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奈良県に平成 25 年に完成したばかりの大門ダムという真新しいダムがあります。
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ダム湖には赤い橋が二つ架かっています。ダム湖の上流側に架かっているのは開運橋という橋です。 信貴山朝護孫寺の HP にも紹介がありますが、昭和六年に架けられた上路カンチレバー橋で同形式の橋では現存する日本最古の橋だそうです。平成 19 年 7 月に国の登録有形文化財になっているとか。
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こちらは下流側に架かっているもう一つの橋で信貴大橋といいます。
通常、橋の親柱には片側に橋の名前や竣工年、もう片方にはその橋が架かっている河川の名前が書かれている事が多いので見てみると…
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“大門池”と書かれていました。 ここには古くから溜池があったのです。 川でなく池の上を横断するので、親柱に池の名前が記されたのかと思います。
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この写真で網場のあるあたりに古い溜池があったのです。アースダムで大門池という名前でした。
現在は大門ダムが竣工していますし、大門池の堤体は撤去されたとのことなのでその姿は見ることはできません。
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DamMaps で見てみると、丁度、大門ダムを示すマーカーの辺り、今ある大門ダムの堤体の上流に大門池の天端があったようです。 この大門池について web で色んな話が出ていてどれが本当の話なのかわからなくなっています。
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なんでも、ここにあった大門池の堰堤は
・過去に世界一の堤高を誇っていた時期もある、歴史あるアースダムだった ・スペインのアルマンサダムが竣工するまで、アースダムで堤高世界一だった ・その堤高は 32.0m だった ・震度 5 以上の地震で堤体が破損する恐れがあり下流に大門ダムが造られた
というような話でした。
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ダムの勉強をいつも見てくださる中村靖治先生がこの大門池について調査されていて、どうもあちこちに出回っている情報に信ぴょう性がないので地の利を生かして(奈良在住で地元だから)ちょっと調べてみては?と、課題を下さったので喜んで調べ始めました。
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という事で、まず手をつけたのは日本のハイダム(堤高 15.0m 以上)のリストで大門池を調べる事です。
(社)日本大ダム会議が出版された『日本ダム台帳』です。ダム協会が発行されているダム年鑑より前に作成された台帳です。
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この『日本ダム台帳』のダムデータの最初のページで、一番最初に名前が挙げられているのが奈良県の蛙股池です。大阪の狭山池より数年古いという記録があるのです。その次に挙げられているのが大阪府の狭山池。 なのであちこちの文献で、国内で現存する一番古いハイダムは蛙股池という記載もいくつも見ました。 根拠となっているのがやはりこの台帳なのかと思います。
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そして 10 番めに名前が挙がっていたのが大門池でした。竣工したのが 1128 年で“TE”はアースダムを示す略号です。堤高が 32m、堤頂長が 79m と書かれています。 web に出回っている数字などと一致します。この台帳の記載が根拠になっているようです。
しかし現地で地形を見る限り、自分にはここに堤高 32m もあるアースダムが造られていたように思えず納得がいきません。
予想されるのはとにかく古いため池で、何度も嵩上げなり補修が行われてきて今となってはどこが堤体と地山の境かわからなくなっているというありがちな話なのかと思います。これは仕方がない。
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近畿地方整備局河川部様の発行している「かわの情報誌 さらさ 2013年秋号」の 16-17 ページに大門ダム完成の記事が掲載されていました。その中に出てくる図を見ていろいろ納得がいきました。
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大門ダムの堤高は 35.4m です。 うーん…これは…絶対に堤高 32.0m は無いよねぇ…。 貯水池の水深 10m ちょっとに見えるし“大門池の堤高が 32m 説”って下流側の斜面まで足して計測しているのでは? と自分の中では 15.0m くらいの堰堤ではないかという疑念がわいてきました。
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造られた時代があまりにも古くて堤高がはっきりしないダムの最たる例が、先ほど日本ダム台帳の紹介の最初でとりあげた奈良県奈良市の蛙股池です。
蛙股池の場合は、堤体に道路は走っているし直下に家と畑まで出来て、もう境界が判らないのがよく解ります。
蛙股池の横に建てられたあやめ池神社は蛙股池を作った時にこの池の守り神として建てられた神社であるそうで、ここに蛙股池の由来なども記されています。
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蛙股池が作られたのは日本書紀に 607 年と記されているそうで、大阪府の狭山池は 616 年(改修工事で発掘された木材の年代を調べた結果)と言われていますからそれより古いことになります。しかし 1400 年以上昔のことで確認も困難ですので両方、日本最古級のダムとして扱われるのがいいのではないかと思います。
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とにかく古い文献を調べる事が大事なので色々思案していて、以前見つけたこの文献を思い出しました。
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「本邦高土堰堤誌」 農業土木学会 編 昭和 9 年に発行された本です。 大門池の諸元がしっかり掲載されていました。 |
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堤体の断面図も載っていました。 800 年以上前の土堰堤にセンターコアは無いでしょう。均一フィルのはずです。
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改修工事で堤体を全部とって作り直したとか言うならともかく嵩上げしただけだったらこんな形に刃金土(センターコア)は入らないと思います。専門家の先生もこれはたぶん違うと思うという分析をくださいました。アースダムの嵩上げは狭山池みたいにもりもりどんどん上に上にと盛られていくのが普通。 明治 22 年に改修しているとも書かれていますが中央に刃金土をちゃんと入れてある図は筆者の想像で描かれた物の可能性もあります。
そして堤高は 75 尺。75 尺は 22.727m で約 23m となります。
そして堤高と共にもう一点大切なことが載っていました。 大門池は 1128 年にできたとされていますがこの文献には“傳安政年間”という記載があるのです。 1854 年から 1860 年までの間に造られたものらしいという事です。 平安時代の 1128 年に比べたら江戸時代末期で相当、年代に開きがあります。
三郷町町史には大門池は何度か改修工事が行われて灌漑用水源として大事にされてきたことが書いてあるそうなので、奈良県図書情報館に閲覧しに行きました。しかし、明治 19〜20 年頃に容量アップのために嵩上げを協議し大阪府知事に計画を申請し、その後、嵩上げ工事が行われたという記載くらいしか見つけられませんでした。
この嵩上げ工事というのが『本邦高土堰堤誌』に記載のある明治 22 年の改修で間違いないかと思います。
また、三郷町にはいくつもの溜池があったそうですが山腹斜面や丘陵地の浸食谷を利用した山池ばかりで、大平上溜池というものが水深 32m で最大。その他は水深 10m 内外であるとも書かれていました。
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あちこちで大門池について書かれている文章の引用先である wikipedia の記事ですが
“1128 年(大治 3 年)に大和国(奈良県)に建設された大門池は高さ 32.0 メートルと当時としては世界一の高さであった” ( ↑ 安政年間に造られたとしたら 700 年以上差があることに ) “14 世紀末に建設されたアルマンサダムはそれまで世界一であった大門池の高さを塗り替えて世界一に躍り出た” ( ↑ この“大門池”が中国の“グコーダム”になっている文章はある)
というのは他の文献などで似た記述をしてあるものも見つかりませんでしたし、もしかしたら堤高 32m という資料一つを見て筆者が推測されたことを記載されたのか、こういう発言をしていた方がどこかにいたのかもしれないなと思いました。 たしかにあれだけしっかり 32m という記載が研究の基礎になるような資料にばっちり書かれているのですから勘違いするのも仕方ないと思います。自分だってそういう間違いやらかしそうです。
自分も今回、ダム工学会のお世話になっている偉い先生にこの疑問を投げかけられなかったら現地に行ったことあるくせに全くちっとも気付きもしませんでしたし。
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ここまで調べた内容をいつもお世話になっているダム工学会の方に見てもらったところ ↓ こういう事じゃないでしょうか?という回答を頂きました。
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黄緑色に塗られたあたりが堤体。下流下がりの山池。 これなら色々な文献の数字ともそんなに誤差がなさそうです。 とても自然で納得がいきました。
ということで 「大門池という溜池は江戸期に造られた山池で、世に出回っている日本のダム史に残る文化財級のハイダムという情報はどこかで数字間違い、誤記が起きていたために生じたものであり、大門ダムはそんな文化財級のダムを撤去して造られたダムではない」という結論に達しました。
調べている経過報告でたくさんご指導を下さった中村先生、ダム工学会の方にお礼を申し上げます。
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[関連ダム]
大門ダム
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(2017年5月作成)
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