◇ 4. ダム湖の生態学
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ダムが完成して数年経たダム湖の生態について調査された書がある。 森下郁子著「ダム湖の生態学」(山海堂・昭和59年)には、コロラドのフーバーダム湖、アンガラ川のブラーツクダム湖、松花江の豊満ダム湖を始め、我が国の雨竜湖、桂沢湖から遠賀川の河口堰までの生態系を追っている。
森下氏により、ダム湖の分類について水の滞留時間の短いダムをながれダム湖、滞留時間の長いダム湖をとまりダム湖という表現がなされており、湖水の滞留時間は、ダム湖容積(m3)/平均流入量(m3/s)で表す。ながれダム湖は、淀川水系の天ヶ瀬ダム湖、吉野川水系の池田ダム湖のほか、同一水系に連なっている発電専用ダムに多く、とまりダム湖は容積の大きいダム湖のほか、上水または灌漑用水専用のダム湖に多いという。
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「ダム湖の生態学」 |
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また、ダム湖の富栄養化を考える場合、生物の側からみると、その水体内での一次生産活動がどのように行われるかということが重要な点である。一次生産活動はその湖がどれだけ光を受けることができるか、すなわち、湛水面積の大小と湖水の流れなどに影響を受けることのできる面積を平均水深で表し、流れの影響を回転率で測るならばダム湖は次の4つのタイプに分けられると論じる。 T型 平均水深が大きく回転率の小さいダム湖(川俣ダム湖、下久保ダム湖、早明浦ダム湖) このタイプは自然の湖の性格をもつから、生物生産活動は温帯型と亜熱帯型に分け、川俣ダム湖、下久保ダム湖は温帯型、早明浦ダムは亜熱帯型としている。 温帯型は、冬期の生産が水温のため制限されるので、水中の窒素、リン酸量は多いが、流出も大きい。 亜熱帯型では、冬期に水中の溶存塩類が少ないにもかかわらず、栄養塩は持ち出されず生物体にとりこまれているので湛水年が古くなるに従って富栄養化が進む。 U型 平均水深が大きく回転率も大きいダム湖(鶴田ダム湖、緑川ダム湖、松原ダム湖、矢作ダム湖) ダム湖の富栄養化状況を決定するのは、流入水の栄養塩濃度とダム湖特有の濁りである。 V型 平均水深が小さく回転率が小さいダム湖(釜房ダム湖、室生ダム湖、五十里ダム湖) 天然の池沼的性格をもっていて富栄養化しやすい。流入してきた栄養塩は湖内に堆積しやすく、底近くで無酸素になりやすい。 W型 平均水深が小さく回転率が大きいダム湖 ながれダム湖的性格、日本型のダム湖で特に発電ダムに多い。
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この書から、ダム湖の生態についてコロラド川のフーバーダム湖、松花江の豊満ダム湖、そして我が国の桂沢ダム湖を追ってみた。
@フーバーダムは1935年に完成した。その諸元は堤高217m、集水面積600km2、貯水量360億m3、バックウォーターまでの距離が180qある。船着場近くに、湿地植物が生育しており、イグサ、ヨシである。湿地を形成しているところは底が泥になっており、泥を好む生物が生育する。シジミが多く、1m2当たり7〜24個体があり、シジミは7p大に達する。
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A吉林省の豊満ダムは1943年日本人の技術者によって建設された。その諸元は堤高90m、堤頂長1 080m、有効貯水量76億m3、型式は重力式コンクリートダムである。 7月のダムサイトの日中の気温32〜37℃、ダム湖は湖棚がなく、だらだらした斜面があり、魚釣りや水浴の人がいた。ダム湖の壁面は砕いた岩石で、水に浸ると、水温28℃、透視度32m、泳いで観察できる。壁面にヨシノボリ、テナガエビがいる。ヨシノボリは1m2四方に8個体、コイは20〜30p大のものが泳いでいる。ダム湖の水は緑色である。ダムの中心部で透明度を測ったら1.8mもあった。透明度が1.5m以上あるということは中国のダムの中では珍しい。透明度がこんなにいいのは、水温の成層が出来て上層の水の滞留時間が長くなっていることとを示す。もう一つは水の濁りの原因になっているシルトの粒形が大きく沈積しやすいことによる。 B桂沢ダムは1958年三笠市幾春別地点の石狩川支流幾春別川に完成した。その諸元は堤高63.6m、堤頂長334.6m、堤体積35万m3、総貯水容量9 270万m3、型式は重力式コンクリートダムである。洪水調節、灌漑用水、水道用水、発電用水を供給する多目的ダムである。桂沢ダム湖の湛水直後(1957年)の生物学的調査は、水産孵化場の江口、皆川氏によると、窒素、リン酸の栄養塩類に乏しい。含有化学成分中カルシウム量や珪酸の量が多い点で、マス類の養殖用水として好条件であるとしているものの、湖のダム湖を利用して魚類の生産にあたるためには、窒素、リン酸の化学肥料を湖中に投入しなければならない、と指摘している。 また、周辺の地質は暗灰色または灰白色の砂質泥岩であり、斜面一帯は石灰質団塊もみられ、菊石イノセラムスその他の化石も多く含んでいる。調査時の水位は最深部で27m、露出した泥岩の壁面には陸生の草が茂る。珪酸およびイトミミズ型の中栄養湖ダムであり、水質の汚濁が年々進むことが懸念されるという。
以上、この書では、ダム湖の生態について論じられているが、既に数十年経過している。その後のダム湖の調査を期待したい。
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Kent W Thornton他編、村上哲生他監訳「ダム湖の陸水学」(生物研究社・平成16年)は、アメリカにおけるタトルクリーク湖(カンザス州)、キャニオン湖(テキサス州)、ノリス湖(テネシー州)など、多くのダム湖を取り上げ、豊富な資料に基づき水理、水質、底質生態について、天然湖沼とダム湖と比較しながら、その陸水学を論じる。その内容は、ダム湖陸水学の概観、ダム湖における物質輸送過程、堆積過程、溶存酸素の動態、ダム湖の栄養塩の動態、ダム湖の一次生産、動物プランクトンにとってのダム湖環境、ダム湖の魚類についての概論、そしてダム湖の生態系:結論と展望から構成されている。
「ダム湖の一次生産」のなかで、ダム湖は河川と天然湖沼の中間的な環境として位置づけ、河川とダム湖と天然湖沼のそれぞれの特徴について、別表にまとめている。そしてダム湖は河川と湖沼にそれぞれ特徴的な環境特質をいくつも併せ持っているので、「『河川−湖沼ハイブリッド(混成体)』と呼ばれることもある」と指摘している。
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「ダム湖の陸水学」 |
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さらに、ダム湖の流下方向の環境変化について、流水帯、遷移帯、止水帯の3つの区域に分け、その特徴について、次のように述べている。 @ダム湖上流部の「流水帯」は流水環境である。この部分の特徴は、ダム湖下流部分と比較して流速がはやく、水の平均滞留時間が短く、利用可能な栄養塩・懸濁物質が多く、光の減衰が強いことである。非生物物質による濁りが光の透過を制限するため、有光層が薄くなる。 A「遷移帯」の特徴は、植物プランクトンの生産力と現存量が増加することであるが、これは湖盆の幅が広くなり、流速が遅くなり、水の平均滞留時間が増加し、粘土やシルトが沈降して表層付近の水から除去され、光の透過率が増加することに伴っておこる現象である。 B「止水帯」はダム湖下流部分のダムサイトに一番近い水域に発達し、多くの場合、水の平均滞留時間が長く、溶存栄養塩と懸濁態の非生物起源粒子の濃度が低く、水の透明度が高く、有光層が深い。
なお、「典型的なダム湖において流下方向に変化していく環境要因」、また、「植物プランクトン生産力と現存量に影響する環境要因の変化」は別図のようにまとめられている。
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ダム湖は「河川と湖沼のハイブリッド」だと論じるとき、この書では、 @個々のダム湖における物理学的、化学的、生物学的条件の時間・空間的不均一性 Aダム湖ごと、あるいはダム湖のタイプごとの陸水学的・生態学的特性の多様性 B人工湖と天然湖沼の相違点と類似点 Cダム湖生態系の構造、機能、変動などの基本的な概念を明確にするための、実際の河川、湖沼についての知識ならびに河川と湖沼の相互関係についての知識に関する総合的理解を深めておく必要がある、 と示唆している。このような示唆に対応するためには、ダム湖の生態について、相互に関連する湖沼陸水学者、ダム湖陸水学者、土木技術者等による学際的な調査、研究が重要となってきたといえる。
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