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4.豊稔池の築造


 香川県三豊郡大野原町五郷に位置する豊稔池は、全国唯一の五連のマルチプル・アーチダム(多拱扶壁式粗石モルタル積み石堰堤)である。ダム周辺は公園化されており、ここからダムを見上げると中世のヨ−ロッパの要塞を想わせるような石の城がそそり立つ。10年程前、その姿に、圧倒され、驚きと感嘆の声をあげてしまったことがあった。


『豊稔池の築造』

 このダムの設計は、明治末期神戸市上水道の水源地である五本松ダム(通称布引ダム)に参加した佐野藤次郎工学博士の手によるもので、農林省杉浦翠技師、現場主任小谷亀一らによって大正15年に着手され、昭和5年に竣工した。この建設記録について、長町博執筆『豊稔池の築造』(豊稔池土地改良区・平成6年)は、当時の貴重な資料と写真を駆使して、先人たちの尽力と労苦の軌跡をこまかに著している。大野原地帯の農家は、慣性的な水不足と砂れき混じりの水持ちの悪い農地に対し、その用水確保に苦労していた。大正9年、13年と相次いだ大干ばつを契機として、近代的なダムによる溜池の設置が痛感され、柞田川の上流唐谷川に、大正15年豊稔池の工事が着手された。この工事はすべて地元の大関耕地整理組合(現・豊稔池土地改良区)による施行である。築堤材料の石は現地の山で採掘し、砂は海岸から牛車で運び、足場も農民自らが組んで作業、さらに、工事に必要な技能を学ぶために夜には講習会が開かれたというから驚く。延べ15万人の労力により昭和5年に完成した。


豊稔池ダム

 豊稔池は竣工後60年間治水利水として、重要な役割を荷なってきたが、漏水が生じるようになり、平成元年度から香川県防災ダム事業として補修工事が進められ平成6年に竣工した。この補修工事について、香川県編・発行『豊稔池補修工事誌』(平成7年)が刊行された。新生となった豊稔池の諸元は、堤高30.4m、堤長 128.0m、堤体積3.95万m3、総貯水量 164.3万m3で、洪水吐はサイフォン型式をとっている。下流の池と相保って大野原町、豊浜町、観音寺市の農地面積 620haを潤している。

 このように、豊稔池は、農業用水としての役割を十分果たし、一方重要な、学術的な土木遺産ともなっている。また、堰堤では、家族連れが訪れ、緑と水に囲まれ、程よい水辺空間を創り出し、バ−ドウォッチングもできる憩いの場でもある。

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