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「本地区は、千葉県のほぼ中央東部に位置し、長南町の南東を流れる埴生川の最上流及び佐坪川に沿って展開する肥沃な耕地を有し、埴生川を水源とし温暖で雨量も比較的豊かで農業には適した土地にもかかわらず市原市と大喜多町に接し、房総台地に形成された枝状の谷津田が大半を占め作業効率の悪い稲作地帯でありました。 このため地元の要望で県営ほ場整備を進める計画を打ち出し、農業用水をくみ上げる一宮川水系の埴生川上流部に当たる山内川に新たな水源を求め「山内ダム」を建設することになりました。 ダム建設地は、丘陵部の谷津田で斜面の勾配は45度と比較的急勾配面を有し、主に杉林として利用、また、平坦地は水田を主体とした耕作地でした。 このダム事業は、ほ場整備事業と併せて実施され、水源の確保・基盤の整備によって、今後は生産性の高い安定した農業経営が図られることになります。」
山内ダムの目的は、埴生川V期地区基盤整備事業の用水の安定供給を図るために、貯水された36万m3の水を水源として長南町南西部に位置する佐坪、水沼、岩礁、竹林、山内の集落に展開する耕地受益面積1 119haに対し、農業用水を通水する。
山内ダムの諸元は堤高21.6m、堤頂長99.8m、堤体積6.09万m3、総貯水容量36万m3、有効貯水容量34万m3、型式は中心遮水ゾーン型ロックフィルダムである。起業者は千葉県、施工者は熊谷組で、事業費は32.3億円を要した。
山内ダムの建設に当たって、次のような2つの特徴を挙げることができよう。
平成12年11月、沼田知事名で、ダム建設対策委員の徳益道明さんに補助監督員としての属託書が交付された。その任務は工事中における地権者と各業者との様々な問題について、話し合いの調整を図る役割である。徳益さんは、「工事中に怪我も無く、36万m3の水を貯えた水面に渡り鳥が遊ぶ様子は、まさに関係機関と各会社、それに地権者の皆様のご理解とご協力の賜だ。」と語っている。
このような補助監督員の役割は、これからの公共事業を施工するに当たっては、その仲介役として重要な位置を占めることになるであろう。
もう一つの特徴は、生態系保全事業が行われたことである。 即ち埴生川V期地区基盤整備事業の中で、生物保護と環境保全の観点から第3工区(山内)内の東沢地域を指定し、環境機能増進事業が進められた。このため、土地改良区の役員、地権者代表、有識者により長南町「生態系保全推進協議会」が結成され、工法の検討、生物調査や保全活動が展開された。 保全活動の内容は、生態系保全講習会、生物その他の調査、自然学習会、ほたるの鑑賞会、環境整備の草刈り作業で、中でも、土地改良における生態系保全工事では、樹木、生物の移動、土手土の移転作業は委員の手作業によってなされた。特に、谷津田の中の「たにし」拾い、旧河川の岩や小石、水草、どじょう、めだか、えび、ふな、虫まで生息するものすべて、文字通り川底まで新しい川へ移す地道な作業がなされたという。また、東沢の指定地域は「ほたるの里」として、今後も保全に努めるということで、「ほたる」の育成に欠かせない「かわにな」の扱いにも注意が払われた。
このようにして、生態系に十分に配慮した保全工法が採られ、新設河川ができあがった。 以上、山内ダムの建設に当たって補助監督員の任命と、あらゆる生物に対する生態系保全事業がなされたことは特筆に値する。
さらにダム完成の喜びについて、前掲書「山内ダム完成のあゆみ」から次のように記してみた。
・ダム建設雑感(古市 睦彦 ダム建設対策委員・地権者代表) 山内ダム建設の話が持ち込まれたのは昭和50年当初の頃かと思う。当時の構想は今の数倍の規模であった。説明に当たり町長自ら山内青年館に出向かれ、区民集会と言えるほぼ全員を集めて行われた。当然ダム本体建設の構想が説明されたが、完成後の効果や住民利益や土地改良に至る長期展望に欠けていたのではなかったかと思う。従って地権者は自分の土地を失うという失望感が先行し、単に下流部の利益の犠牲になるという思いばかり強かったのではなかろうか……。今、湛水試験をして、ほぼ満水の湖面に水鳥が群れ泳ぐ様子を見て感無量のものがある。土地改良もほぼ終了。大型機械が動き、ダムの恩恵を感じているひとりである。
・山内区万歳(荒井 清人) 昔から国を治める基本は治山・治水と申しますが山内区は、山内ダムの完成にともない、正にその理想の姿に成り得たと思います。 水は太古の昔から万物の源として重要な物であり、それを確保する事が子々孫々末代までの繁栄をもたらすものと確信致します。 ダムの清らかな水の恵みを受け、毎年秋には山内の黄金色の波が覆いつくす光景を想像するだけで、胸の高鳴りを覚えるのは、私だけではないと思います。
・土地改良事業と里山の保全(古市 賢一) 山間の谷津田まで、手を差し伸べていただいた結果、従来の天水に頼る稲作から貯水量36万トンの山内ダムからの用水確保が可能となり、大広田に匹敵する稲作農業を体験できたことは、本事業の賜であります。(もちろん諸先輩方から多くの技術指導をいただきました)。 また、所有する水田が生態系との共存を位置づけられている区域でもあるので、人々が自然と親しめ「里山の保全」も視野に入れながら、微力ではありますが精進してまいりたいと思います。
・山内ダムへの期待(吉池 孝角) ダム建設に並行した基盤整備事業、段差激しい山間の小田が、道路を備えて給排水の完備した方形の肥沃な美田に代わり、作業の合理化生産性向上、ひいては収益の増大に繋がる。 反面乾田化により多数生物の命が失われる。蛙や爬虫類重視の生態系保全、それ以上に、かつてこの地に生息していた鯉、鮒、鰻に代表される淡水魚や甲殻類、釣りや手掴みの記憶に残る魅惑の感触、絶滅に瀕する愛らしき生物達の種の保存を新設ダムに託したい。
堂本暁子千葉県知事は「農林業を営むに当たり、水は欠くことのできない極めて大切な存在です。山内ダムの完成により安定した水資源が確保されたことは、今後の生産性の向上と消費者ニーズに応えた安全で新鮮な農産物の安定供給に貢献するものであり、この地域の発展に大きく役立つものと確信しています。」とエールを送っている。
農産物の輸入を見てみると、日本は平成16年では396億ドルを主に小麦、肉、果物類等に充てており、日本の食料の購入額は世界一となっている。これらの多くの農産物を生産するには多量の水を必要とする。このことから、食料を輸入することは、また多量の水を輸入していることになる。この水はバーチャルウォーター(仮想水)と呼ばれるが、日本は年間627億m3の水を輸入しているという。
このように輸入農産物が増えることは、食料自給率が下がることにも繋がる。その自給率は、カロリーベースで昭和40年の86%から平成12年には70%、生産額ベースでは昭和40年の73%から平成12年には40%に大幅に減少した。しかも、気にかかることは年間2 200万t、一人当たり172sもの食べ物が食べ残され、そして棄てられ、生ゴミが増え、環境の悪化を招いている。(農林水産省編・発行「ジュニア農林水産白書−ぼくらの大地・森・海の恵み」 今、私たちは戦後61年を振り返ると、豊かな食生活を送っているようだが、その背景には、多くの問題を抱えていることが分かる。
今後、国際紛争や地球温暖化による自然災害の影響で、輸入農産物がストップする恐れもあり、わが国の食料の自給率を上げる必要に迫られているといえる。
「山内ダム」の水がこれからの日本の食料自給率を少しでも上げることになり、山内地域の里山の保全が図られ、生態系保全の役割を果たすことを大いに期待したい。
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