[テーマページ目次] [ダム便覧] [Home]


《ダム建設の特徴は》

 紆余曲折を経て、多くの方々の尽力と協力によって、温井ダムは昭和61年11月に補償基準の調印式が行われ、昭和63年11月新温井団地での生活が始まった。平成3年3月国道 186号線( 滝本〜温井) 開通、同年7月ダム建設本体工事に着手、平成6年5月ダム堤体コンクリート打設を開始、平成9年7月国道 186号線(温井〜黒滝開通)全線開通、平成11年10月試験湛水開始、平成14年3月完成を迎えた。このように完成までのプロセスについて、温井ダム管理所編・発行『温井ダム』(平成16年)は、ダムの調査、本体設計、本体工事、用地補償、管理設備、試験湛水、ダムの公開、ダム周辺環境整備、行事の内容で写真と図表にてわかりやすく纏められている。


 ここで、温井ダム建設の用地的特徴をいくつか挙げてみる。

・広島県、広島市等は、温井ダムが「水特法」の対象外であることから、地域整備事業に関し、全面的な支援を行った。

・加計町は、「温井ダム建設を起爆剤として町の活性化を図る」との方針で、温井地区の再編事業に取り組んだ。

・温井ダム対策委員会は、補償交渉にあたってはお互いに納得いくまで話し合う「温井ダム方式」を貫いた。

・企業者は、非水没家屋の地域を移転地と決定し、非水没者を補償の対象者として取り込んだ。

・工事期間中の施工者の宿泊施設は「川・森・文化交流センター」に引き継がれ、文化ホール、図書館、民俗資料館、学習室、研修、宿泊施設として多目的に利用され、加計町における文化の発進地となっている。

・材料置き場等の跡地は、多目的広場、公園、グランドに利用され憩いの場となり、また温井ダム湖祭りのイベント会場にも使用され、さらに、温井ダムには自然生態公園の散策やダム施設見学を含めると、年間35万人が訪れている。

・雇用については、新温井団地から至近距離にある、「温井スプリングスホテル」、「ぬくい木工センター」、「レストラン」、「サイクリングセンター」、「川・森・文化交流センター」の施設に採用されている。

   ◇

 さらに、温井ダムの建設は、周辺の自然環境への配慮や地域に親しまれるダム施行、様々な試みや新技術、施工法によって、土木技術の発展に顕著な功績をなした。この技術は大いに評価され、社団法人土木学会から平成13年度「土木学会技術賞」、社団法人全日本建設協会から「全建賞」をそれぞれ受賞している。
 ダム技術に係わる計画、調査、施工を纏めた温井ダム管理所編・発行『温井ダム工事誌』(平成16年)がある。この書に、岡山大学環境理工学部名合宏之教授の「大型アーチダムの技術の集大成として」、土木学会技術賞候補に関する推薦文が、次のように掲載されている。主に技術的な特徴をそのまま引用する。


(1)最新技術・試験の活用による設計

・堤体等の設計は、大規模アーチダムで初めて本格的に、「3次元有限要素法による応力解析」を実施。
・アーチダムの重要な設計要素となる断層面の設計強度計測にあたっては、国内最大級(1m四方)の「大型原位置剪断試験」を実施。断層面形状凹凸の組み合わせによる見かけの剪断強度を計測した。これは、大型原位置試験と強度評価手法の先駆けとなった。
・低セメントで高強度のコンクリートを製造するため、「堅型回転式遠心砕塊装置」を開発・採用し、骨材の粒形改善を図ることにより、単位水量8kg/m3を減少させ、強度約 100kgf/cm2の増加を実現した。

(2)新技術・新工法による精密な施工管理

・「三次元CADシステム」を開発し、レイアウト、詳細設計、出来高管理、複雑な施工管理を可能とした。
・打設コンクリートの細かい温度分布を把握し、効率的な堤体温度管理(一次クーリングの2段化等)を可能にした光ファイバーによる堤体温度管理。
・円滑な掘削面を仕上げるため、俯角45°まで削孔可能な油圧式パーカッションドリルの開発
・掘削法面の岩盤挙動をリアルタイムに監視する「岩盤挙動監視システム」の開発。

(3)コスト縮減

・堤体のコンクリート用骨材は、ダム基礎岩盤の掘削岩を全量再利用したが、これは全国初の試みであった。これにより、原石山の廃止、残土処理地の削減、運搬路の縮減というコスト縮減効果とともに自然環境の保全を実現した。
・管理用の繁船設備を工事用道路の斜路を運搬路として活用することにより、新たな施設設備を軽減した。

(4)我が国最大級の放流設備

・滝山渓谷の自然に調和したダム景観を創出するため、非常用洪水吐として、日本で初めての越流式ローラーゲートの採用。
・水密設備の技術開発により、日本最大の設計水深(106m)を可能とした高圧ローラーゲート型式の常用洪水吐。
・12m3/secの取水量・選択可能水深70mを可能にした多段・多重式ゲートの選択取水設備は日本で初めて採用された。



 前述のように、温井ダムは日本初の施工方法がいくつか採用されているが、とくに、堤体のコンクリート骨材をダム基礎岩盤の掘削岩を全面再利用し、原石山用地を必要としなかったことには驚嘆する。掘削岩が良質でなければならないが、この新たな発想の転換は今後のダム造りに必要だ。
 はじめに、上品な気品のあるダムと表現したが、自然と調和した「用・強・美」の備わったダムであることがよく理解できる。ダムの設計と施工にかかわった技術陣の情熱の勝利だ。これらの技術的プロセスにおいてどのような人間ドラマが起こったのだろうか。


[前ページ] [次ページ] [目次に戻る]
[テーマページ目次] [ダム便覧] [Home]