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CSG工法による防潮堤建設工事を見学

中野 朱美
 平成28年6月14日、東京駅10時3分発ひかり467号に乗り込み浜松駅に向かいました。
 浜名湖が海とつながっている部分の「今切口」から、天竜川河口部まで、およそ17.5qも続いている砂浜の陸側に標高13mの防潮堤が建設されています。その工法に、台形CSGダムの技術が採用されているということで、現地を見学させて頂くことが出来ました。

浜松市沿岸域防潮堤見学会ヘ

 11時32分、浜松駅に到着。一般財団法人ダム技術センター藤澤侃彦顧問とコンクリート工学がご専門の東京大学教授・石田哲也先生と大学院生の鈴木雄大さんと合流して改札口を出ると、防潮堤建設工事を担当している前田建設工業樺島具威所長他3名、西松建設渇チ藤澤弘所長他4名、コンサルタント1名計10名がお出迎えで驚きました。時間を考え、先に食事を済ませてから現場に向かうということで、駅前で昼食後、前田・須山JV事務所に到着、着替えを済ませ、静岡県浜松土木事務所の伊東信幸課長他3名の職員から防潮堤の概要の説明を受けました。


浜松市沿岸域防潮堤整備全体図
きっかけは藤澤顧問と石田先生

 今回の視察は、CSG工法の普及をはかるダム技術センターの藤澤顧問と、石炭火力発電所から出るフライアッシュの積極活用技術を研究開発されておられる石田先生とのコラボレーションにより実現したものです。東日本大震災以降、想定されている南海トラフ巨大地震への減災対策として具体化されている防災計画を広くPRしたいという希望もあって、急な設定にも関わらず視察先の防潮堤建設現場では、熱意をもって受け入れて頂きました。私も台形CSGダムとして建設中の厚幌ダム現地見学会に参画させて頂いていたので、今回も立ち会わせて頂くことになりました。

防潮堤になぜ ダム技術のCSG工法なのか

 CSGとはCemented Sand and Gravelの略ですが、簡単に言えば、現地発生材である土砂や砂礫にセメントを加えて水と混ぜ合わせ、締め固めたもの。分級・洗浄した骨材を使用するコンクリートよりも比較的安価で、単に土砂を盛り立てて締め固めた土堤よりも強固な堤防が建設出来るという理由で、今回の浜松市の防潮堤工事に採用されました。
 メリットはこうしたコスト面だけではなく、近年まれに見る大水害となった鬼怒川洪水でも、土堤の越流が破堤につながったことが原因であることから、防潮堤にCSG工法を用いることで、万が一越流をしたとしても破堤しない強固さ、粘り強さが大きな特徴となっています。


 しかも、すでに施工実績のあるダム技術として確立されており、通常のダンプやブルドーザーなどの汎用建設機械での施工が可能なこと、コアとなるCSGを盛土で覆うことにより、工事後、海岸防災林の再生維持が可能なこと等々、現地の環境に調和した「浜松モデル」としての特徴があるそうです。

“材料の合理化”が目指すところ

 藤澤顧問によれば、黒部ダムのようなアーチ式コンクリートダムの技術開発は、“設計の合理化”を目指した技術で、力学を駆使していかに少ない量のコンクリートでダムを設計出来るかを追求したもの。
 我が国が世界に先駆けて開発したRCD工法は、“施工の合理化”を目指した技術であり、高速施工によるコストダウンというメリットが重要なポイントになっています。
 CSG工法は、ダム建設における“材料の合理化”を主目的に開発されたもの。
 台形CSGダムの開発により、“設計の合理化”と“施工の合理化”に“材料の合理化”が加わり、ダム技術の合理化技術の3大要素が完成したことになるということです。

コンクリートの将来を考える

 石田先生は、コンクリート工学の専門家で、現在、研究テーマの一つとして行っているのは、大量に排出される石炭灰を積極活用するための技術開発です。東日本大震災以降、原発を停止せざるを得ない状況が続き、エネルギーミックスの上では、火力発電が再び大きな比重を占めていますが課題も多い状況です。脱硫やCO2削減などの環境対策技術の進歩もあり、実用にはそう大きな問題とはなっていませんが、大量の灰の処分には良い解決法が見当りません。発電を続ければどんどん灰が排出、蓄積されてしまうのです。固めて埋め立てに使うとか、捨てる以外の有効な手段がなかなか見つからないのです。
 そこで、フライアッシュをコンクリートに混ぜることにより、凍害、塩害の防止、さらにコンクリートのアルカリシリカ反応(ASR)のリスク低減などのメリットが期待できます。東日本大震災からの復興事業が現在進みつつありますが、東北地方といった厳しい環境作用に対してコンクリート構造物の耐久性を高めるために、フライアッシュコンクリートを積極的に活用する提案がなされ、現在復興道路・復興支援道路への適用が進みつつあります。さらにコンクリート以外への適用可能性として、CSGへの石炭灰の活用を検討されています。セメントの一部あるいはCSG材の一部を石炭灰と置換することで、材料の合理化が更に進む可能性があるのです。

南海トラフに起因する 巨大地震と巨大津波

 東日本大震災以降、浜松市近辺では地域特有の防災課題が明らかになり、大きな社会問題となっていました。いずれは起きると想定されている南海トラフ巨大地震によって津波が発生した場合、遠州灘に面した海岸地域においては、住民が高台に逃げる時間的な猶予はほとんど期待出来ないという事実。時速50qにもなろうかという津波はあっという間に市街地に押し寄せます。海抜が高くない平坦な土地には多くの人口、資産が集中し、広範囲にわたる甚大な被害が想定されること。もし巨大津波の被害に遭うと、その復旧復興には想像もつかない労力費用がかかるであろうこと。東日本大震災は、浜松市に対して南海トラフ巨大地震の問題を浮き彫りにしました

第4次地震被害想定における浜松市沿岸域の想定津波高
遠州灘に面した浜松市の地域特性

 新幹線で東京から名古屋方面に向かうと、太平洋に面した長い海岸線を走ります。東名高速道路を走っても同様の景色を見ることが出来ますが、巨大津波が太平洋からやってくるとしたらいかにも危ない土地であるということは容易に見て取れます。一見したところ、不利なことだらけに思えますが、この土地ならではの防災要素が見つかったのは天恵でしょうか。それは、砂丘と海岸防災林で、天竜川から運ばれた砂が砂浜を形成し、吹き寄せられた砂によって大きな砂丘が出来ています。そこには、先人の知恵で海岸防災林が植林され、そこに防潮堤を設けることにすれば、建設用地として民有地を買収することなく事業が実施出来るのです。


防潮堤配置の考え方
300億円の寄付が契機に

 静岡県では、東日本大震災を契機に「静岡県地震・津波アクションプログラム2013」を策定し、レベル2地震・津波に対しても一人でも多くの県民の命を守ることを基本目標とし安全度の向上策「静岡モデル」を進めています。浜松市沿岸域はレベル1津波高に対して海岸防災林と砂丘により高さは確保されていますが、最大クラスのレベル2津波から海に面した平たい土地を津波の浸水から守るには、土地全体を嵩上げするか、防潮堤を構築するしか方法がありません。しかし海岸線と市街地の間には、砂丘や海岸防災林があり、それを活かすにも、大きな費用がかかることが想定されていますが、浜松市が創業の地である一条工務店グループが地域への恩返しの気持ちから浜松市沿岸域に防潮堤を建設する費用として、300億円の寄付を申し出たことがきっかけとなって、防潮堤建設計画が具体的な計画として浮かび上がったのです(新聞記事参照)。
 防潮堤建設の費用を寄付することで一日でも早く計画が具体化し、早期に着工されるのであればという期待を込めてのものだということでした。


宅地浸水深さ2m以上の範囲を 3%にまで低減

 静岡県の試算によると、想定されるレベル2津波による被害では、浸水深が2m以上になる地域は、274haあり、防潮堤が計画通りに完成した後には、8haにまで減じられるとされています。その他、浸水深が2m未満の地域1 194haが、411haに減じられ、浸水地域全体でみれば、4 190haが1 361haにまで減災効果があるとされています。


土堤+CSG工法は適用性が高い

 今回計画されている防潮堤は、天端の幅がおよそ4m、基礎部分の幅がおよそ20mのCSGコアとして盛り立て、両側に表面被覆として盛土を施して海岸防災林を造成。標高13mの防潮堤を17.5qにわたって築造するというものです。


CSG防潮堤の基本構造
 現場に足を運びましたが、とにかく広い。これまで見てきたダム現場も巨大なのですが、さらにそれをスケールアップした防潮堤工事でした。舞阪工区の前田建設工業CSG製造プラント(M-Yミキサ)では、段丘堆積物100%、段丘堆積物80%+海砂20%混合のCSG材の供試体を見せて頂き、種々の材料が均質的に混合されていました。また、五島工区では西松建設CSG製造プラント(CRTミキサシステム)、地盤改良・CSGの打設現場、施工済みの防潮堤での植栽への取り組みを見せて頂きました。砂浜に連続した防潮堤を築造するには、現地発生砂をCSG材に活用したり、基礎地盤の改良などの大手ゼネコンの施工マネジメントのもとに、地元企業が施工する体制でコスト縮減や工期短縮に繋がっていることから、ダム技術として開発されたCSG工法の他分野への拡がりを感じました。

前田建設工業M-Yミキサの説明(舞阪工区)

品質管理用供試体(舞阪工区)
プラント操作室(舞阪工区)

西松建設(CRTミキサ)の説明(五島工区)
 長野県から発信された“脱ダム”という言葉が日本中に広がった頃、コンクリートは自然を破壊する人工物の象徴のように取り扱われ、ダムはもちろん、河川の堤防工事にもコンクリートを用いることは、何か悪いことを行っているかのように言われましたが、コンクリートは、セメント、砂、骨材、水を練り固めたものであり、その組成は天然成分が主たるもので、工業製品、人工物ではありません。しかし、この事実をある程度知っている、或いはちゃんと理解しているという人は、クイズ番組ではありませんが、日本人の1割にも満たないのではないでしょうか。つまり、コンクリートは人工物の象徴というのではなく、土木建設業界においては、地産地消の代表的な天然構造材料です。

地元の熱意を高める取組みいろいろ

 東日本大震災の時、何十qにもわたって押し寄せる一直線の巨大な波の壁を、私たちは初めて目にしたのですが、大きな自然の力に対して、いかに人の力は無力なのかを思い知ることになりました。しかし、何か出来ることはある。知恵を出さなければいけないのだと強く感じました。防潮堤整備が実現しつつある今は、地元でも少しずつでも自分たちも寄付をしようという考えも広まり、地元自治会や商工会議所等、様々な団体で取組みが行われているとともに「みんなでつくろう防潮堤市民の会」としておよそ40団体と地元住民とが一体となって、地域で連携して整備を進めているとのことです。このような地域の機運の高まりもあり、寄付が決まってから2年足らずで事業の本格着手という通常の大規模公共事業では考えられないスピードで事業が進んでいます。ダム建設でも事業が地元に還元されないという批判が起こるのですが、地元が発案し、地元の業者が施工を行い、地元住民が進める事業とすることでこうした地域の防災事業が進められていることを知り、改めて、地域で取り組むことの意義について考えさせられ、環境にも優しい素晴らしい取り組みが出来ているこの事業は沢山の人に知ってもらいたいと思いました。


枠を乗り越える 大きな取組みに期待が高まる

 想定される被害を具体化し、減災の効果を見える化することで、地元の理解を得ていること。これは大きなヒントになるのではないでしょうか。“脱ダム論”をはじめ、ダムインタビューで何人もの方にお話を伺った世紀の難工事である長良川河口堰問題についても、今回のような事例を通してみると、何が問題だったのかを考え直せるヒントがあるのではと思います。台風や水害、地滑り、地震や津波、火山の噴火など、巨大な自然災害の絶えない我が国の国土に対して、人々の生活や資産を守り、住みやすい社会を実現していくために、土木の力は、これからどれだけ貢献出来るのでしょうか。大きな取組みに対して、大きな視点をもって見ていくこと、そうしたスケール感覚を持つことの大事さを再確認し、自分に出来ることを少しでもやっていこうと考えを改めた良い視察となりました。


 最後に、現場視察に関してご尽力頂きました浜松土木事務所の方々はじめ関係各位の皆様に厚く御礼申し上げます。

 (写真、資料提供:浜松土木事務所)

(これは、「月刊ダム日本」からの転載です。)
(2016年8月作成)
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