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ダムインタビュー(65)
羽賀翔一さんに聞く
「『ダムの日』を通じてダムに興味をもってくれる人が増えたら嬉しい」

 平成26年10月15日、ビジネス誌を発行している老舗のプレジデント社からかつてないビジネス誌が創刊されました。『PRESIDENT NEXT』です。この雑誌は漫画世代である20〜30代のビジネスリーダーに向けて、短時間で楽しみながら教養を身につけて貰うというコンセプトから生まれたニュータイプのビジネス誌です。その創刊号に土木エンジニアの仕事をテーマとした「〜Day of the Dam〜ダムの日」の第1話が掲載されてから足掛け2年、平成28年5月、第15話をもって初のダム造りをテーマにしたビジネス漫画は最終回を迎えました。

 この物語は、若き土木エンジニアが山奥の現場に単身赴任してダム建設に取り組むことで技術者としても、また人間、父親としても成長していく姿をリアルに描き出しているものです。


 今回は、その『ダムの日』の作者でありダム工事の世界をリアルに描き出した若手漫画家、羽賀翔一さんにスポットライトを当て、なぜダムを漫画のテーマにしたのか、ダム現場の取材を通じて何を感じたのか、また土木の世界に触れて思うこと等について伺いました。
(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)

漫画家へのあこがれ

中野: まず始めに漫画家を目指されたきっかけを伺います。小さい頃から絵を描いたりするのが好きだったのですか、それとも好きだった漫画や作家さんに憧れてのことですか?

羽賀: 小学校に入る前頃からチラシの裏に絵を描いたりするのが好きでした。子供ながらに絵を描くのが好きで、何となく向いているという気持ちがあって、小学校で手塚治虫や藤子不二雄の自伝とかを読んで、やっぱり漫画家って格好いいなと思ったことは覚えています。一般的に漫画家を志す人は、僕と似たような感じで憧れる人はたくさんいると思うのですが、僕の場合は、中学、高校と年齢を重ねていくにつれて、そういう気持ちが徐々に冷めていき、自分の中で盛り上がらずにくすぶってしまった気がします。こういった気持ちがどんどん熱くなると、漫画家になるためにサークルに顔を出すとか、出版社に投稿するとか、具体的に行動を起こすのだと思いますが、僕の場合は、その一歩が踏み出せなくて“自分のオリジナルな作品が作れるようになってから持ち込みをしてみよう”みたいな感じで、勝手にブレーキを踏んでしまったようなところがありました。

教職から漫画家へのチャレンジ

中野: 大学では教員免許を取得し、卒業後に教壇に立つ学校も決まっていたと伺いましたが、そこから漫画家への道に舵を切った、その一番の理由はなんですか?

羽賀: 確かに、大学生になってからは学校の先生になろうとしていて、国語の教員免許を取っていました。ただ、その時に思ったのは、このまま大学を卒業して普通に学校の先生になってしまうと、自分で何かを作る人間になりたいとか、漫画家になりたいと思っていた、子供の頃の夢に対して何一つチャレンジしないままだったと…。学校の先生になっても、そういう気持ちのまま子供達の相手をして過ごしていくことになると思うと怖くなってしまいました。それで、4年生のもう卒業間際になって初めて出版社に投稿してみようと考えました。『インチキ君』という漫画を、無印良品で買ってきたノートに、漫画作りのノウハウも、描き方も全く知らずに独学で描いてみたのです。

 その頃、新人が応募できるいろいろな漫画コンクールがありましたが、唯一講談社のモーニング誌の「MANGA OPEN」だけが、どういう形式でもいい、ページ数もテーマも自由でオープンな新人賞だったので思い切って出してみたのです。

中野: ストーリーマンガや4コマといった表現スタイルも自由ということですね。

羽賀: 全く制限なしで形式も自由。漫画としての体裁にもなっていなくてもいいという破格の新人賞です(笑)。これならなんとかなるのではと思って『インチキ君』というタイトルの漫画を出しました。もちろん作画の面では、箸にも棒にもかからないような絵ではあったのですが、自分ならではのストーリーがかけたのではという自負があり、すこし変わった感覚を表現できたかなと思っていました。内容は、『インチキ君』とあだ名をつけられてしまった少年の話です。自分では、こういう漫画が読みたいと思って本屋さんに行っても、売ってないようなものを描けた手応えもあって、怖いもの知らずで出してみたのです(笑)。

佐渡島庸平氏(現潟Rルク社長) との出会い

中野: それで賞が取れたのですか?

羽賀: 奨励賞でした。でも、モーニング誌で『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』という人気漫画を世に送り出した敏腕編集者の佐渡島さんの目にとまり、次の新人賞に出せる漫画を描きなさいと励まして頂きました。そこが一つのターニングポイントになりました。

 漫画雑誌には、“代原”といって、作家さんが原稿を描けなくて、掲載を落としてしまった時のために、穴埋め原稿を出版社はストックしておく仕組みがあるのですが、とりあえずその代原用のネーム(原稿にする前段階)を描いてみてと言われて描いたのが『ケシゴムライフ』でした。これは後にデビュー作品になっていくのですが、高校生を主人公として、何の変哲もない日常を切り取って人間模様を描き出した短編で、これだったら、ひょっとしたら続き物になりそうな気がするということで、オムニバス形式で主人公が代わる形でもいいからやってみて、と言われ教室ものをテーマに描くことになりました。

『ケシゴムライフ』がデビュー作に

中野: 何がなんでも漫画家になりたいというのでなく、むしろ忘れかけていた夢への挑戦について、何もせずに学校の先生になっても良いのだろうかという恐れや迷いがあったのかも知れませんね。そこで、とにかく出してみたいという勢いで描いた出品作品『ケシゴムライフ』が敏腕編集者の目にとまったのですね。

羽賀: 僕も学校の先生になろうとしていたぐらいですから、学校の雰囲気は好きだったし、作品には先生になろうとするキャラクターも出てくるので、自分の経験も投影しながらストーリーを練ってみたのです。それが連載会議にも通って短期連載と、トントン拍子に話が進んでしまい、さほど苦労もせずに雑誌に載ることになってしまったのです。次第に漫画家になれるかもと、期待が膨らんでしまっていました(笑)。

中野: デビュー作の『ケシゴムライフ』は短期連載でしたが、何話だったのですか?

羽賀: 週刊誌で5話まででした。


デビュー作『ケシゴムライフ』
運良くデビューしたものの

中野: 子供の頃から絵を描くのが好きで漫画家になる夢を持つ方はとても多いと思いますが、実際にその夢が叶うのはごく少数だと思います。現実問題としては、いろいろなご苦労があったのでは?

羽賀: そうですね。実際には短期連載だったけれど、一応、漫画週刊誌に自分の作品を載せて貰った訳です。でも、そこからが大変でした。漫画家デビューというのは、普通はアシスタントなどの下積みを経験してから、週刊誌に連載をしてデビューするのが一般的だと思いますが、僕の場合は運良く最初から連載させて貰えました。ただ、その時にはまだまだ独り立ちするだけの力はなかったのが正直なところです。

『PRESIDENT NEXT』で ダムの仕事を描くことに

中野: 次の連載、『ダムの日』が始まるまでにはどのような活動をされて来られたのですか?


『PRESIDENT NEXT』創刊号表紙

羽賀: 『ケシゴムライフ』の連載の後、まずは自分に足りないものを補っていかなくてはということで、人気作品である『宇宙兄弟』のアシスタントに入れて頂き、自分を磨いていきました。その後、僕を拾いあげてくれた佐渡島さんが講談社を辞めて、コルクを立ち上げたのも大きく影響しました。コルクにもお世話になり、面白法人カヤックという会社のエピソード漫画を制作したり、単発でポツポツと漫画を描いている状態でしたが、累計100万部まで売れた、ダイヤモンド社の『嫌われる勇気』の挿絵とかのイラストの仕事もしていました。そうしているうちに、改めて新雑誌の連載の話があったのがプレジデント社の『ダムの日』です。

中野: ビジネス誌『PRESIDENT NEXT』にダムが取り上げられるのはどういう経緯だったのですか?

羽賀: 最初のきっかけは『PRESIDENT NEXT』の編集者が前作の『ケシゴムライフ』を読んでくれて、ちょうどその雑誌が創刊するタイミングでオフィスもの、仕事をテーマにした漫画を描いてくれないかという話があって始まったのです。「仕事もの」といっても島耕作ぐらいしか浮かばず、自分がどんな漫画を描けばいいか明確なイメージは固まっていませんでした。
 そんな時、担当編集から「大きな仕事として、ダムを造るとかはどうか」と提案されました。正直、その時はダムを造ることには余り興味もなかったし知識も全くなかったのですが、逆にそれを描くことによって、取材をして何かが解って表現出来れば面白いなと思いました。

 僕は夏目漱石の小説がすごく好きで、『坑夫』という小説は、特に気に入っています。どんな話かというと、19歳の青年が失恋して、いろいろ人生が辛くて、もう死んでしまいたいとふらふらしていた時に、男の人から坑夫の仕事をやってみないかと声をかけられます。青年は坑夫の仕事がどういうことか全くイメージがつかなかったけれど、もう死のうと思っていた身だから、とりあえずチャレンジしていく。坑夫たちが非常に困難な環境の中で仕事をしていくところを青年がくぐり抜けていくという話があります。それがふと思い浮かんで、ダムを造るという自分が知らない世界に入り込んでくぐり抜けていくイメージが何となく重なって、そういうストーリーになったら面白いし、そういう感じだったら描けるかもしれないと思って引き受けました。実際には、描き出したら全く違う話になってしまったのですが(笑)。

中野: 『ダムの日』のタイトルはどうしてつけたのですか。

羽賀: 『ダムの日』は、実は僕がつけたのではなくて、編集者が幾つか提案してくれた中から選びました。10月30日に単行本として発表する時は、 『昼間のパパは光ってる』というタイトルに変えて出します。これは忌野清志郎さんの「パパの歌」という曲の歌詞のフレーズです。より直球な感じのタイトルにできて気に入ってます。

中野: スケジュール的には、『ケシゴムライフ』は時間的に余裕があったと思いますが、『ダムの日』は、最初は季刊で3ヵ月に1回の予定が、途中から毎月に変わりましたね。


『ダムの日』第一話
羽賀: ちょうどその頃は『ダムの日』以外にも同時進行でやっている漫画があって、〆切りぎりぎりになって迷惑をかけてしまう時もありました。一番苦しかったのは、時間的に追い詰められたことで、もし勝手に自分が想像したものを世の中に出してしまったら、ダムに携わっている人たちが読んで、あれ、違うな、と思われてしまったら、と考えることでした。もしそうなってしまったら、せっかく取材協力してくれている人たちに非常に申しわけないし、会わせる顔がないなと思って怖かったです。


『ダムの日』生原稿
ダム技術者と相談しながら ストーリーを作る
中野: ダムは専門用語もあるので、確認しないと勘違いとかもありそうですね。

羽賀: 現場のシチュエーションとして違和感がないか、掲載されるまでに何回か読んで貰うタイミングを設けて確認をしてもらっていました。原稿にする前の「ネーム」の段階や作画が終わった時点でご意見を伺いました。例えば、セリフ回しで「これ違うのではないか」といわれたら、それは素直に聞こうと思っていました。

 一般読者の人たちに面白いと感じて貰うことも大事ですが、まず大前提としてダムを造っている、現場の人たちが読んで「そうだ」と思ってもらわないと意味がないと思っていました。例えば、14話目に、自然保護でビオトープとダムを造ることを同時進行でやっていく主人公の生沼に、地域のおばあさんが、「何でこんなに頑張ってくれるの」というセリフを最初にかきました。それを読んだダム技術者によれば「何でこんなに頑張ってくれるの」という言い方は地元の人はしないと言われ、そこは再考しました。

中野: なるほど。

羽賀: ストーリー的には、地元の人に「何でこんなに頑張ってくれるの」と言ってもらうことで、主人公である生沼が最終的に自分が頑張っていける理由に気づくという流れにしたかったのですが、違和感を持たれたので最終的には「本当にお疲れさまでした」という感謝のセリフに変えたのです。

 ダムに従事している人たちは、地域の人たちに「お疲れさまでした」といわれることが一番の充実感と言われていたことを思い出して描き直しました。確かに直してみると、やはり直した後の方が地域の人たちとの関係性がより自然な形で描けて、生沼の感情の流れも共感しやすくなったかなと思いました。
現場で経験したことは

中野: 最初に取材に行った現場の感想は?

羽賀: 取材に行った現場で働いている人たちは、当たり前のように6年、7年と単身赴任するのですが、家庭では大変なことです。でも、一人ひとりがここで仕事をする覚悟をもってやられていらっしゃるのだと感じました。

中野: 取材は、現場に泊まり込んだりしたのですか?

羽賀: そうです。宿舎と現場がちょっと離れているので、太陽が上る前から車で移動して現場に行き、ラジオ体操をしているうちにだんだん陽が出て朝になっていくことを毎日繰り返していました。冬の現場は、山の中ですごく寒かったので、思わずポケットに手を入れたいような衝動に駆られます。でも、もしも転んだ時に、手をつけなくなってしまうという理由で、誰もポケットに手を入れている人はいませんでした。皆さんピシッとしていて、待ち合わせするにしても、10分、20分前には皆さん揃っていて、時間に対して絶対遅れないのはすごく徹底されていると思いました。

 きっと土木の仕事にとって「時間を守る」ことが本当に大切なことだから、日常生活の中でも皆さんの中にしみついているのだなと思いました。

中野: 取材の中身はどうでしたか。

羽賀: 取材については、発破をやっているところ、昼ご飯を食べているところとかいろいろスケジュールを立てて現場を紹介してくださいました。発破作業では、60歳ぐらいの親方と19歳の師弟コンビが印象的でした。普通の会社でそんな師弟コンビはなかなかないですからね。年の差コンビが発破の作業をしていて、手際はやはり師匠の方がすごくて、19歳の弟子が一生懸命ついていく光景は漫画にしたら非常に面白いなと思っていたのですが、なかなか入れ込む余地がありませんでした。

主人公と一緒に成長していく

中野: 確かに、現場に行くといろんな人がいて、年齢はバラバラですよね。そういうところに物語のネタが見つかるのですね。

羽賀: そうですね。取材を通して会った人たちの会話内容とか、いろんな話のネタが見つかるのですが、どんなふうにそれを物語の中に入れこんでいけばいいのかは、とても難しい部分です。あくまでも自分がそこに立って周りを見ているという想像力も必要だと思っています。漫画の場合は自分自身がそこに居て、周りを見ていないとその場の雰囲気が描けないのです。そのためには、自分の中にキャラクターを投影していかないとなかなか難しい。新聞を作ったエピソードは、僕が小学生の時に学級新聞を作っていた経験を入れました。

 今までに僕はダムを造ったことは当然ありませんが、作品の登場人物を見ていて、あっ、これは自分だなと思うことはあります。自分の目や記憶をキャラクターの中に入れていくことが漫画の面白さだと思っています。

中野: 主人公の立ち位置に描き手の思い入れが出てくるということですか。

羽賀: そうですね、自分自身を投影しています。自分で描きながら、あの生沼というキャラクターが、葛藤を乗り越えながら土木技術者として、社会人としてだんだん成長していく流れと、自分が漫画を描いている中で、悩んだり、うまくいかない部分で悶々とするような、そういう気持ちの重なりがストーリーに反映していくのです。『ダムの日』の制作過程でもいろいろありましたが、僕自身が生沼と一緒にちょっとずつ成長していくところはあったと思います。まだまだ仕事とは何かみたいなことをそう簡単に語れる立場ではないのですが、今にして思うと、自分も背伸びしながら描き出した漫画ではあって、やりながらだんだん自分もそこにちょっとだけ追いついて、成長していけたところもあったかなと。自分自身を生沼に投影したから、そういう感覚を持てました。


 
取材を通してフレンドリーな 関係ができた

中野: 取材先か現場で協力された方たちがいらっしゃると思うのですが、その方たちとは、相当にフレンドリーになったとか?

羽賀: すごくフレンドリーですよ(笑)。むしろ自分の中では、その人たちのために描いているところもありました。ストーリーが何も思いつかない時、現場でお話してくれた方々が、あれだけ教えたのにとがっかりしている顔が浮かんできてしまって。それでは嫌なので頑張れました。あと、ちょっとした遊び心で背景にいるキャラクターなどでご登場頂いたりもしました。「あっ、俺もいる」と喜んでくれるのが楽しかったです。もちろん一般の読者は全然判らないかもしれないですが、このおっちゃんは、よく出てくるな〜みたいなところまで読み込んでくれると、より楽しめると思います。描いていて自分が楽しいと思っていないものは、きっと読者も楽しめないのだと思います。実際に、現場のあの人を喜ばせようという感じで描いているものと、ただ淡々と作画しているものだと、微妙に違うような気がします。自分が楽しんでいる感覚がなるべくページの中に乗り移るような感じで作画してきました。

中野: なるほど。短い期間で次々と物語を展開することがあって、ストーリーに引っ張られて成長したという感覚なのでしょうか。描きながらダムについても突っ込んで勉強されたのですか?

羽賀: そうですね、ダムについての知識がない人でも立ちどまらずに読めるものを目指していたので、ページの中ではなるべく注釈が入らない形が理想とは思っていました。あまり立ち止まらせずすんなり自然な形で読めるように表現出来たかと思います。

取材を通じて感じたこと

中野: 取材をされて何か感じたことはありますか。

羽賀: ダムを造るということのスケール感ですね。それに実際の作業の専門的なことも詰めなくてはいけないし、本当に小さいことの積み重ねがあれだけ大きいものを造っているのだと、身を持って感じられたことは収穫でした。取材を通じていろいろな人と出会って、それぞれが持っている気持ちの部分を僕が感じたことが一番大きなところです。

中野: 所長が、「ダムの仕事はみんなで片づけるところで終わる」といって去って行くシーンがありますが、現場は地元に全て戻していくところはすごい仕事だと感激しました。

羽賀: そうですね。この『ダムの日』は、今、言われたように、ただ単にダムを造る話ではなくて、ダム建設を通して、様々な立場の人との関係を創っていこうとする人たちがいるからこそ、ダムが出来ていくということに気づいて貰えるような漫画になったらいいなという思いがありました。
 僕自身、初めからそう思っていたわけではなくて、描いている途中から気づきはじめたんですが…(笑)。


コルクのスタッフとダムナイトへ

中野: 漫画を描かれる時は、まわりの方とはどういう協力態勢なのですか。


ダムナイト5(撮影:NOW2000)

羽賀: ネーム(原稿にする前の原稿)を編集者に読んで貰って、感想を聞きます。そのあとネームをダム技術者の方に持って行き、そのフィードバックはスタッフを通じて僕がもらって直したりします。

中野: 「ダムナイト」へ取材を兼ねてスタッフと行かれたそうですが、ダムのイベントで興味を持たれたことはありますか。

羽賀: 会場の熱気がすごかったですね。これだけのファンがいることを発見出来ました。ダムで結婚式をした方や、今まさにダムを造っている技術者の方が僕たちの前の席に座っていらっしゃって、そのとき『ダムの日』はまだ3話目か4話目ぐらいで、掲載されているのを知らなかったようでしたが、ダムカードを頂いたり、「ダムの日を読むよ」と言ってくださったりしました。
ダムの魅力を伝える ダムマニアに逢えたダムナイト

中野: そうなんですね。ダムマニアさんの存在はご存じでしたか。

羽賀: 知っていました。ダムの資料を集めていたときに、そういった方たちがつくった写真集もたくさん出ているのを見てましたから。僕はスポーツの試合を見るのが好きなので、その感覚と近い部分があるのかなと思います。野球でも、選手のバッティングフォームとか、細かいところに目がいって、そこからそれぞれの選手の個性を感じとっていくのが楽しい感覚がありますが、それは、きっと造形物でも同じことなんですよね。漫画では「人」のキャラを描くことに重きをおいてましたが、「ダム」のキャラまで描けたらより良かったのかなと思います。ダムマニアの方たちは、やはりそれぞれのダムに「顔」を見ているんですよ。「表情」だったり。その境地に僕はまだまだいけてはいないんですが、「ダム」がつくっている人たちの表情を僕の漫画を通して覗いてもらえたら嬉しいです。

「建設技術展」の パネルディスカッションでの反響

中野: 今度、羽賀さんにダムナイトのオファーが来るかもしれませんね。単行本とは違って『PRESIDENT NEXT』はビジネス誌なので反響を測るのは難しいとは思いますが、ダム現場にいる人とか、土木エンジニアとかの声は聞こえてきましたか?

羽賀: 建設技術展のパネルディスカッションに参加させて頂いたことがあって、そこで実際にダムを造られた所長の方やいろんなお立場の方にお会いする機会がありました。ダムのエンジニアは心の中でいろんな葛藤を抱えながら、日々、仕事に取り組んでいると伺いました。中でも、地域の人たちから心ない言葉を言われることもあり、やはり少なからず傷つくのだそうです。生沼みたいに自然に対する配慮だったり、町のためにとか、いろいろな葛藤がありながら仕事をしている方が、『ダムの日』を読んで「自分のことが描かれているようで嬉しかった」とおっしゃっていて、とても感激しました。


建設技術展2015パネルディスカッション
〜漫画家から見た土木の世界〜
『ダムの日』を描いてみて思う事

中野: ダムの現場にいる人からそういった反響があるとやっぱり嬉しいですよね。描いている途中で建設技術展のイベントに参加された訳ですね。ご自身では描いているうちに自分の中で変化したことはありましたか?ダムや土木工事に対しての日頃の思いで何か変わったものはありますか。

羽賀: 普通に歩いていて、道路工事をしている風景に対して、作業されている人に目がいくようになったり、ちょっと足をとめてみたりということはこの漫画を描き出してから自分で増えたなと思っています。いきなりダムに興味を持つのはひょっとしたらハードルが高いのかもしれなくて、まず、自分たちの生活を支えている土木がこんなに身近だということに気づき出す感じでしょうか。僕の場合は、ダムを造っている人との出会いがあって気づけたところもあります。漫画とは、人との出会いを疑似体験するみたいなところもあると思うので、『ダムの日』を通じて、現実のダムに興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいし、それが出来てこそこの漫画を描いた意味があると思うので、そうなってくれたら…という思いはあります。

漫画から伝わること
中野: 漫画ならではの伝搬力、人に伝わっていくことが大切ですね。

羽賀: 例えば、有名な『スラムダンク』という漫画があります。実は、あの漫画が出てくる前、どちらかというとバスケットボールはマイナーなスポーツで、バスケ部に入る人もそう多くはなかった。でも『スラムダンク』が出てきて、皆がバスケットボールに興味を持ちました。そういうことをダムというジャンルでも起こせるはずだし、そういうきっかけが1つ生まれるといいのかなと思います。『ダムの日』ではまだまだだとは思いますが…。

中野: そういう感じで言えば、例えばダム造りが映画化されるとかになると、良いのかなと思います。『ダムの日』もジャニーズの誰かが主演してくれるとか(笑)。

羽賀:黒部の太陽』以来、ダムをエンターテインメントのテーマに扱ったものは見当たりませんね。『黒部の太陽』はちょっと暗いタイプの映画で、人がたくさん亡くなったりして、そういう時代背景をもとに製作されている映画だから、今とはだいぶ違います。最近の、ダムを造っている現場は何人も亡くなるような危険な場所じゃないから、そういう土木屋の仕事が正しく表現されるフィクション、エンターテインメントがあるといいだろうなと思います。

中野: ダムに特化しなくても、ダムが出てくる映画がもっと出てくれるといいのですが。

羽賀: 難しいのは、教材のようになると、それだけで毛嫌いしてしまう部分もあると思うので、もっとエンターテインメントとして、ダムの知識が後からついてくる、純粋に物語として楽しめるものがあるといいだろうなと思います。

中野: そうですよね。「黒部の太陽」もヒットしましたが、世の中を支えるものを黙って造ることが、男の仕事としては格好良いものだ。それが土木者のアガペー(愛)でありそれが誇りだということでしょうか。土木を一般の方に伝えることは難しいことですね。羽賀さんが全くダムのことを知らなくて、この作品を描かれたのは正直驚きです。15話を描き終えての感想はどうですか?

羽賀: 正直言うと、結構長かったなと(笑)。まる2年かかりましたからね。でも本物のダムはもっとかかりますから、いかに大きな仕事かということですね。

連載を終えて思うこと

中野: 連載が始まると聞いて、私も最初はどうなるんだろうと思っていました。スケジュールが大変だなと。

羽賀: でも、漫画家のほとんどは週刊連載をやっているので、それに比べたら…。それよりも、ゴールがどういう方向に行くのか。ただダムが完成して終わるのか、それともまた違うものになるのか、そこがはっきりと自分の中で持てていなかったのが一番難しいところでした。土木屋という人たちが、どういう瞬間に充実感を感じるかを探りながらずっと作っていった感じです。その瞬間が一体どこだったのかの答えを、何となく自分で明確に発見できないまま終わってしまったのかなという気持ちはあります。

 今は納得しているのですが、連載が始まる前に自分の中で、どういう瞬間が土木屋は充実感を感じる瞬間なのかを、腹落ちしていれば、もっと違う展開になったのかな。いろいろ後悔、反省点もありという感じです。

中野: 主人公にご自身の気持ちを投影して描いたとのことですが大変だったのは?

羽賀: 生沼の場合だと、ダムの工事の作業をしながら地域の人たちに自然への配慮もする、同時にいろいろな事を進めていく感覚と、自分が『ダムの日』をやりながら、もう1つ別の漫画を進めていたり、またSNS…TwitterとかFacebookで発信するなど、同時にいろんなものをやっていく感覚、そこに対する悩みを投影しながら描いていったところもありました。多分、ダムを造っている人たちも、毎日いろんな方向に目を向ける部分がある中で仕事をしているので、そういうジレンマ、心の葛藤は漫画の中で表現出来たのかなと思います。


『ダムの日』最終回(15話)


中野: ストーリーは最初から最後まで通しては考えてなくて、いろんなものを吸収しながら徐々に話が生まれていって、1つずつ進んでいった、土木工事みたいな感じで、それで完成したところがあるのですね。

羽賀: それこそ現場で話を聞きながら、毎回毎回、継ぎ足していくような感じでした。

中野: 漫画を描くだけでなく、SNSも活発におやりになっているので、「いいね!」をしてくれる人がいるのは励みになりますよね。

羽賀: まずはダム好きの人たちに作品を届けて、そこからじわりと口コミででも広まっていくといいかなというイメージがあります。
 ぜひ、皆さんに率先して宣伝してもらいたいです(笑)。

『ダムの日』PR版
 
表情を描き分ける技術が

中野: 連載の最初と終わりの方では、多少、絵が変わったとご自分で思われますか。土木の現場のキャラクターを描き分けるのは難しいと思いますが、どうでしたか?

羽賀: 時間の制限がありながら絵を描いていくと、3ヵ月に一話で描いている時よりも1ヵ月に一話になっている方が絵は多分上達していると思います。むしろ早く描けば描くほど、いい絵になる。速さと巧さは比例していて、時間をかければいい絵になるかいうと意外と漫画はそうでもないのです。


中野: そんなに速くなるというのは、何か降臨する感じですか。

羽賀: そんなスピリチュアルなものではないですが、逆により機械的に、描くことに集中して、入り込むからでしょうね。

中野: 最終的には絵も速くなったことですか。

羽賀: そうですね。でも僕の場合は、もっともっと早くしたいなと(笑)。

中野: 漫画は、ストーリーと絵と両方並行していくところの表現性が非常に難しい作業だと。

羽賀: もちろんそうですが、何となく自分の中で、表情さえ描ければ読み物になるという確信は持っていて、背景の描き込みが余りなくても、人間の表情さえしっかりと描けていれば、読む人はそこまで違和感を持たないのではと思っています。
 自分の強みとしては、人の顔を描くのは好きで、似顔絵もそうですが、例えば、目盛りで表わすと、5の悲しみと5.5の悲しみを顔で描き分ける、その目盛の細かさは自分の漫画家としてのウリかなと思っています。

中野: 5と5.5の差を自分で意識して描けるってすごいですね。

羽賀: 目盛は細かくても、数値が100や1 000の振切れた喜びみたいなものを描くところまでは、まだいけていなくて、それができるようになれば自分の良さがもっといきるはずなので、その数値をもっと伸ばしていけると、もっと大きい物語、人に届くストーリーが創れるのかなと思っています。

中野: なるほど、そういうことで言えば、今回の作品ではどういうところがその細かな表現になるのですか?

羽賀: 最終回の、バトンのシーンですが、主人公の生沼の表情は、今まで描いてきた表情とは違うのが描けたかなと思っています。ダムが完成して嬉しいけど、寂しい気持ちも混ざっている。手前味噌ですが、だんだん自分も成長してきたのかなと(笑)。

バトンを渡す気持ちを込めて

中野: 『ダムの日』は一応完結ですか。羽賀さん自身は、これから描いてみたいのは何かありますか。

羽賀: 僕がみてきた、ダムを造っている人たちと比べて、読み返してみると何となく『ダムの日』のキャラが弱いのでは?と感じています。キャラクターが強い弱いということはビジュアルな面ではなく、人間としての重み、渋さをもっと漫画の中に出したい、そういう漫画を描きたいなと思います。今回お世話になった現場の方々にしても、どこの馬の骨かも知らないただの漫画を描いている人間に、沢山の熱量を持って面倒みてくれて、アドバイスをしてくれたのは、ダムのことを僕を通じて世の中の人たちに知ってほしいという思いがあるからだと思うし、そこの部分をもっともっと出せたらよかったなと思います。仕事をしている人たちは、これを託すぞ、とそれぞれが心の中に持っているバトンを渡しながら仕事をされているのだと思います。その感情を、最終回にバトンをつないでいく絵に込めたのですが、もっとずしっと重く読者に届くような漫画を描けたらいいなと思っています。

中野: 私にも毎回『ダムの日』掲載誌を持ってきて頂きました。土木の人は、面倒見がいいですからね。そういうところ、私もすごく好きです。土木、ダムはチームワークでつくり上げていくものですから。

羽賀: そうですね。『ダムの日』があったから次の作品があるというものを描いていかないと、協力頂いた方々や現場の方々に申し訳ないです。

中野: そうですね。『ダムの日』が単行本で10月に発売されるそうですが、この機会にぜひ沢山の方に読んでもらいたいですね。

羽賀: 羽賀翔一公式サイトやTwitterでも公表しますので、是非お読み下さい。

中野: 本日はインタビュー出来て本当によかったです。ありがとうございました。




(参考)羽賀翔一さん プロフィール

公式サイトhttp://hagashoichi.com
Twitter:@hagashoichi
FaceBook:hagasho1

 茨城県出身のマンガ家。2010年、大学ノートに描いた『インチキ君』で第27回MANGA OPEN奨励賞受賞。2011年に『ケシゴムライフ』をモーニングで短期集中連載し、2014年には単行本が発売される。
 PRESIDENT NEXTで『ダムの日』を、カフェ マメヒコ発行のM-Hicoでは、トークイベントと連動した作品を連載。また、面白法人カヤックの社内エピソード「ならべカヤック」「追いぬきルーキー」やクリエイターのエージェント会社・コルクを舞台にした1ページマンガ「今日のコルク」を執筆する。



(2016年10月作成)
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  [テ] ダムインタビュー(24)高橋裕先生に聞く「公共事業を軽んずる国の将来が危ない」
  [テ] ダムインタビュー(25)竹林征三さんに聞く(その2)「風土との調和・美の法則を追求して構築したのが『風土工学理論』です」
  [テ] ダムインタビュー(26)竹村公太郎さんに聞く「未来を見通したインフラ整備が大事で、ダムの役目はまだまだ大きいですよ」
  [テ] ダムインタビュー(27)虫明功臣先生に聞く「八ッ場ダムは利根川の治水・利水上必要不可欠」
  [テ] ダムインタビュー(28)水野光章さんに聞く「水と安全はタダといった安易な考えではいけないと、あらためてそう思います」
  [テ] ダムインタビュー(29)萃香さんに聞く「ダムの魅力を引き出せるような写真を撮って公開していきたい」
  [テ] ダムインタビュー(9)Dam masterさんに聞く「機能と造形と自然の組み合わせが面白い」
  [テ] ダムインタビュー(30)樋口明彦先生に聞く「ひっそりと自然の中に佇むようなダムが美しい、とスペインの名もないダムを見て気づいた」
  [テ] ダムインタビュー(31)宮村 忠先生に聞く「これからは‘線’ではなく‘点’で勝負すべきだ」
  [テ] ダムインタビュー(32)土屋信行さんに聞く「きちんとやるべきことと、そうでないことの本当の仕分けが今こそ必要ではないか」
  [テ] ダムインタビュー(33)沖大幹先生に聞く「ダムは造りすぎではなく最低限の備えが出来た段階だ」
  [テ] ダムインタビュー(34)阪田憲次先生に聞く「技術者には""想定外を想定する想像力""が求められている」
  [テ] ダムインタビュー(35)谷 茂さんに聞く「これからは少しゆっくりと環境に負荷を与えないかたちでダムを造る方法もあるのではないか」
  [テ] ダムインタビュー(36)大藪勝美さんに聞く「インフラの重要性をもっと多くの人に知ってもらいたい」
  [テ] ダムインタビュー(37)武田元秀さんに聞く「四十年来の思いが叶い、『ダムと鉄道』にまつわる話を出版することができました」
  [テ] ダムインタビュー(38)山内 彪さんに聞く「若い人は、ダムを糧として立派な総合技術者として育っていって欲しい」
  [テ] ダムインタビュー(39)角哲也先生に聞く「ダムのアセットマネジメントの話をするときに何か目標がいる、千年ではどうかと」
  [テ] ダムインタビュー(40)唐澤一寛さんに聞く「人にものを頼もうとする時は、こちらも誠意をもって付き合わなければいけない」
  [テ] ダムインタビュー(41)糸林芳彦さんに聞く「今は新規のダム計画がなくとも、ダム技術は常に磨いておくべき。いずれ時代の要請に応える日が来るから。」
  [テ] ダムインタビュー(42)今村瑞穂さんに聞く「ダム操作の定式化と現場適用性の向上は車の両輪」
  [テ] ダムインタビュー(43)本庄正史さんに聞く「ダムの海外展開は、現地社会に貢献するという、貢献がキーワードだと思います」
  [テ] ダムインタビュー(44)石田哲也先生に聞く「何か起きたときのリスクのあるシナリオをきちんと一般の人に伝えていかないと」
  [テ] ダムインタビュー(45)古川勝三さんに聞く「今こそ、公に尽くす人間が尊敬される国づくり=教育が求められている」
  [テ] ダムインタビュー(46)入江洋樹さんに聞く「水を大切にするという日本人の心の原点を守り、継承していけば1000年先もダムは残っていく」
  [テ] ダムインタビュー(47)島谷幸宏先生に聞く「設計をする時に環境設計と治水設計を一体的にすることが一番重要なのです」
  [テ] ダムインタビュー(48)吉津洋一さんに聞く「先人から受け継いだ素晴らしい‘くろよん’をしっかり守り、引き継いでいきたい」
  [テ] ダムインタビュー(49)足立紀尚先生に聞く「ダムの基礎の大規模岩盤試験を実施したのは黒部ダムが最初でした」
  [テ] ダムインタビュー(50)山口温朗さんに聞く「徳山ダムの仕事はまさに地図にも、私の記憶にも残る仕事となりました」
  [テ] ダムインタビュー(51)安部塁さんに聞く「新しい情報を得たらレポートにまとめてダム便覧に寄稿しています」
  [テ] ダムインタビュー(52)長瀧重義先生に聞く「土木技術は地球の医学、土木技術者は地球の医者である」
  [テ] ダムインタビュー(53)大田弘さんに聞く「くろよんは、誇りをもって心がひとつになって、試練を克服した」
  [テ] ダムインタビュー(54)大町達夫先生に聞く「ダム技術は、国土強靱化にも大きく寄与できると思います」
  [テ] ダムインタビュー(55)廣瀬利雄さんに聞く「なんとしても突破しようと強く想うことが出発点になる」
  [テ] ダムインタビュー(56)近藤徹さんに聞く「受け入れる人、反対する人、あらゆる人と話し合うことでダム建設は進められる」
  [テ] ダムインタビュー(57)小原好一さんに聞く「ダムから全てを学び、それを経営に活かす」
  [テ] ダムインタビュー(58)坂本忠彦さんに聞く「長いダム生活一番の思い出はプレキャスト型枠を提案して標準工法になったこと」
  [テ] ダムインタビュー(59)青山俊樹さんに聞く「相手を説得するのではなく、相手がどう考えているのかを聞くことに徹すれば、自然に道は開けてくる」
  [テ] ダムインタビュー(60)中川博次先生に聞く「世の中にどれだけ自分が貢献できるかという志が大事」
  [テ] ダムインタビュー(61)田代民治さんに聞く「考える要素がたくさんあるのがダム工事の魅力」
  [テ] ダムインタビュー(62)ダムマンガ作者・井上よしひささんに聞く「ダム巡りのストーリーを現実に即して描いていきたい」
  [テ] ダムインタビュー(63)太田秀樹先生に聞く「実際の現場の山や土がどう動いているのかが知りたい」
  [テ] ダムインタビュー(64)工藤睦信さんに聞く「ダム現場の経験は経営にも随分と役立ったと思います」
  [テ] ダムインタビュー(67)長谷川高士先生に聞く『「保全工学」で、現在あるダム工学の体系をまとめ直したいと思っています』
  [テ] ダムインタビュー(66)神馬シンさんに聞く「Webサイト上ではいろんなダムを紹介する百科事典的な感じにしたい」
  [テ] ダムインタビュー(68)星野夕陽さんに聞く「正しい情報を流すと、反応してくれる人がいっぱいいる」
  [テ] ダムインタビュー(69)魚本健人さんに聞く「若い人に問題解決のチャンスを与えてあげることが大事」
  [テ] ダムインタビュー(70)陣内孝雄さんに聞く「ダムが出来たら首都圏の奥座敷として 訪れる温泉場に再びなって欲しい」
  [テ] ダムインタビュー(71)濱口達男さんに聞く「ダムにはまだ可能性があっていろんな利用ができる」
  [テ] ダムインタビュー(72)長門 明さんに聞く「ダム技術の伝承は計画的に行わないと、いざ必要となった時に困る」
  [テ] ダムインタビュー(73)横塚尚志さんに聞く「治水の中でダムがどんな役割を果たしているか きちんと踏まえないと議論ができない」
  [テ] ダムインタビュー(74)岡本政明さんに聞く「ダムの効用を一般の人々に理解頂けるようにしたい」
  [テ] ダムインタビュー(75)柴田 功さんに聞く「技術者の理想像は“Cool Head Warm Heart”であれ」
  [テ] ダムインタビュー(76)山岸俊之さんに聞く「構造令は,ダム技術と法律の関係を理解するのに大いに役に立ちました」
  [テ] ダムインタビュー(77)毛涯卓郎さんに聞く「ダムを造る人達はその地域を最も愛する人達」
  [テ] ダムインタビュー(78)橋本コ昭氏に聞く「水は土地への従属性が非常に強い,それを利用させていただくという立場にいないと成り立たない」
  [テ] ダムインタビュー(79)藤野陽三先生に聞く「無駄と余裕は紙一重,必要な無駄を持つことで,社会として余裕が生まれると思います」
  [テ] ダムインタビュー(80)三本木健治さんに聞く「国土が法令を作り,法令が国土を作る −法律職としてのダムとの関わり−」
  [テ] ダムインタビュー(81)堀 和夫さんに聞く「問題があれば一人でしまいこまずに,記録を共有してお互いに相談し合う社会になってほしい」
  [テ] ダムインタビュー(82)佐藤信秋さんに聞く「国土を守っていくために, 良い資産,景観をしっかり残していくことが大事」
  [テ] ダムインタビュー(83)岡村 甫先生に聞く「教育は,人を育てるのではなく,人が育つことを助けることである」
  [テ] ダムインタビュー(84)原田讓二さんに聞く「体験して失敗を克復し, 自分の言葉で語れる技術を身につけてほしい」
  [テ] ダムインタビュー(85)甲村謙友さんに聞く「技術者も法律をしっかり知らないといけない,専門分野に閉じこもってはいけない」
  [テ] ダムインタビュー(86)前田又兵衞さんに聞く「M-Yミキサ開発と社会実装 〜多くの方々に支えられ発想を実現〜」
  [テ] ダムインタビュー(87)足立敏之氏に聞く「土木の人間は全体のコーディネーターを目指すべき」
  [テ] ダムインタビュー(88)門松 武氏に聞く「組織力を育てられる能力は個人の資質にあるから, そこを鍛えないといけない」
  [テ] ダムインタビュー(89)佐藤直良氏に聞く「失敗も多かったけどそこから学んだことも多かった」
  [テ] ダムインタビュー(90)小池俊雄氏に聞く「夢のようなダム操作をずっと研究してきました」
  [テ] ダムインタビュー(91)米谷 敏氏に聞く「土木の仕事の基本は 人との関係性を大事にすること」
  [テ] ダムインタビュー(92)渡辺和足氏に聞く「気象の凶暴化に対応して,既設ダムの有効活用, 再開発と合わせて新規ダムの議論も恐れずに」
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