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■ Aダムでの経験から

 昭和61年1月〜平成3年3月の5年3ヶ月、Aダム(Aダムは現在、本体工事最盛期です。)の用地取得に携わりました。土地の取得単価や立木の補償などの基準となる「損失補償基準」の作成、提示、交渉、妥結、そして補償契約と一連の補償業務の中で貴重な経験をしました。
 Aダム補償対策委員会に対し補償基準を昭和63年3月に提示し、直ちに交渉を開始し、同年12月に妥結しました。


ダム建設予定地
 交渉が進む中、私は得意な職場の全国球技大会に出場するため泊まりがけで出かけました。しかし、肝心の試合前に高熱を発し、散々たる試合内容に終わり職場に帰りました。ところが、その間に村長さんと用地課長が詰めの交渉を行い、大枠でまとまっていたのです。試合に出場する前は、そんな状況にはならないと判断して出かけたのですが・・・。職場に帰ったら用地課長から試合に出場することはしかたないが、熱を出すとは何ごとだ、重要な時期に担当係長がいなくて大変だったと何度も怒られました。15年たった今でも当時の課長に会うと、その時のことを言われます。
《地元組織の一本化が重要》
 昨今は山間の集落といっても、以前のような地域のまとまりがありません。例えば以前は地域の有力な名主等が承諾すれば、殆ど地域全体も同一歩調をとっていたようですが、近年は、各々の権利主張、価値観の違いなどから、そのようにはいきません。特にダム問題では顕著です。
 このAダムは100を超える世帯が水没移転。ダムに対する認識の違い、地縁、血縁関係から6の交渉団体に分裂していました。交渉団体が分裂したままでは補償基準の合意交渉が難航します。分裂した組織を一本化する調整、根回しがいかに大変か。そのためには役場などの協力が必要になります。また、関係地権者に何度も足を運んで説得することが重要となります。結果は5の交渉団体が1にまとまり、最終的に2交渉団体となりました。
 ところで、Aダムへの転勤は昭和61年1月1日付け。一番寒い時期に赴任しました。ダムが建設される村、家族と一緒に移り住む宿舎のある市はすごく寒かった記憶が残っています。
 地元では1月13日に小正月をお祝いします。赴任したばかりの私は地元の皆様にご挨拶するということで参加しました。一つの集落がお祝いをするのですが、2つの協議会に分裂しているため同じ日に同じ場所で行うので、午前と午後に分かれることになり、私は同じ日に2回のお祝いに参加することになりました。地元の人達は皆さんお酒がすすめ上手で午後の部ではお酒をいただき過ぎて記憶を喪失するほどでした。ダム問題がなければ、同じ集落皆さんで一緒に仲良く、楽しく小正月をお祝できたのにと申し訳ない気持ちでお酒をいただきました。
《補償は公平に》 
 移転する人達の住まいは個人移転と集団移転に分かれました。事業者はどうしても集団移転地に力を入れ分譲価格を念頭に交渉を行い、個人移転の方を忘れがちになります。集団移転地の分譲価格の値下げ、一方、個人移転地の方は水没地の宅地価格の値上げの要求への対応など様々な感情、価格のバランスを熟慮する必要があります。更には地目間の価格の均衡など補償は常に公平であることが重要です。
 なお、集団移転地は移転後も移転前の隣保共助の生活が継続できる点ではメリットがありますが、個人移転地と比較し、地域にとけ込みにくい状況があります。個人移転と集団移転のメリットやデメリットを水没移転者の方にしっかり説明し、選択してもらう必要があります。
 Aダムでは、集団移転地が周辺地域にとけ込めるよう、水没移転者の方と地域の皆さんとが懇親会等を開きました。


水没地の集落
《水没者の懐に飛び込む》
 ダムにおける補償は、水没移転者の土地等を根こそぎ取得してしまいます。そのため生活再建の失敗は許されません。だから、水没者の懐に入り、他人に知られたくないことでも聞き出すことが必要になります。例えば、自分の子供は病弱だから自分が年老いても面倒を見なければならない。病院は近いところが良い。借金が沢山あって心配だ。今後どの様に生活してゆくのか等。生活再建への心配事、不都合な事実があったら、それを前提にどうしたら移転地で生活再建ができるかを一緒に考えなければなりません。
《税金対策も真剣に》
 税金対策も重要です。補償金は使わなければ残りますが、税金は法律に基づいて徴収されます。脱税は犯罪です。水没者の立場に立って節税のお手伝いすることになります。移転後に多額の税金を徴収され、生活再建に影響がでてくることもあります
 Aダムでは所轄税務署の指導を受けながら、税理士さんが直接、水没移転者の方の相談を受ける相談会を開催しました。税法は複雑で難しい法律です。水没移転者本人が税務署に確認すればよいのですが、その代役を務めることになりましたが、そんな時、水没移転者があなたに全て任せる。税務署が金を払えと言えば払うと言ってくれました。その言葉を聞いた時にそこまでよく信頼してくれたという嬉しさと責任の重大さを感じました。
《高額な補償金を扱うので、緊張感をもって仕事をすべき》
 苦労して、補償契約を締結したが、肝心の振込先を間違えてしまったことがあります。部下に振込手続きを任せ、チェックしなかった自分ももちろん悪いのですが、手抜きの仕事は絶対に許されません。部下に自分の仕事の重要性を認識させ、以後このようなことのないよう緊張して仕事するように注意しました。特に、金銭の支払いは最後まで気をぬいてはいけません。
 私達は、単に仕事として例えば数千万円の契約手続きをしていますが、よく考えてみる必要があります。この補償金は貴重な財産をダム用地に売り渡した対価としての補償金です。そして高額な金額を手にいれるために、人はどんなに苦労するのか。一生働いても手にすることができないような補償金の契約を処理している場合もあるという仕事の重要性を認識し、慎重に、正確に、そして迅速に処理しなければなりません。
《事業者の責任を果たす》
 Aダムを経験してダム事業者に三つの責任があることを痛感しました。

一 事業は、より早く、より安く、そして、より丁寧に(環境等にも配慮して)実施しなければならない。

 ※「より早く」は事業効果を早期に発揮することはもちろんですが、ダム問題が長期化すれば水没移転者の生活再建に支障を来するということです。それは、長期化することで水没移転者の方の高齢化が進み、その間は道路等の公共投資が抑制されることになるからです。(後段は交渉団体協議会長の言葉)  
  「より安く」はコスト縮減に努めるということです。 

二 事業費は、適正(国民、ユーザー)に、そして、公平(水没移転者間)に執行しなければならない。

三 水没者、水没地域に対する様々な責任を果たさなければならない。
 

 私がAダムを転勤する際、地元の方が開催していただいた送別会で挨拶した言葉です。地元の方からは係長なのに所長のような立派な挨拶だと珍しくほめられたことが強く印象に残っています。

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