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1.田んぼダムとは
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田んぼダムは、水田が持っている洪水緩和機能を人為的に高めることで大雨が降った時に雨水を水田に一時的に貯留し、水田からのピーク流出量を抑制して田んぼダム下流の農耕地や住宅地の洪水被害を軽減する目的で実施するものである。この田んぼダムは大雨の時の浸水被害緩和策の1つで、治水施設を補完する役割を目的として新潟県村上地域振興局の担当者らによって発案されたものである。平成14年に当時の新潟県岩船郡神林(かみはやし)村(現 新潟県村上市)において全国に先駆けて取組みが実施された。現在、新潟県内で9,500ha以上の水田で導入されており、田んぼダムの設置は全国に広まっている。
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2.田んぼダムの特徴
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田んぼダムの主な特徴は次のとおり。
・大雨の時に水田からの排水量を抑制できる。 ・畦畔から越水しない程度に排水を制御することができる。 ・少雨の場合には調整しない時と同じような排水状況となり、今までと同じような水の管理が可能である。 ・現在使用している排水口を大規模に改造しないで使用できる。 ・流量を制御する設備(工作物)によっては、ゴミ詰まりによる流出口閉塞が起きにくいものもある。 ・湛水高10cm程度の場合、ほぼ24時間で水田を通常の水位にすることができる。 |
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3.田んぼダムの構造
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田んぼダムは、現在設置してある排水口を大規模に改造する必要がない。また、水田から農業用排水路(以下「排水路」という。)に流す流量の精度管理についても必要としない。面的に広がる水田の排水口に工作物(調整板など)を設置し、水田からの排水を人為的に抑制することで大きな効果が期待できる。また、設置する工作物に掛かる材料費も安いことから、小さな費用で設置が可能であり、簡単に設置できるということで高い即効性が得られるものである。 水田の排水管の直径より小さい穴を開けた調整板などを設置することで、水田に降った雨水を一時的に貯留し、時間をかけて少しずつ排水路に排水する施設である。 これによって、排水路への排出が抑制され、排水路に掛かる負担を軽減できるとともに、田んぼダムの下流地域において排水路からの越水による被害を軽減できる。
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4.田んぼダムのメリット
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新潟県新潟市南区の土地改良区理事長がインタビューの中でおっしゃっていた「田んぼダム」のメリットは次のとおり。
農家のメリット ・たんぼに水をたくさん貯めるので、転作田から水をどんどん流しても排水路に水があふれません。 ・転作田を完全に排水できるので、転作農作物を保護します。 ・安心して転作することができ、転作率の向上が期待できます。 ・水が地域内にあふれなくなり、特に果樹農家の多い白根郷では、果樹の保護につながります。 ・たんぼの乾かしすぎを抑えるので、コメの品質向上にも貢献します。 都市住民のメリット ・たんぼに水を貯めると夏場の「水打ち」と同じ効果で周辺の気温が下がり、ヒートアイランド現象を防止する効果が期待できます。 ・ゲリラ豪雨にも「たんぼダム」は対応します。我々のたんぼで約200〜300万トンの水を貯めるので、市街地の浸水を防ぐ効果が期待できます。 ・動植物がたんぼ周辺に戻ってきました。特に、カエル、コブナ、どじょう、メダカ、タニシが増え、昔ながらの田園風景が楽しめます。これらの水生生物は、かつては用水路でよく見られたものです。これを餌にする「サギ」がしょっちゅう飛んできます。 (新潟県新潟地域振興局企画振興部地域振興課HP「田んぼ始めました!」より) |
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5.ダムとは(ダムの定義)
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ダムとは、「河川などの水を堰き止めて、水を貯めたり、水位を上げたりするために建設される構造物のことです。例えば、広辞苑は、ダムとは「発電・利水・治水・保全などの目的で河海の水をためるために河川・渓谷などを横切って築いた工作物とその付帯構造物の総称」としています。なお、古くは「堰堤」と呼ばれていたようで、広辞苑にも堰堤はダムである旨の記述があります。 一方、類似の施設として堰があります。ダムは高さが高く、堰はダムほどの高さはなく、横に長いといった感じがしますが、大規模な堰を想定すると両者の区別は必ずしも明確ではないように思われます。 なお、日本語の「ダム」は、英語の Dam を、その発音をカタカナで日本語表記にしたものですが、英語のDamという言葉は、必ずしも高さの高いものだけを指すのではなく、高さの低い、日本では通常堰と呼ばれているようなものも含んでいるようです。 また、国際的には、「大ダム」(large dam)という言葉が使われることがあるようで、例えば、国際大ダム会議(International Commission on Large Dams、1928年創立、世界85カ国参加)という国際的な組織があり、そこでは世界のダムをダム台帳に登録していますが、登録対象ダムは高さが15m以上と、高さが5m以上で貯水容量が300万m3以上のものになっています。 (ダム便覧 ダム事典[用語・解説]より)
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6.田んぼダムの疑問点
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田んぼダムは、水田の所有者(農家)の自発的な取り組みで地域の浸水防止効果を狙ったものであり、河川管理者が管理する治水ダムのような通年で計画どおりの治水効果を期待できるような施設ではない。つまり、流域で田んぼダムの趣旨に賛同した人が所有する水田で排水の調節を行うことが前提であることから、田んぼダムの計画では流域の水田全部に設置(100%設置)したこととして効果を数値化することは可能であるが、現実には対象水田全部に田んぼダムの設置を強制することは難しいと思われるし、休耕田の毎年の変動や排水を速やかにおこなうため調整板を取り外す(中干(なかぼし)の場合など)ことも考えられる。また、賛同した人が設置をやめたり、賛同しなかった人が設置を開始したりといった流域内で田んぼダムを実施している水田の面積が常に変動する可能性があることから、田んぼダムについて現状の効果を正確に把握することには難しいと思う。
また、講演会資料やパンフレット等で下図のような表現が多く見受けられる。排水路を設計する場合に整備事業の種類等によって設計の考え方は異なると思うが、概ね1/20〜1/30程度の雨量又は流域の既往最大降雨等を対象にして流出量計算を行い排水路の断面を決定している場合が多いと聞いている。従って、田んぼダムの最大の効果を検証するため、排水路の設計降雨以上の降雨(ある資料では1/100の降雨)で計算すると、田んぼダムなしの場合には確実に排水路から越水する。その条件で田んぼダムを実施して越水を防御できたという計算結果となっても、一般的な中小河川の改修の確率規模が1/10〜1/50程度であるので、近傍の河川が氾濫して市街地に被害が及ぶ。つまり、田んぼダムなしで排水路が溢れるような降雨で計算した場合には、流域全体の河川では計画規模以上の降雨が降ることになり、河川の氾濫が発生するするため田んぼダムを設置した排水路の越水を防止しても、流域内の河川が氾濫し、市街地の被害が発生することになる。
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また、前述の「4.田んぼダムのメリット」の「都市住民のメリット」の項の1番目と3番目の記述は、水を貯める行為での効果の記述であり田んぼダムの有無に関係なく水田のメリットであると考えられる。2番目の記述については、対象流域全体で田んぼダムを設置した場合の最大貯水効果と思われ、現実には、それだけの効果が発現されるとは思えない。 また、住宅の浸水被害の軽減に田んぼダムが寄与するには、排水路の計画規模と河川改修の計画規模以下の降雨の場合である。計画規模以上の場合には、田んぼダムで排水路の越水を防ぎ、排水路の水位を低下させることで、その排水路に関係する農耕地の浸水被害軽減効果はあると考えられるが、市街地では河川の越水で浸水する可能性が大きく、市街地については田んぼダムによる浸水被害軽減効果については疑問が残る。
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7.まとめ
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個人的には、「田んぼダム」は、ダムという施設ではなく、「遊水地」のイメージに近いような気がする。「田んぼダム」を発案した方は、住民に与えるインパクト(いわゆる「皆さんがイメージのしやすいように」)を考えて、「ダム」という言葉を使ったのではないかと思う。 いくら田んぼダムで排水路の排水量を抑制しても河川改修規模によって、河川からの越水が発生する可能性が大きく、市街地についての被害軽減効果には疑問が残る。しかし、田んぼダムは、水田で雨水を貯留し排水路の排水量を削減することで排水路に関連する農耕地の浸水被害軽減には確実に効果がある。
ある資料では「超過洪水時で排水機が停止しても水田及び住宅地などの浸水被害を大幅に低下できる。」と書いてあったが、浸水被害を大幅に低下できるかは、流域の地形や勾配や流域面積における田んぼダムを実施する面積比率が影響するため、一概に大幅低下になるとは考えづらい。また、超過洪水時には近傍河川の氾濫が発生する確率が高いため、その面からも大幅低下への期待は疑問である。 田んぼダムが効果を発揮するような雨が流域に降った場合、農耕地に対する湛水被害軽減に効果はあるが、市街地では、田んぼダムが効果を発揮しても近傍河川が氾濫するため、流域全体で判断すれば被害軽減の効果は少ないのではないかと考えられる。 あくまでも「田んぼダムは、治水施設を補完する役割を目的として考案されたもの」として、地域の洪水時の負担軽減になっても治水計画に盛り込めるような施設でないことと農耕地での浸水被害軽減に効果があることを認識する必要がある。
また、田んぼダムを設置した水田の所有者には、設置したメリットがあまりないと言われている。排水口を小さくしたことによって、雑草等によって排水口の閉塞も考えられる(構造によって閉塞しにくい構造の施設もある)。閉塞によって水田の水位が上昇し畦畔の崩落の可能性もある。そういったトラブルも想定した対応も考えていかなければならない。
田んぼダムは、流域の水田で広範囲に取り組まないと湛水軽減に大きな効果がないことは事実である。田んぼダムの取り組みを拡大するには、水田の所有者(農家)に流域の農耕地のために実施するという主旨を理解してもらう必要があると同時に水田の所有者個人のデメリットの軽減対策(補償)を考えることが必要であると思う。
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(2013年11月作成)
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