4.山梨県のダム開発史
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明治・大正期(明治元年〜大正15年)
明治4年 甲府県を山梨県と改める 7年 富士川運輸会社の設立 鰍沢に郵便所の設置、富士川に 郵便船が往来する 8年 岩渕河岸と蒲原浜を結ぶ蒲原所水道 の竣工 15年 山梨県大水害 コレラ流行 死者1900人 技師ムルデル、富士川の視察 22年 山梨県水害 山梨県初の水力発電 24年 山梨県治水協会の設立 27年 日清戦争(〜28年) 29年 山梨県水害(死者33人)信玄堤破堤 31年 山梨県水害(死者 172人) 33年 芦川第一発電所の運転開始 甲府電力営業開始 甲府に電灯とも る 36年 中央本線甲府駅まで開通 37年 日露戦争(〜38年) 39年 芦川第二発電所の運転開始 芝川発電所の運転開始 40年 山梨県未曾有の大水害(死者 233人 、流失家屋1万2000戸) 駒橋発電所(東京電燈(株))、 日本初の大出力長距離送電開始 41年 笛吹川河流変更工事の着手 43年 山梨県内大水害 八ツ沢発電所(東京電灯(株))の 運転開始 44年 中央本線が全通する 大正2年 甲府市、上水道の給水開始(荒川を 水源) 3年 大野ダム(谷田川)の完成(東京電 力) E P 37.3m 169.2万m3 河口湖南上水道の完成 甲府市上水道工事の完了 鹿留発電所(桂川電力(株))の完成 4年 日川水利群の完成 7年 勝沼堰堤(日川)の完成 山梨県、日本住血吸虫病撲滅告諭 9年 富士身延鉄道 芝川−身延間開通 山梨県初のコンクリート橋 鵜飼橋 の完成 笛吹川付替工事着手 山梨県人口58.3万人 11年 内務省上流富士川改修事務所の開所 桂川電力(株)、東京電灯と合併 12年 富士川、プロペラ船就船 関東大震災 鰍沢など築堤の崩壊 早川第一発電所の運転開始 15年 大正池(帯那川)の竣工(帯那土地 改良区) E A 15m 5.2万m3
明治・大正期は、2基のダムが造られた。ともに型式はアースダムで、大正3年発電用大野ダム、15年農業用の大正池が竣工している。
昭和初期(昭和元年〜20年)
昭和元年 頭左沢ダム(頭佐沢川)の完成(東 京電力) G P 21.5m 4.5万m3 2年 上米沢ダム(小武川)の完成(東京 電力) G P 19m 2万m3 3年 昭和池(帯那川)の竣工(帯那土地 改良区) E A 15m 3.6万m3 小篠溜池(小篠沢)の竣工(小篠土 地改良区) E A 29m 14.1万m3 保利沢ダム(早川)の完成(東京電 力) G P 17.3m 0.6万m3 芦安砂防ダム(御勅使川)の完成 富士身延線甲府まで全開通 富士川舟運終わる 5年 鎌田川の螢、天然記念物に指定 新笛吹川の通水 前御勅使川の廃川 6年 中央線、新宿−甲府間電化の完成 国道8号線の竣工 9年 暴風雨、農産物に被害 10年 上野原溜池(富士川水系)の竣工 (上野原土地改良区) E A 20m 1.2万m3 国鉄小海線全通 大雨、荒川三ツ水門の決壊 12年 日中戦争始まる 14年 波木井発電所の運転開始 16年 富士川第一発電所の運転開始 17年 甲府電力(株)、関東配電(株) に統合 18年 富士川第二発電所の運転開始 20年 沢村堤(富士川水系)の竣工 (三ツ沢区) E A 16m 6.6万m3 太平洋戦争、日中戦争敗れる 山梨県下台風被害 山梨県人口83.3万人
昭和初期は戦争の時代であったが、食糧増産と電力需要の増大により7基のダムが造られた。その内訳は、アースダム4基は農業用、重力コンクリートダム3基は発電用のダムである。
昭和中期(昭和21年〜40年)
昭和20年 佐野川発電所の運転開始 24年 「一宮浅間神社」の「おみゆきさん 」復活 25年 昇仙峡第一位(日本観光地百選の渓 谷の部門) 26年 日本発送電(株)、関東配電(株) の解散、東京電力(株)の発足 27年 柿元ダム(佐野川)の完成(日本軽 金属) G P 46.1m 759.2万m3 ダイアナ台風の被害 野呂川開発の起工式 28年 台風13号の被害甚大 31年 竜ケ池(相川)の竣工(相川土地改 良区) E A 17m 26.4万m3 32年 西山ダム(早川)の竣工(山梨県) G P 40.4m 238.2万m3 33年 干天続き、各地で水争い 新笹子トンネルの開通(国道20号線) 建設省甲府工事事務所(改称)となる 種なしブドウ栽培の成功 34年 台風7号(8月)の大被害 台風15号(9月伊勢湾台風)の大被害 35年 野呂川上水道の完成 国道20号線大武川橋の完成 36年 石和町、畑に温泉湧く 奈良田第一、第二発電所の運転開始 37年 甲府市の下水道部分使用開始 38年 小樺ダム(早川)の完成(山梨県) G P 18m 2.8万m3
昭和中期は、戦後経済復興の時代で4基のダムが造られた。その内訳はアースダム1基は農業用、重力式コンクリートダム3基は発電用のダムであり、治水を目的とした多目的ダムはまだ建設されていない。
昭和後期(昭和41年〜63年)
昭和41年 甲府市の相川集中豪雨 富士川、一級河川の指定 中央本線新宿−松本間特急「あずさ」 運転開始 42年 雨畑ダム(雨畑川)の完成(日本軽 金属) A P 80.5m 1100万m3 五明川合流調節工の完成(昭和28年 着工) 43年 国道52号線、新早川橋の完成 48年 釜無川右岸土地改良事業の完成(昭 和41年着工) 50年 広瀬ダム(笛吹川)の完成(山梨県) R FAWP 75m 1430万m3 53年 甲府市、集中豪雨(戦後観測史上最 高の雨量) 54年 隠池排水機場の完成 56年 国道20号線塩川大橋の完成 57年 台風10号、18号で大被害 中央自動車道全線開通 58年 「富士川水防連絡会」の発足 59年 後沢溜池(亀沢川)の竣工(荒川沿 岸用水組合) E A 22.7m 21.3万m3 61年 荒川ダム(荒川)の完成(山梨県) R FNW 88m 1080万m3 柏排水機場の完成 横川排水機場の完成 63年 大門ダム(大門川)の完成(山梨県) G FNWP 65.5m 360万m3 禹之瀬狭窄部の開削着工 丸山溜池(帯那川)の竣工(荒川沿 岸用水組合) E FA 19m 145万m3
昭和後期は6基のダムが造られた。その内訳はアースダム2基は農業用、アーチダム1基は発電用、重力式コンクリートダム1基とロックフィルダム2基は、山梨県営の治水を含む多目的ダムである。昭和50年広瀬ダムの完成が初めての多目的ダムとなった。
平成期(平成元年〜17年)
平成7年 富士川禹之瀬狭窄部の開削完成 山梨県の人口88.2万人 9年 上日川ダム(日川)の完成(東京電 力) R P 87m 1147万m3 葛野川ダム(土室川)の完成(東京 電力) G P 105.2m 1150万m3 10年 塩川ダム(塩川)の完成(山梨県) G FNAW 79m 1150万m3 雁坂道路(国道 140号線)の開通 山梨県下大雪 12年 芦川ダム建設中止 笛吹川沿岸土地改良事業の完成 14年 笹子ダム建設中止 中部横断道、双葉・白根間開通 17年 深城ダム(葛野川)の完成(山梨県) G FNW 87m 644万m3
平成期は4基のダムが完成した。その内訳はロックフィルダム1基は発電用、重力式コンクリートダム3基のうち、発電用1基と多目的ダム2基となっている。平成19年には琴川ダム(多目的ダム)の完成の予定である。
続いて、山梨県(事業者)が施行した治水を含む多目的ダム、広瀬ダム、荒川ダム、大門ダム、塩川ダム、深城ダムの5つのダムを追ってみたい。
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