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《鳴淵ダム》

 鳴淵ダムは、多々良川水系鳴淵川の糟屋郡篠栗町大字篠栗地先に平成14年に完成した。

 この建設記録として鳴淵ダム建設事務所・西日本技術(株)編『鳴淵ダム工事誌』(福岡県・平成14年)が刊行されている。


鳴淵ダム
 鳴淵ダム事業の必要性について「多々良川は局部的な改修工事を行っているにすぎず、そのため過去梅雨期、台風期にはしばしば洪水による被害が発生している。特に昭和48年7月30日から7月31日にかけての局地的集中豪雨では死者6名を含め、被害総額は家屋の全壊26戸、浸水1969戸および田畑の流出公共施設の被害を合わせて48億円に及んだ。このため改修工事による早期治水対策が求められたが下流域一帯には一般住宅団地、倉庫、工場等が密集し、引堤等による全面改修は困難であるため・ダムによる洪水調節と河川改修による洪水防御を行うものとした。
 また、福岡市を中心とする福岡都市圏においては、人口の増加が著しく、それに伴う生活用水等の不足は年々増加の一途をたどっている。逼迫する水需要に対処するため福岡地区水道企業団の上水道に対し、鳴淵ダムにより、22000 m3/日の水道用水を確保する」とある。
 ダムの諸元は堤高67.4m 、堤頂長308.0m、堤体積40万m3、総貯水容量 440万m3、重力式式コンクリートダムで、用地取得面積167.2ha 、移転家屋6戸となっている。建設着手以来23年の歳月と総事業費 388億円を費やした。起業者は福岡県、施工者は西松建設(株)、(株)熊谷組、松本建設(株)である。



 鳴淵ダムが築造された篠栗町は「新四国八十八ケ所」の札所が点在するところで、自然公園、親水公園などとくに配慮されている。これらの公園は遍路の人たちの憩いの場としても利用されている。
 美しいダムである。とくにダム天端上屋、放流バルプ室、管理事務所における緑色の円錐の屋根はヨーロッパのメルヘンのような世界を醸し出し、子供たちにも人気を呼んでいる。ダムサイトからは若杉山を借景として、JR篠栗線(福北ゆたか線)の高架を走る列車を眺めることができる。この時ふと、宮沢賢治の銀河鉄道(釜石線のめがね橋)の情景が想い出され、賢治のメルヘンの世界が甦ってくるようだ。

   ◇

 以上のように、水源の乏しい福岡都市圏における都市用水の確保とそのダム建設の係わりの変遷について述べてきた。昭和53年大渇水時の年間降水量1138mmより厳しかった、平成6年の年間降水量 891mmの渇水時には、浄水場から蛇口までの水の流れや水圧をコンピューターで制御する配水調整の効果があり、筑後川からの受水、さらに市民の節水意識向上もあって、 295日間給水制限は続いたものの、市民たちはパニック状態には陥らずに乗り切った。福岡市民の一人一日の平均水使用量は 292・で全国平均 320・よりやや少ない。節水コマの使用を通じ、市民の節水意識は非常に高い。平成15年では人口 138万人に対し、給水人口 136万6千人、年間給水量1億4千万m3である。現在の水源別の取水割合は、福岡都市圏のダム34.3%、中小河川37.4%、筑後川の水28.3%となっている。さらに海水淡水化事業、五ケ山ダム(那珂川水系)、大山ダム(筑後川水系赤石川)の建設が進められている。水を求めて曲淵ダム竣工以来80年余り、ダムを含む水資源開発施設の建設に尽力された方々の労苦を思うと、水は決して疎かには使用できない。

   〔大都市を 賄ふダム湖 桐の花〕 (草野 豊子)


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