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6.高瀬ダム、七倉ダム(高瀬川)の建設

 高瀬川は、その源を北アルプスの南部槍ヶ岳(標高3180m)に発し、連峰の間の渓谷を北流し、山地の尽きる鹿島扇状地のところで籠川、鹿島川を合わせ、南流し松本盆地に出、明科町で犀川に入る。総延長47.5km、流域面積 445km2である。総延長の約半分の25kmは平地を流れ、急峻のため広大な高瀬川扇状地を形成する。

 この急峻な高瀬川筋には、大正末期に5地点発電所がつくられ約4万KWが開発された。高瀬川開発計画は、昭和40年以降電力需要のピーク増大に対処するため、東京電力(株)によって既設発電所3ケ所を廃止し、1ケ所を維持し、新たに高瀬・七倉の2つのダムを造り、後述する大町ダムを使用することにより、新高瀬川、中の沢、大町の3つの発電所等で、合計最大出力 134万4900KWの発電を行うものである。

 高瀬、七倉両ダムの建設に係わる、東京電力(株)編・発行『高瀬川電源開発工事報告』(昭和56年)、同『高瀬川電源開発工事 中の沢発電所工事報告』(昭和56年)によると、次のように論じる。

『高瀬川電源開発工事報告』

『高瀬川電源開発工事 中の沢発電所工事報告』

高瀬ダム
【高瀬川開発工事は上部調整池高瀬ダム、下流調整池七倉ダムの二つのフィルダムとこの間 2.7kmを2条の圧力トンネルで結び、 230mの落差を得て、七倉調整池上端部の地山内に地下発電所を設け、発電機4台により 128万KWの自然混合の発電を行う。七倉調整池は揚水発電の下部池であると同時に下流利水支障を与えないように自流分を調整する目的を持っており、逆調整した水は約 3.5kmの水路により 4.2万KWの行う中の沢発電所に導水される。】

 長野県大町市大字平小字高瀬入に建設された高瀬ダムの諸元は、堤高 176m、堤頂長 362m、総貯水容量7620万m3、型式は中央土質遮水壁型フィルダムである。事業費は 189億円を要し、施工者は前田建設(株)である。

 一方七倉ダムの諸元は堤高 125m、堤頂長 340m、総貯水容量3250万m3、型式は高瀬ダムと同型式の中央土質遮水壁型フィルダムである。事業費は 189億円を要し、施工者は(株)間組である。

 この2つのハイダムは、昭和46年12月に着工し、10年余の歳月を経て昭和56年9月に完成した。この建設プロセスについて、佐藤友光・送返電建設本部副本部長は、前掲書『高瀬川電源開発工事報告』で述べている。

【48年秋にはじまったオイルショックは何といっても工事推進に大きな転換をもたらし、工程の大幅な繰り延べ、工事資金の制約、工事費の急騰、夜間工事の中止など最大の試練を迎えることとなった】

 さらに、

【51年6月のティートンダムの決壊は、事故のダムが七倉ダムと同規模なことと相まって、高瀬、七倉両ダムの設計面の全面的に再チェックを実施し、あらためて技術の基本の重要性を認識するとともに、地元に渦巻いたダム不安の声の対応に忙殺された】

 このようなオイルショックやティートン・ダムの決壊による逆風に遭遇しながらも、河床砂礫を主材料とした大規模フィルダム、地下の巨大空洞の掘削、オンラインによる技術管理の機械化など数多くの土木技術の成果をあげた。このことは、水力技術をさらに前進させたものとして評価され、「土木学会技術賞」「土質工学会技術賞」、また電気部門では内部直接水冷ケーブルの実用化に関して「電気学会賞」を受賞した。これらの受賞は黒四ダム建設に匹敵するであろう。

 この高瀬、七倉両ダムの建設に情熱をかけた技術者たちの真摯な姿を、曽野綾子は『湖水誕生(上・下)』(中央公論社・昭和60年)で小説化した。ダム現場に7年間も通いつづけ徹底的な取材によって描いた。人里遠く離れた雪深い山奥で、技術者たちの単身赴任は宿命であろうが、夫不在の家族たちの生活群像も映し出す。それは老夫婦の愛、親子の愛、若者たちの恋、と様々な愛が交錯する。この小説を読むとダム造りは技術者たちの熱意と能力だけでなく、その家族たちの愛の力も含まれる。

 男たちの夢と情熱をかけた雄大なダム湖の誕生を「前年の十二月二十六日に、仮排水路を閉塞して、水を溜めた高瀬ダムの湛水池は、春の兆しに促された雪解けの水を集めると、急に水位が上がるようになった。死と誕生は、多くの場合急激にやって来るものだが、この湖の誕生に限って数カ月の間に、ひそやかに音もなく進んでいる。もうあちこちに、水に漬かった木々が湖底から指を伸ばした手のように突き出てて見えるようになっていた。」と静謐に表現する。

 曽野氏は、ダム小説を書く動機を「土木の世界を過不足なく知らせたい、小さな情熱だった」という。この作品は「土木学会著作賞」(昭和61年)を受賞した。


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