《このごろ》
ダム工学会「第5回語りべの会」では

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 平成24年1月26日(木)東京大学・山上会館において、ダム工学会・若手の会による「第5回語りべの会」が開催された。当日は、ダム工学会会員をはじめ学生および一般の方も含めて70名近い参加があり、たいへんな盛会となった。
 開会に先立ちダム工学会の本庄会長から挨拶があり、我が国は大震災の後の原発事故も重なり、昨年はたいへんな電力不足におちいり、さらに地球温暖化の影響かゲリラ豪雨などの異常気象という厳しい条件のなかで、ダムがどういう役割を担っているかをお話になり、これからの若手の技術者への期待を述べられた。
 続いてのプログラムとしては、平成23年9月に発生した、和歌山県熊野川水系での洪水被害について、東京大学石田准教授から事前に若手の会で検討した結果報告があり、それをもとに参加者を含めディスカッションを行った。


■これまで「若手の会実行委員会」で議論してきた

 以前に若手の会実行委員会では、「ダムの放流で洪水が拡大したかのような報道が出ているのはなぜか?」という疑問が提起され、それに関して実行委員から「もともと洪水調整機能を有しない発電専用ダムが、今回の大雨の時にどのような運用をしたのか」「熊野川水系ではたくさん雨が降るのに、どうして多目的ダムを作らないのか」などの意見がでた。また、当時の市議会の議事録(熊野川懇談会)から、発電専用ダムの治水効果、洪水時の運用についての議論がなされていることがわかった。そこで、他の水系では洪水時の発電ダムの運用がどうなっているか、治水や多目的ダムのではどうかということを調べていった。
 日頃からきちんとした情報発信ができていないと、報道側も聞きかじった小さな事実だけで書きたいように書いてしまうという状況では、建設的ではないということから、若手の会としてはどういうふうに情報が流れたか、なにが問題点かを検証しつつ、今回の語りべの会でこの検討結果を報告して、参加者の皆さんを交えてさらに議論を深めることとした。

■検討結果を若手の会から発信する

 この日の語りべの会では、石田先生が若手の会で議論したことを紹介し、さらに以下の問題点の指摘があった。

●発電用のダム(その存在や運用法)が理解されていない。
実際、発電ダムは、大雨時のピークカットというような洪水対策に関する運用規程が存在しない。(水を溜めてはいるがあくまで発電用であり、ダムの設置目的に照らして治水機能を考慮していない存在だということが知られていない)
●今回のゲート操作の妥当性については、総雨量が予想を超えて多すぎたため、ルールに定められた放流量では洪水調整に当たろうにも間に合わなかったのが現状。事前放流のあり方などについて、ダム管理側と地元との協議および運用規定を備えておくべきという反省点を得た。
●河川管理に関する今後の課題については、大きな問題点が浮き彫りになった。例えば、首都圏では多摩川上流の小河内ダムも治水能力を持たないことがあげられ、こうした大雨が降れば同じようなことが起きる可能性があるなど。
●マスコミ報道のあり方については、事実を踏まえた正しい報道がなされなかった。「ダムがあるのになぜ洪水が起きた?」というような先入観のもと、他地域のダムは放流したのにどうしてこのダムは放流しなかったか?という犯人探しのようなことをした。徐々に発電ダムと治水、多目的ダムでは水を溜める目的も運用法も違うということがわかり報道も落ち着いていったが、第一報では(どのダムも水を溜めるのは洪水を防ぐためという思い込みから)「ダムがあるのに洪水が起きた」という誤解を生むような事態は一向に改善されないまま残った。


■班ごとにテーマをきめて自由にディスカション

 これらをもとに会場で参加者を班分けし、ディスカションを行った。
 テーマは、以下の3つ。
●利水(発電ダム)のあり方について
●利水と治水のあり方について
●報道のあり方について

 ディスカションでの意見は、
●利水(発電ダム)のあり方についての班では、発電ダムのメリット(存分に電気が使えている生活)が当たり前すぎて人々の意識に上っていない。例えば、クリーンエネルギーという言葉が出てもすぐ水力発電に結び付けられる人すら少数であるというのが現状で、むしろ一般の人にとって、ダムは環境破壊の元凶であり、自然の川をムダにコンクリートで埋めてしまうというマイナスイメージが定着しているのでは?という意見がでた。
対策としては、ダムの存在や運用法についてダムを持つ電力事業者からの積極的な情報発信や行政との協力関係の構築、地元住民とのコミュニケーションを望むという声があがった。

●次に、利水と治水のあり方についてについての班では、問題を難しくしている理由に、所管の官庁の違いがあり、情報共有や連携が望まれること。さらには法改正をも含む、管理運用の柔軟性の確保、気象予報の正確性など、広範かつ複雑な問題が提起された。

●そして、報道のあり方についての班では、思い込みや偏った知識から、どこか悪いところを見つけるような、ねらいをつけて取材にあたるというスタンスではなく、とにかく公平で正しい報道を望むというのが第一だが、取材側が常に科学的な見識のある記者だけではないことから、わかりやすく噛み砕いた良い情報を日々提供することが大事だということも指摘された。また、ダムがある地元のみならず下流域の行政や住民に対して、日頃からコミュニケーションの機会を設けて、どういう目的でダムがあり普段は社会でどう役立っているかや、大雨の時にはどういう運用がなされるかなど、多角的な情報発信が必要という意見があがった。

■講演「ダムの役割を考える」

 次いでのプログラム、「語りべ」による講演では、元土木学会会長の阪田憲次先生が、「ダムの役割を考える」と題して話された。地球全体としては、生存のための水争いを心配せざるを得ないほど、途上国を中心に人口が増え70億人に達すること、一方、少子高齢化の影響で我が国は将来的に人口が大きく減ること、このところ地球温暖化の影響が顕著になり、ゲリラ豪雨や大きな台風といった激しい気象の動きが社会に大きくインパクトを与えていることなどをお話になり、そうした中、我々人類が科学の進歩を享受しつつ、かつてない快適な生活環境を手に入れているが、大震災とその後の原発事故により、自然と原子力という人類にとっては未だ完全にはコントロールできていない先進技術を、さも使いこなして当然のように扱っていることへの警鐘を訴えられた。


 阪田先生の講演でもっとも印象的だったのは、かつての世界恐慌を乗り越えるために、米国が巨大な公共事業政策をとった時に建設されたフーバーダムの貯水量が350億m3だということ。これは、我が国に今ある全てのダム(約2700基)の貯水量を足しても、およそ230億m3にしかならず、それはフーバーダム1基の66%にしかならないという事実である。 このスケール感の違いとこのたびの大震災の被害の大きさ、そして相次ぐ台風被害などなど心に迫ってくるものがある。「脱ダム」や「コンクリートから人へ」などの空虚な言葉が耳に残る。
 ダムのように社会基盤を豊かにするインフラ整備事業は、ある程度整備したら終わりというものでもなく、維持管理を絶やさずできるだけ長く使い続けてこそ、これから生まれてくる私たちの子孫にとっても、安心・安全な水やエネルギーを約束してくれる大切なものだという思いを新たにした。

■どんどん発信していこう

 今回は、参加者と意見を共有するスタイルで進めたこともあって、講演後の意見交換会も活発で、若手の会の実行委員にも、語りべの阪田先生に対しても突っ込んだ質問が山のようにあり、一般人が参加できる取り組みは続けて欲しい、ダムの必要性を世間に知ってもらう努力をもっとして欲しいと、多様な意見が出て盛り上がった。
 こうした「ダム」について考える機会がもっと出来れば、未だ知られざる「ダム」の実態や役割についても、より広く深くたくさんの人々に理解されるのではないかと思った。

(2012.2.3、中野朱美)
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