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KVA・5大ダム完成がもたらした効果

 北上川流域は古来洪水常襲地であった。東北一貧しい地域とされた。昭和22年(1947)のカスリーン台風、翌23年のアイオン台風によって、流域は壊滅的な打撃を受けた。KVA計画の中核をなすものが、5大ダムを中心とする治水利水事業である。(「ダムの役割」(ダムの役割調査分科会・平成十七年三月刊)を参考にする)。

@昭和28年(1953)に、石淵ダムが完成した。同ダムは北上川支川・胆沢川に戦後初めて建設されたロックフィルダムである。当初計画ではコンクリートダムで、セメント不足のため変更。ダム高は53メートル。
A29年に、田瀬ダムが完成。同ダムは猿ケ石川に建設された重力式コンクリートダム。ダム高は81.5メートル。
B39年に、湯田ダムが完成。同ダムは和賀川に建設されたアーチ・重力式ダム。ダム高は89.5メートル。C43年に、四十四田ダムが完成。同ダムは北上川上流に建設されたコンクリート・アースフィル複合ダム。ダム高は50.0メートル。
D56年に、御所ダムが完成。同ダムは雫石(ルビしずくいし)川に建設されたコンクリート・ロックフィル複合ダム。ダム高は52.5メートル。

 多目的ダム建設の効果をあげてみる。

治水効果

 5つのダム完成により、合わせて約2億4000万立方メートルの洪水調節容量が確保できた。国土交通省ではこの洪水調節容量による洪水被害効果について、次のように試算している。戦後最大の洪水被害をもたらしたカスリーン台風による大洪水が発生したと想定し、5大ダムの有無による被害額などを比較した結果、5大ダムの建設により、岩手県内において浸水面積では約2900ヘクタール、浸水戸数で約4800戸、被害額で約5000億円の被害軽減効果があると推測している。大きな効果といわざるを得ない。

農業用水供給の効果

 石淵ダムの灌漑用水補給地域である胆沢扇状地(水沢市、胆沢町、金ヶ崎町、前沢町の1市3町)は河岸段丘の多い扇状地にある。このため地域開発の最大課題は、胆沢川の河水を高い段丘にいかに安定的に導くかにあった。扇状地の上流端に建設された石淵ダムの完成により、標高の高い地区へ安定的な水供給が可能となり、用水路や分水設備の整備にとあいまって農地面積は増大した。地元1市3町の農業生産額は、昭和27年の約137億円から45年の約247億円へと増大している。石淵ダムによる農業用水の安定供給は、土地改良事業の進展、農業の合理化・機械化とあいまって高度経済成長期の農業生産額の増加に貢献し、地域経済への波及効果も大きかったのである。

水力発電の効果

 石淵ダムでは胆沢第一発電所(電源開発(株)・27年設立、14.6MW)が、また田瀬ダムでは東和発電所(電源開発(株)、27MW)が建設された。2つの発電所は、運転を開始した29年当時における岩手県内の全出力102MWの約40%に相当する発電量であり電力供給の一翼をになった。戦前は電灯のともらなかった地元村落も少なくなかったのである。「水主火従」の時代であった。

地域活性化の効果

 5つのダムとダム湖がつくる水辺の空間は、地域の観光資源としての役割を果たしてきた。代表例は御所ダムである。同ダムは県庁所在地盛岡市の近郊に位置し地域の活性化に貢献している。
 御所ダムの地域化活性化の効果について国土交通省は「昔から観光地であった繋温泉の入浴客数は、ダム完成後周辺施設の整備とともに増加し、1986年にはダム完成前の約2倍(52万人)、1991年には過去最大の84万人を記録している」と報告している。KVA計画は成功したといえる。昭和29年、建設省は省令により多目的ダムの管理一元化を決めた。


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