@中小場溜池の位置確認[ダム番号:2512]
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中小場溜池は唐津市大字宇木に所在する農業用アースダムで、堤頂長100mという数値からはやや規模の大きい溜池が想像されます。所在地等に関する情報は乏しく、ダム便覧においても仮定位置や写真が掲載されていません。唐津市が作成しウェブ上で公開している都市計画図やハザードマップにも掲載がないようです。 国土交通省が提供している主要水系調査成果閲覧システムを確認してみたところ、宇木地区北部(唐津ICの南東1.8q)において中小場溜池の記載が確認できましたが、地図上で計測した堤頂長が60〜70m程度と思われること、溜池周辺の道路形状から考えるとかなり堤高が低いと思われることなど、データ通りの堤頂長・堤高があるのか疑問に感じます。一応は当該溜池を第一候補と考え、溜池Aとして調査対象とします。 溜池Aの規模に少なからず疑問があることから、他の溜池との混同が生じている可能性を想定し、近隣で少し規模の大きい溜池を探しました。唐津ICの真南300mの位置にある溜池が堤頂長約100mで、ちょうどダム便覧の数値と一致します。所在地が宇木地区ではなく柏崎地区になってしまいますが、本溜池を溜池Bとして調査対象とします。 まずは以上2基の溜池を対象として現地訪問を行いました。
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溜池A・B位置図(国土地理院ホームページデータを加工) |
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◇溜池A 溜池Aは住宅街に隣接した小規模な溜池でした。堤高は数m程度のごく低いもので、ダムには該当しないと思われます。堤体上に円柱形の碑が据えられ、「迫頭溜池碑」と刻まれています。また洪水吐部にも改修工事について記したプレートが埋め込まれ、「迫頭ため池改修記念」となっていることから、本溜池の名称は迫頭溜池で間違いないようです。主要水系調査成果のデータでは本溜池が中小場溜池となっていましたが、規模・名称とも相違していることから、錯誤であると判断しました。
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溜池A(迫頭溜池) |
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◇溜池B 溜池Bは農地奥に位置する谷池で、見かけ上は10m前後の堤高です。また堤頂長は地図上と同様、100m程度はありそうに見えます。堤頂には「池ノ浦溜池補強工事記念碑」が建てられ、溜池の竣工が元禄期に遡ること、補強工事が昭和40年5月に竣工したこと等が記されています。水路は直接松浦川に接続しているものと思われます。 規模は比較的中小場溜池のデータに近いようですが、記念碑で名称が明らかになっていることから、ここも中小場溜池ではないと考えられます。
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溜池B(池ノ浦溜池) |
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溜池A・Bがいずれも中小場溜池とは認められなかったことから、さらに範囲を広げて探してみることとします。唐津市近代図書館で各種資料を調べてみたところ、唐津市が発行した行政用地図「唐津市全図」において、宇木地区の南端近くに中小場溜池が掲載されていることに気がつきました。三方山の北側に位置し、道を挟んで東西に並んだ2つの溜池の西側にあたります。隣接する東側の溜池の名称は東山溜池と記されています。唐津市が発行した「唐津市下水道整備エリアマップ」でも同一の情報が掲載されていますが、これはベースとなった地図が同じものである可能性があります。 東山溜池はダム便覧に掲載がないものの、国土数値情報においてデータが確認できます。諸元はダムの条件を満たしているようですが、明治期以前の竣工のため、ダム便覧には掲載されていないものと思われます。(国土数値情報にデータが存在するがダム便覧には掲載されていないダムは、唐津市内に24基あります。) 東山溜池の主なデータは次のとおりとなっています。 ・名称 東山 ・所在地 佐賀県唐津市大字宇木 ・河川 松浦川水系宇木川 ・堤高 20m ・堤頂長 70m 以上より、唐津市全図における東側の溜池(東山溜池)を溜池C、西側の溜池(中小場溜池)を溜池Dとし、引き続き現地訪問を行いました。
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溜池C・D位置図(国土地理院ホームページデータを加工) |
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◇溜池C 溜池Cまでは、唐津インターから車で30分ほどかかります。「150m先右折 半田/150m先左折 宇木」の標識が立てられている位置が溜池に至る林道の分岐点で、ここからは狭隘な未舗装道路になります。林道は複雑にカーブしている上に分岐が多く、カーナビは必須と思われます。
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林道分岐点 |
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分岐から数百メートルで溜池Cに到達します。林道は溜池の南側を通り、堤体の左岸側を通過しています。管理道入口に僅かなスペースがありますので、ここに車を停めて徒歩で接近します。堤頂長は目測で30〜40m程度、堤高ははっきりしません。やや広めの洪水吐は右岸側にあります。
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溜池C(東山溜池) |
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管理道入口の少し先に、記念碑が建てられています。昭和51年の設置で、文字等は明瞭です。少し長くなりますが、主要部分を原文のまま引用してみます。
(前面) 東山溜池記念碑 昭和十六年釘山溜池の決壊によって生命財産に多大の災害を被った苦い経験があるため区民の間から昭和四十六年に当溜池の堤防が老朽化し漏水して居るので中小場両方の溜池の補強工事の話が出て区集会を開き協議の結果県営事業としてお願いして採決され翌四十七年測量を実施し四十八年度より工事に着手し該年は工事用道路の完成を見て四十九年度より溜池の工事に入り刃金堀底樋斜樋余水吐を全面改修して堤防の漏水防止を計り用水不足を解消し併せて堤防の決壊によって起る災害を防止するために多額の費用を投じて完成を見たので茲に記念のため碑を建てる 昭和五十一年四月
(右側面) 測量 昭和四十七年十月 起工 昭和四十八年十月
(左側面) 竣工 昭和五十一年四月吉日
(裏面) 総事業費 四〇,二四八,〇〇〇円 上溜下溜両方分 内訳 国庫補助 二〇,一二四,〇〇〇円 県費補助 一二,七四四,〇〇〇円 市費補助 四,八二九,七六〇円 地元負担金 三,二一九,八四〇円 設計監理 唐津農林事務所 工事請負者 相知町 株式会社土井組
※以下は監督者等氏名が列挙されるため割愛。なお、県費補助の「12,744,000円」は「12,074,400円」の誤記ではないかと思われる。
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なんとも木訥な文章で金額計算も合っていないようですが、東山溜池と中小場溜池が上下池として管理されていることが読み取れます。位置関係から考えると、東山溜池が上溜、中小場溜池が下溜となります。碑文中で「当溜池」と呼称されていることから、溜池Cが東山溜池であると考えられ、結果的に溜池Dが中小場溜池と推定されます。このことは、唐津市全図の情報と一致します。
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東山溜池記念碑 |
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◇溜池D 溜池Cから、道はさらに悪路となって下っていきます。400mほどで溜池Dの堤体脇(右岸)に到達しますが、片側が崖になった一本道で、車の転回も困難な状況です。 堤頂は目視で40m程度と思われ、ダム便覧の情報とは大きく相違しています。堤体の裾は藪に埋もれ、はっきりしません。接続河川は確認できませんが、位置や尾根形状から考えると、宇木川に流れ込む可能性が高いのではないかと思います。
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溜池D(中小場溜池) |
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洪水吐はコンクリート製で、昭和50年頃の改修と言われれば納得できる程度の古び方だと感じます。道路側が洪水吐となっていますが、橋がかかっていないため天端に渡ることはできません。側壁に金属製のステップが埋め込まれていることから、もともと洪水吐内を歩いて渡る設計のようです。それなりの準備がなければ危険と思われるため、道路側からの見学のみに留めました。
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以上により溜池A〜Dの4基を訪問いたしました。行政資料や記念碑は明らかに溜池Dが中小場溜池であることを示しているのですが、ダム便覧等と現地状況が相違しており、特に堤頂長が小さすぎるのが腑に落ちません。補助事業採択等の事情で“サバを読んだ数値”になっている可能性や、東山溜池との合算値になっている可能性も考えましたが、想像の域を出ません。 いずれにせよ、宇木地区に他に該当するような規模の溜池も見当たらず、溜池Dが中小場溜池であると推定して調査を終了しました。
・中小場溜池(推定)所在地 北緯33度23分2秒,東経130度1分43秒
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