虫類(佐藤正孝)からなっている。


「ダム湖の生態環境づくり」
 渡辺仁治は、ダム湖について「従来の陸水利用の目的は、実生活への利用のみに走り、他を顧みるゆとりがなかったのではあるまいか。陸水を利用一辺倒の視点からのみ捉えていると、往々にして、川と水のもつ大きな自然の力を見忘れたり、ある場合には、更に大きな恩恵を得られるはずの対象を、自ら壊してしまうことすらある。そこで、実生活への利用の視点から離れて、豊かな生物種を育む自然と、人間生活との共存という視点からダム湖を見直してみたい」と指摘する。

 そして、河川生態系の背景について、「陸水が海へ到達しうるまでに水の一部は陸上の総ての生物の体内まで入り、体の大部分を占める構成物質となり、その動きは体内物質循環の担い手として、生命維持には欠くことのできない大切な役割を果して体外へ出てゆく。………私達が湖に遊び、川の流れに戯れて、言い知れぬやすらぎを得ることができるのも、この水の大循環の健やかな路を前にして、同じ毛管系に定位する植物や動物と共々に命の息吹にひたることができるからではなかろうか。こうしてみると、川は流域の陸地と水系とが一体となった調和系であり、その系の性質は、陸域の生態系と水域の生態系とによって特徴づけられる。」と論じる。

 以上、河川は水循環、物質循環に大きな役割を果していることが理解できるが、このようなスムーズな水循環を抑制するのが人だという。
@生態系に組み入れた人以外の生物は自らその生態系を変えたり、系の調和を乱すようなことはしない。人は唯一の異端者である。
A陸水と水域の生態系は、どれも川という大きなシステムの中に必然的に生じた水と物質の動きの分担者であり、決して独立した生態系とはなりえない。人も分担者の一員である以上、異端者としての生活のあり方が及ぼす影響に対して、叡知の限りを尽くして対処する必要がある。それは将来の人間生活の安全な持続性を与える重要な課題である。

 この2つの指摘は、河川の重要性、役割というよりももっと深い、河川の思想、哲学を表現しているようだ。
 さらに、渡辺氏は、河川という大きなシステムに対する前述の視点に立ってダム湖の建設に係わる問題点を次のように整理する。
@ダム湖の建設は、海を内陸へ引き入れたことになる。川が運ぶ陸地起源の物質は、遅かれ早かれ川の水によって海へ運ばれるが、その受け皿としての海の役割をダム湖が分担することになる。ダム湖での堆砂濁水の貯留、富栄養化現象などは、搬入物質に起因する海での環境問題と、基本的に同様である。
Aダム湖の建設によって、本来連続していた川の生態系に大きな段差ができる。ダム湖は河川水の滞留時間の大小により、止水域としての性格が強くもなれば弱くもなる。いずれにしても、以前に無かった止水域または緩流域がつくられることによって、流入河川水、湖水、放流水を受ける下流河川との間には、水質の段違いの差が生じる。

 この2点に考慮して、紀伊半島における新宮川におけるダム湖への流入河川、ダム湖、それに連なる下流河川の水質について、河床や湖のブイなどに着生する珪藻群集を指標として数値評価して、調査されている。
 また、この書で、桜井善雄氏はダム湖の自然づくりの基本的な考え方を論じる。即ち、「ダム湖の出現によって低下した、その地域の自然環境の質を高めるためには、新たに出現したダム湖という水体とそれを取り巻いて残されている在来の自然環境(自然景観と生物群集)とが、その地域の気象、その他の諸条件の下で、相互に影響しあい溶け合ってつくり出す新しい地域環境の総体の中で、存在する必然をもったものでなければならない」と指摘する。

 このことからダム湖における自然づくりのための必要な前提として次の事項をあげている。
@ダム建設事業実施前の地域の生物及び生息環境の調査
A出現するダム湖と類似した諸条件をもつ既設のダム湖の生物と生息調査
B生態学者等による「自然づくりチーム」の結成
Cビオトープ、創出の理解者
Dその後の遷移の過程の追跡調査

 さらに、桜井氏は、ダム湖における自然づくりの対象として考えられる自然環境(生息環境、ビオトープ)の類型と、その保全・創出に関係がある点を具体的に挙げて論じる。
@水際の陸部の生息環境
 ダム湖の水際の陸部にまとまった面積の湿地があれば、生息環境としての価値が高いので保存する。また流入河川の河口部や谷頭をほぼ満水位の高さまで埋めて、このような湿地を造成する。流入河川水の一部を直ちにダム湖に流入させないで、湖外の土地を利用して流路延長し、渓流、沼沢、湿地を造成する方策もある。水際部に接する既存の樹林は、生息環境や水辺の自然景観の保全、水質保全など重要な役割を果たすものであるから、できるだけ保存する。湖岸に樹林がない場所にはできるだけ周りの森林の樹種を用いて植栽する。
A湖岸に接する緩傾斜の浅水帯の生息環境
 貯水池が浅い谷を埋め、豊かな沿岸植生を発達させたこのような場所は、ダム湖内堤を設けて水位の安定を図り、維持する。
 また水位の変動に関係なく沿岸帯の機能の一部を果たすことのできる人工施設としてダム湖面に設ける浮き島は水鳥たちの生息環境となる。また、ダム湖には地形的に中島が創出されることがあり、立入禁止として自然環境を保護する場となる。
B入り江の水面の生息環境
 ダム湖には、元の地形の支谷の部分に隔離度の高い水面ができることが多い。このようなところは立入禁止。水面として、水鳥、魚類、両生類などの保護地区とする。
C水体・水面の生息環境
 ダム湖の水質保全対策を講じる。ダム湖が出現するとこれまでみられなかった地域に白鳥やガン・カモ類が飛来するようになる。


 なお、ダム湖の水質保全については、ダム水源地環境整備センター編・発行「ダム湖の水質保全シンポジウム」(平成5年)がある。

 桜井氏は、ダム湖における生息環境(ビオトープ)も提唱する。
 それには、観光事業を目的とした、珍奇な動植物を持ち込むことでなく、その地域生態系の視点および生物地理学の視点からみて必然性のある生物の生息を目指すことが大切であると、主張する。例えば、宮ヶ瀬ダムの東沢ビオトープは、浅い池、水路、湿地、草原、洞窟、崖、昔の農家のまわりにあった石垣や薪積みなどのような多孔質構造をもったもので造成されている。


「ダム湖の水質保全シンポジウム」

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