だいぶ以前のことでしたが、知人と雑談中、「そういえば、昔、ダム派と反対派が対立していた村で野球を通じて村がまとまるようなマンガがあったよなぁ…」という話を聞きました。そのマンガの題名は『アパッチ野球軍』というものでした。
1.『アパッチ野球軍』とは
このマンガはアニメ化され本放送の後、何度か再放送もされたそうです。この話をしてくれた方とは2歳しか齢の差がありません。私も、再放送を見ていてもおかしくはない世代ですが、悲しいことに全く記憶がありません。
調べて見ると、そのアニメが公共放送で再放送される見込みは、将来的にも無いようです。内容に人種差別・障害者差別・職業差別につながるような表現が多数含まれているのがその理由のようです。もちろん、当時の製作者に差別を助長する意図があったとは考えられませんが、時代の流れにともなって現代ではふさわしくない表現となってしまいました。原作のマンガ本は、すでに絶版です。アニメ版の方は10年ほど前にDVD化されましたが、そのDVDも絶版となりました。時々、ネットオークションに出品されることもあるようですが、数万円の高値で取引されるということです。
ところが、さらに調べて見ると原作であるマンガ本の方はオン・デマンドという形で、復刻印刷・簡易製本版を入手できることがわかりました。便利な世の中になりました。何となく気になるマンガでしたので、この方法で注文してみることにしました。こうして、1週間ほどで現物が手元に届きました。
オン・デマンドによる復刻版の表紙(注1) 復刻版を手にすると「作・花登筺、画・梅本さちお」となっています。よく知られている『巨人の星』も、「作・梶原一騎、画・川崎のぼる」です。この当時のマンガは、ストーリー考案者と、作画担当者との分業システムだったのでしょうか。
2.ストーリー
設定では、昭和45年、愛媛県松山市から20里(約78km)ほどの山の中にある猪猿村に主人公がやってきたことから始まります。その村では、ダムの建設工事が行われていました。
猪猿村の遠望(注2) このマンガを少し読んで、「愛媛」ということから直感的に別子ダムが頭に浮かびました。
別子ダム
子どもたちの対立(注3) 登場人物名はとても奇抜なネーミングです。「大根」とは少女の通称です。彼女のいわゆる“大根足”がその名前の由来であるということです。「ハッパ」も少年の通称で、彼の父親がダム工事現場の発破技師であることから、そう呼ばれています。
奇抜な通称を持つ登場人物(注4) 登場人物は、他にも、木こりの息子の「材木」、お寺の住職の息子で大学進学を目指すガリ勉タイプの「大学」、父親が刑務所がえりの「網走」、ダムに反対したりダム派に近寄ったりするコウモリ(本名は「小森」、父親は新村長)など…。実名が明らかになっているのはコウモリ少年だけでした。
このような山奥にも大学生が、工事現場を見学に来ることがあったようです。
工事現場を見学に行く大学生(注5) このマンガの舞台とされた昭和45年(1970年)当時、すでに「ダム見学」という言葉が普通に使用されていることは、ちょっとした収穫でした。この大学生は、明確な記述はありませんが、四国の高校から早稲田大学理工学部に進学して早大野球部の投手となった人物がモデルであると思います。
ストーリーは、道具もグラウンドもない村で野球チームをつくり、最終的に村民一丸の支援を受けて大阪のモラール学院野球部と遠征試合をするという内容です。モラール学院という学校は、PL学園高校をモデルにしているようです。
前述の通り、このマンガの舞台となった「猪猿村」は、ロケーション的に別子ダム付近ではないかと考えました。また、別子ダムから松山までの距離は、マンガの設定とほぼ一致しています。ところが、別子ダムはすでに昭和40年に竣工していたことが判明しました。微妙な開きがあります。そこで、昭和45年当時に建設中であった松山市周辺の重力式コンクリートダムを探してみることにしました。その結果、候補にあがったものが「石手川ダム」と「玉川ダム」です。
玉川ダム 石手川ダムは、道後温泉に近いところに位置しており、都会から隔絶した山奥の村というイメージはありません。このことから、マンガのモデルとされたダムは、玉川ダム(松山からの直線距離は設定との差異あり)ではないかと推測しました。唯一の不安材料は、玉川ダムの竣工年はダム便覧では昭和45年となっており、石手川ダムの竣工年が昭和47年であるということです。工事の進捗状況の詳細まではわかりませんが、竣工年を考えると石手川ダムに少しだけ分がありそうです。ただし、現地案内板では玉川ダムの竣工が昭和46年とされています。
玉川ダムの案内板(竣工年は昭和46年)
3.「四国堰堤ダム88箇所巡り」さんの見解
さらに、詳しく調べてみると「四国堰堤ダム88箇所巡り」のホームページの最下にこのテーマが取り上げられていたことがわかりました。
石手川ダム管理所の案内 やはり、四国のことは、四国の方に聞いてみるのが一番です。ところがこちらのコラムでは、石手川ダムを『アパッチ野球軍』の舞台としてほぼ断定していました。その根拠は、「仮に玉川ダムだとしたら、松山港ではなく今治港を利用したはずである。」ということです。言われてみると確かにマンガに出てくるダムの外観や地形は石手川ダムの方がイメージに近い感じもしてきました。前述の竣工年のことも気になります。なるほど地元の方は、よく研究されています。
マンガで登場する建設中のダム(注6)
石手川ダム ただ、私としては、「アパッチ野球軍=玉川ダム説」を主張したいと思います。結論的にどのダムがモデルであったのか、答えは原作者がすでに他界しているため確認することは困難です。ネットオークションでDVDが数万円の高値で取引されるほどのアニメですから、熱狂的なファンの方も多いのではないでしょうか。
玉川ダム・玉川湖 四国には、現在のところ本拠地を持つプロ野球の球団はありませんが、かねてより独立リーグが頑張っている野球王国です。玉川ダムも石手川ダムも人気アニメ『アパッチ野球軍』の舞台となったダムとして積極的にPRしていただければ面白いのではないかと思いました。 また、私もいつかは実際にアニメ版の方を鑑賞する機会があればと願っています。
※このレポート中の次の画像は、著作権法第32条に定めるところによりを下記出版物より当該部分を引用させていただきました。 『アパッチ野球軍』(少年画報社)、著作権者:作/花登 筺 画/梅本さちお コンテンツワークス株式会社によるオンデマンドサービス復刻版 (注1)第6巻表紙の一部分より引用。 (注2)第1巻27ページ上段の一部より引用。 (注3)第1巻49ページ下段より引用。 (注4)第1巻112ページ下段より引用。 (注5)第3巻187ページ下段より引用。 (注6)第3巻77ページ一部より引用。
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