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1.はじめに
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事前放流については、平成16年12月に国土交通省が策定した「豪雨災害対策緊急アクションプラン」の中で、既設施設の有効活用の手法として位置付けられた。 また、令和元年11月に総理官邸で開催された関係省庁の局長級会議で、官房長官は「全国の多目的ダム、利水ダムをあわせて1,460あるダムで洪水調節に利用されている容量は3割程度しかない。水害の激甚化を踏まえてダム運用を検証し、洪水調節機能を強化する。」と述べ、洪水の危険が予想された場合、流域のダムが事前放流を行えるかを検証し、豪雨体制を整えるよう指示した。 この官房長官の指示によって国土交通省所管のおよそ560の多目的ダムは、事前放流の検討をすることとなった。
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2.予備放流と事前放流の違い
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ダムにおける放流とは、Wikipediaによれば「ダム貯水池内に貯留された流水などを下流に流す操作である。ダムの機能に応じて様々な目的の放流が行われる。」ということである。
予備放流とは、洪水調節の必要がある場合、平常時の利水容量を事前に放流して洪水調節容量を確保すること。この利水容量を放流して確保した容量が「予備放流容量」で、ダム計画の治水容量に含まれる。
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阿賀川河川事務所HP「大川ダムの概要」より |
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事前放流とは、洪水を予測した場合に利水の事業者に支障を与えない範囲で、制限水位以下の利水容量を放流して一時的に治水容量に振り替えるもので、超過洪水(ダムの計画以上の洪水)に対して効果が期待できるものである。事前放流によって確保した容量は、ダム計画における治水容量に含まれない。
2019年10月31日の福島民報新聞の記事に「【大川ダム事前放流】効果を共有しよう」という記事があり、大川ダムが事前放流をしたとして記事が書かれている。大川ダムは予備放流容量を持っていることから、多くの人も同様だと思うが、この記事を書いた記者も予備放流と事前放流の区別ができていない。
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3.事前放流
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事前放流は、近年の異常気象に対する緊急措置として位置づけられ、洪水調節を実施する前に利水容量の一部を放流することで、その容量を洪水調節容量に転用するものである。それは、ダムの計画規模以上の洪水が発生した時や下流に災害が発生する恐れがある場合に計画容量を超えた貯留が可能になる。
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〇事前放流実施の基本的事項 ・事前に放流した空容量を回復できること ・事前放流実施要領を作成し関係利水者と整備局の承認を得る ・事前放流実施時に関係利水者に事前通知 ・事前放流した容量が回復しなかった場合は、利水者が実施した機能回復措置について協議の上、ダム管理者が費用を負担する
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(参考:(財)ダム水源地センター環境整備センター リザバー2006.9秋号(第11号)) |
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4.損失補填
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前項のとおり、事前放流は放流した利水容量を回復させることが基本だが、回復しなかった場合は機能回復のために実施した措置に対し利水者と協議して要した費用をダム管理者が負担することになる。 ・対象者 対象者は、ダム使用権者(水道、工業用水、発電、特定灌漑水利使用者)と兼用工 作物の協定を結んでいる共同事業者(水道、工業用水、発電、特定灌漑) ・要件 事前放流の実施により放流した利水容量が回復せず利水に機能低下が発生し、その 機能回復の措置のうち申し出があったもの。 ただし、給水制限等の営業損失は対象外としている。 ・補填期間 損失補償の対象期間は、事前放流した利水容量が従前の状態に回復しなかった時点から、その後の流況で貯水位回復した時点までとして、協議の上決定する。 ・申し出期間 回復できなかった状況は、洪水調節終了後に確認できるので、利水容量が回復した時点から6か月以内を利水者からの申し出期間とする。申し出後に協議を行い、補填金額を決定する。
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5.実施時の問題点
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・ダムの地理的条件と降雨特性からダム下流から降雨が始まった場合、下流域の流量が増えている最中に事前放流を開始することとなる。 ・事前放流の容量を確保するためには半日ないし1日の期間が必要であるが、現時点で は降雨予測の精度が予測地点毎によってバラツキが出る。 ・降雨量を正確に予測することは難しく、事前放流のタイミングが遅れると氾濫を引き起こす危険性がある。 ・事前放流は、降雨前に実施することになるが、下流住民や河川利用者への注意喚起が 徹底できるか不安。 ・豪雨予測が外れて十分な雨が降らなかった場合、渇水につながる恐れがある。 ・農業用水の利用減少時期(水田に大量の水が必要でない時期)に水位を下げての運用は可能かもしれないが、豪雨ごとに事前放流するのは失敗の可能性がある。
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6.まとめ
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平成16年に策定された「豪雨災害対策緊急アクションプラン」の中で位置付けられながら、今日まで事前放流が国土交通省所管の全ダムで策定できなかったのは、前項に示したような問題がダム個別に多々あり、実施するまでに越えなければならないハードルが多く、事前放流は難しいのだと思う。
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〇降雨予測 流域住民の安全のために少しでも貯留するということは理解できるが、事前放流は条件にあったダムのみが可能であり全ダムに事前放流の実施を促すのは、いくら気象予測の精度が向上したといっても、確実性に問題がある。近傍の複数の予測地点で予測してどの地点の降雨予測が真値に近いのか、どの地点の値を信じて事前放流すべきなのか混乱がおこる。 〇河川利用者等 現在降雨がないのに事前放流を開始することになるが、河川利用者が本当に理解してくれるとは思えない。いくら巡視で注意喚起をしても事前放流をすることは理解してもらえなのではないかと思う。 〇貯水位の回復 一番の問題は、洪水の後に貯水池の水位が回復しなかった場合の危険性である。ダム管理者との協議で決めるということは利水者が支弁した費用が全額支払われない可能性があるということだと思う。それでは利水者は納得しないと思う。 〇利水ダム 事前放流が「利水の事業者に支障を与えない範囲で、利水容量を放流して一時的に治水容量に振り替える」ことであるなら、利水ダムに治水機能を持たせることとなり、操作要領の見直しが必要になる。 また、損失補償は、ダム管理者と利水者との協議となっているが、利水ダムの場合の補償システムがはっきりしない。 〇損失補償の補填金 貯水位が回復せず、損失が出た場合に協議の上、ダム管理者が補填金を支払うことになるが、その財源がはっきりしない。 一説によれば当該ダムの堰堤維持費から支払うことになっているということだが前倒し発注の昨今、秋にはダム管理所に残っているのか心配である。
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事前放流として利水の容量を空けるより予備放流として各ダムに治水容量として明確することが必要であると思う。つまり、計画ハイドロを見直して予備放流として操作規則に盛り込むべきだと思う。 国土交通省は、事前放流実施要領を策定して事前放流を実施しようと考えているようだが、その要領の位置付けを操作規則に盛り込まなければ、事前放流実施要領は中途半端な位置づけのものになると思う。
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(2019年12月作成)
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