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1.はじめに
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西日本豪雨で、治水ダムの能力や操作について疑問が投げかけられている。特に肱川水系の治水ダムについては、ダムの操作や放流に関する情報の提供手法になどついて検討し、改善すべき点は改善しなければならないと思う。 また、識者がダムの操作について、紙上で種々の問題を指摘している。しかし、私としては洪水操作を実施した多くのダム管理所の職員に敬意を表したいと思う。
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2.治水ダムの一般的な操作について
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国の管理するダムは「○○ダム操作規則」(以下「規則」という)というそのダムの操作方法を定めた規則によって運用されている。平常時の操作の方法はもちろんのことダム流域内の降雨によって貯水池への流量が増え、規則に決められた流入量に達すると洪水調節を開始して貯水池内の事前に明けておいた容量(治水容量)に貯留を開始する。計画対象洪水の波形の洪水が貯水池に流入した場合には、貯水池の水位がサーチャージ水位(洪水時最高水位)に達する。つまり、計画対象洪水を規則に基づいてカットすると治水容量は満杯になる。(治水容量は、多少余裕を持っている)
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三国川ダム洪水調節計画図(一部加筆) (平成23年度 第22回北陸地方ダム等管理フォローアップ委員会資料 より)
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(第1回野村ダム・鹿野川ダムの操作に係わる情報提供等に関する検証の場 説明資料 より(一部加筆))
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計画降雨より大量の雨がダム流域に降った場合、計画対象洪水より大きな波形(ボリュームが大きい場合)の洪水が流入することになるが、その場合でも規則どおりに洪水調節を実施するため、ダム貯水池は満杯になりサーチャージ水位(洪水時満水位)を超える。そのような想定外の流入量の洪水に対しては、「ただし書き操作」として貯水池に流入してくる流量をそのまま下流に放流することになる。いわゆるQin=Qoutという操作である。「ただし書き操作」の実施は、計画対象洪水を上回る洪水が発生しており、そのまま洪水調節を続ければ、設計洪水位(ダムが安全に存在できる最高の水位)を超え、ダム天端からの越流やダム本体の破壊につながる可能性があるため、やむを得ない処置なのである。(これは規則どおりの操作を実施している場合のことであり、誤操作や遅れ操作などでサーチャージ水位到達やただし書き操作という状況の場合は論外である) 「ただし書き操作」を実施する場合には、関係機関(もちろんダム下流自治体も含む)に連絡することと操作規則に記述されている。(ダムが「ただし書き操作」を実施しなければならないような状況になった場合、下流自治体は地元民の救援要請や被害状況の把握などで大混乱していることが多く、ダムのことは管理者にまかすという意識の自治体職員が多い)
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●洪水時最高水位(標高432m) 洪水のとき一時的にダムで貯められる最高の水位。これを越えると非常用洪水吐より水が流れます。 (図と文:三国川ダムパンフレットより) |
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ダムに依存しない治水を提唱する識者からは、「規則に従ったから問題はないというのは無責任」という声があるが、その意味がよく分からない。規則に従わずダムの操作をその時の状況に応じて対処するべきと言っているとすれば、勝手に実施した操作の責任を誰が、どうとるのかという問題に突き当たる。規則に従わず勝手に操作した場合、ダムの管理所長が責任を取ることになると思う。(後で操作規則違反というで、管理所長が個人的に全責任を背負うことになる可能性が大) また、発生した洪水が規則上の計画対象洪水より大きく、現在の計画対象洪水のハイドロの小ささが問題だと言うなら、ダム計画の根本からの問題である。ダム治水容量の決定は、過去の洪水実績から洪水の容量やピークの大きい洪水を引き延ばし、引き延ばした洪水の中から計画対象洪水を決める。その洪水の選定やカット方法がまずいと言っていることであるので、現在のダムの計画そのものを否定することになると思う。 また、ダム計画は下流河道の計画とリンクしている。ダム計画ありきで下流河道の対象流量を決定されている。(下流河川の計画については次章で記述する)つまり、治水ダムは単独で計画されるものではなく、河川の計画に組み込まれた中で決定されているものであり無計画にダムを作っているものではないし、ダムが完成すれば治水事業が終了するものでもない。
西日本豪雨の場合、もっと有効なダム操作をした方がよかった。また、計画が甘かったというのは結果論として言えるもので、その瞬時々、刻々と変わっていく貯水池への流入量や下流河道の状況、流域の降雨の状況やレーダーの雨域移動状況等の多くのデータを見てダム操作をやっている管理所の職員は規則のとおり操作を実施しなければならないし、その操作しているときにダム計画がおかしいと言われても対処のしようがない。
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3.河川の計画
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河川の計画とは、流域の雨量から洪水のハイドロを決めて河川の基準地点における洪水流量を決定し、その洪水流量に対して河道の形状を決定するものである。国が管理するような大きな河川では100年に1回や150年に1回といった規模の洪水を安全に流下させるため、その河川に設置可能な諸施設を検討し事業費を算定して決定する。 計画洪水を安全に流下させるための諸施設とは、堤防、河道拡幅、河道掘削、ダム、遊水池、捷水路などがある。 そういった諸施設を組み合わせ、当該河川の計画洪水流量を安全に流下させる計画を策定し、事業を実施しているものである(もちろんB/Cも含めて検討される)。従って、ダムを造りながら、堤防の嵩上げや引堤、河道掘削といった事業を実施していく。年間予算に限りがあることから計画の遂行に時間がかかることは、やむを得ないことである。
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「ダムだけに頼らず堤防強化や川底の掘り下げといった対策が大切だ」と識者は言うが、河川の計画洪水対策はダムだけで対応しているものではなくダム、堤防、河道掘削、捷水路などを組み合わせて計画洪水に対して安全な河道を作ろうとしているものである。 また、計画規模以上の洪水が発生した場合には、再度計画の見直しを行い、堤防の嵩上げ、河道掘削、引堤、ダム建設などを検討して、施設の見直しをおこない新しい計画洪水に対応した河道を作っていくことになる。(阿賀野川の直轄管理区間は、大正4年に策定した計画を昭和38年、41年、60年に改定している) 下図は、信濃川水系河川整備計画から引用した流量配分図である。
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4.まとめ
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西日本豪雨では、今後、ダムからの情報の提供方法などについて検討すべき点があるのは確かである。しかし、操作に関してのダム管理所の努力は認めてほしいと思う。 少ない人数で洪水時の操作、下流河道の安全確保、一般市民からの問合せの対応、関係者への通報・調整、今後の流入量の予測などの業務を同時にこなしているのである。こういた業務は、大洪水でも中小洪水でも同じように行われている。ダムの管理所の洪水対応は大変なのである。
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ここで河道掘削と引堤・堤防の嵩上げについて一言、簡単に河道掘削をすればいいとおっしゃる識者がいる。河川には護岸や横断工作物(橋梁、堰、地下に埋設された函渠等)があり、河道掘削を実施する場合、護岸や橋梁下部工の基礎の根継、取水堰・樋管・樋門の改築などが必要になる。また、渡河している埋設函渠の場合、河川管理者は河川の最深河床から計算された深さ(土かぶり)をもって許可している。河床掘削は、こういった横断工作物を考慮しないで実施することは不可能である。 その他、引堤や堤防の嵩上げでは、堤内地側に影響することが多い。従って、都市部では用地買収や補償に莫大な予算と時間が必要になる。ダムに頼らない治水とは、予算と時間を潤沢に使うことが必要になることを理解してほしい。
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最後に、「ただし書き操作」でダムから放流する場合、警報局舎から通常のダム放流時の警報と違う疑似音が発せられる。河川沿いの住民は通常の放流の警報しか聞いていないので、放流時の警報ではない「ただし書き操作」の警報音は異質に感じ、管理所に問い合わせの電話がくる。また、洪水時の放流とは思わず通常の操作と操作のサイレンと思う人もいると思う。ダム管理所は、住民に「ただし書き操作」の意味を説明すると同時にサイレンの違いについても理解してもらうことが必要だと思う(大規模なダムでは、洪水時の放流がほとんどなく、放流警報のサイレンを理解してもらう方が優先なのかもしれない)。
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(2018年10月作成)
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