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「関越総合水資源開発計画」について

これは、本田典光様の投稿です。

 「このごろ」に平成20年8月22日付けで公開された「河川一等兵」氏の「歴史に埋もれた大ダム計画」を読んでいて、若い頃に職場の先輩達が議論していた「関越総合水資源開発計画」(「関越総合水資源導水計画」と呼ばれていたかもしれない)というプロジェクトの存在を思い出した。
 「関越総合水資源開発計画」は、昭和57年に日本プロジェクト産業協議会(以下「JAPIC」という。)が発表した大規模プロジェクトで、信濃川の水を新潟県から関東地方へ導水するという新潟県民とっては、降って湧いたような計画であった。
 その頃、職場の先輩達が「関越総合水資源開発計画」のパンフレットのコピーを前にして、「関東導水」(当時、先輩達はJAPICの計画をそのように呼んでいたように思う)の議論していたことを覚えている。

1.プロジェクトの歴史

 最初に関越(関東と越後)間の導水計画を考えたのは、総理府の外局である経済企画庁水資源局に出向して、通産省に戻った職員達のようだ。その職員達は、昭和45年に「上越(上州[群馬県]と越後)広域多目的連続揚水計画」という、信濃川と利根川の2河川を複数の揚水発電所で結び、相互に発電をしながら信濃川の水を関東地方に分水するという構想を考えた。構想を立案した職員達は後輩にその後の調査を委ねて、担当部署を異動していった。「上越広域多目的連続揚水計画」は、経済企画庁の国土総合開発調査調整費で昭和46年から3ヵ年計画で調査を実施し、昭和48年にまとめられた最終的な報告書では、昭和45年に立案した構想の内容とは違い、新設ダム7基(全体の有効貯水容量1.8億m3)、発電所7箇所で総工事費2,620億円という計画となっていた。対象河川は、信濃川水系は中津川のみ、利根川水系は吾妻川のみで、分水嶺にある野反ダムを嵩上げして関東に導水するという計画であり、「上越広域多目的連続揚水計画」で立案した構想に比べ大幅に縮小された計画だったようである。(昭和45年に立案した構想及び昭和48年の報告書の全容については未確認)
 その後、「上越広域多目的連続揚水計画」の構想を立案した職員達は退官し、一部の人達は「日本建設業連合会」(以下「日建連」という。)の「新規プロジェクト構想研究会」(昭和53年5月設置)に参加していった。その「新規プロジェクト構想研究会」は昭和54年7月に「関越総合利水計画」という大規模プロジェクトを発表した。この計画は、信濃川の融雪出水時に信濃川の流水を取水して矢木沢ダムに導水し、関東地方で発生する水不足を解消するとともに、信濃川下流部の治水、利水を図り、併せて電源開発によってエネルギー問題を解決するという複数の目的を持つ計画であった。
 日建連の「関越総合利水計画」は、経緯は不明だがJAPICに引き継がれたようで、JAPICは昭和57年に日建連の立案した「関越総合利水計画」をベースとしたと考えられる「関越総合水資源開発計画」を発表した。

2.関越総合水資源開発計画

 JAPICが作成した「関越総合水資源開発計画」は、信濃川の洪水や融雪出水時に日本海に放流されている信濃川の流水を新潟県小千谷市で取水して、関東に導水することで、信濃川下流部の治水に寄与し、併せて信濃川・利根川流域の利水を図り、関越双方の発展に資することを目的として計画が立案されており、総事業費は約1兆円と見積もっている。(日建連が計画した「関越総合利水計画」の総事業費は8,300億円)

 新潟県小千谷市に建設する取水堰(建設省[現在の国土交通省]が建設した「妙見堰」は、堰建設工事の頃に「関越総合水資源開発計画」の取水堰として建設するという噂が流れていた)で信濃川から取水し、新潟県側に新設する3基のダム(野辺川ダム、黒又川ダム、北ノ又川ダム)を経由して標高880mまでポンプアップした後、トンネル水路(関越導水路)で関東側の利根川水系矢木沢ダムに流しこみ、須田貝ダム(既設ダム)・須田貝第2発電所(新設)・藤原ダム(既設ダム)と新設する2発電所(沼田発電所、子持発電所)を経て群馬県渋川市で利根川に放流する計画である。
 新潟県小千谷市から群馬県渋川市までの総延長は110kmにおよぶもので、そのうち約84kmがトンネル水路という計画である。
 また、新設する3基のダム(野辺川ダム、黒又川ダム、北ノ又川ダム)の総貯水容量の合計は15億m3としている。

 この計画の新設及び関連施設は、

@小千谷取水堰(信濃川からの取水施設)
A小千谷ポンプ
B野辺川ダム(有効貯水量1,800万m3)
C水路トンネル(20.7km)
D黒又川ポンプ
E黒又川ダム(有効貯水量110,000万m3)
F水路トンネル(9.95km・1.65km)
G枝折ポンプ
H北ノ又川ダム(有効貯水量3,000万m3)
I水路トンネル(関越導水路:18.2km)
J矢木沢ダム
K須田貝ダム(須田貝発電所)
L須田貝第二発電所
M水路トンネル(3.0km)
N藤原ダム
O水路トンネル(14.0km)
P沼田発電所
Q水路トンネル(14.9km・3.05km)
R子持発電所(利根川に放流)
である。

 なお、水路トンネルの内径は、4mから最大10mである。



3.「関越総合水資源開発計画」の運用

 小千谷地点の取水堰からの取水量は、洪水時に最大600m3/s、融雪出水時(連続で40日程度を見込む)には最大300m3/sとし、小千谷ポンプで野辺川ダムへポンプアップし、野辺川ダムからは、黒又川ポンプで黒又川ダムへ最大300m3/sをポンプアップする。黒又川ダムの位置は既設の黒又川第一ダムの直下とされており、堤高250mのロックフィルダムで、黒又川ダムは既設の2ダム(黒又川第一ダム、黒又川第二ダム)をその貯水池内に水没させる有効貯水量11億m3という巨大ダムである。完成すれば堤高、貯水容量ともに間違いなく日本一となるような規模のダムで、「関越総合水資源開発計画」の要となるダムである。
 北ノ又川ダムは関東地方で渇水による水不足が発生した時に黒又川ダムから枝折ポンプを使ってポンプアップで送られてくる水を矢木沢ダムに送るためのダムである。北ノ又川ダムに貯水された水は、関越導水路を流下して矢木沢ダムに流れ込む。その後、須田貝ダムとその下流に新設される須田貝第2発電所、既設の藤原ダム経由をして、沼田発電所、子持発電所の新設の2発電所を経て群馬県渋川市で利根川に放流される。
 取水時にポンプアップのために利用する3箇所のポンプ施設(小千谷ポンプ、黒又川ポンプ、枝折ポンプ)は、取水した水を逆に信濃川方向に流して発電所としても利用できるものである。

4.新潟県側のメリット

 新潟県側のメリットとして「関越総合水資源開発計画」に記載されている項目は、次のとおり。

・信濃川下流部の治水に貢献する。
渇水時の水道等の利水に役立つ。(信濃川下流地域の都市用水等に利用)
・日本海側の電源地帯の余剰電力を有効に活用できる。
・事業における大部分の施設が新潟県内に作られるため、建設工事中に膨大労働力の需要が見込まれる。
・水源地域交付金、電源交付金、固定資産税、水利使用料等が入る。
・水源地域整備の諸制度により、社会資本の諸施設が造られ21世紀への資産として残る
・日本最大となる黒又川ダムの貯水池は、銀山湖、田子倉湖、奥利根湖とともに観光資源としても活用できる。

5.この頃の動き

 JAPICが平成19年3月に発表した「農業用水と水資源に関する考察−食料自給率の向上をめざして−」という資料では、逼迫している利水安全度の向上のため、偏在する水需給の是正が望まれ、水需給のアンバランスの是正は需要側からのみならず供給側からもきわめて重要なことであることから、水資源の潤沢な地方から不足する地方へ転用する広域導水を提案している。資料の中で広域導水の例として、過去にJAPICが提言した導水計画である「関越総合水資源開発計画」を紹介している。
 また、国土交通省信濃川河川事務所、信濃川下流河川事務所、新潟日報社が主催し「信濃川の自然や歴史など、その魅力を地域の方々に広く知ってもらうこと」を目的に平成17年から19年まで17回開催した公開講座「信濃川自由大学」において、平成19年度第3回公開講座で講演された西澤輝泰新潟大学名誉教授は、「関越総合水資源開発計画」にふれて、「JAPICが発表した多くの大規模プロジェクトの中で実現できていないのは「関越総合水資源開発計画」だけで、この計画は発表当時、新潟県の猛反対にあって実現できず、今は休眠状態にある。今後、地球温暖化による気候変動によって関東地方が大渇水に見舞われるような事態が発生した場合に息を吹き返す可能性が大きい」とおっしゃっている。また、「新潟県内で発電された電力は関東地方に送電されているが、「関越総合水資源開発計画」が実現すれば水そのものを関東に持っていかれることになるので注意が必要で、信濃川の水を関東に持っていかれた場合、越後平野は、今までのように潤沢な水の使い方ができなくなり、洪水のない平野になるが、また枯れた台地になるかもしれない」という説明をされている。

6.まとめ

 「関越総合水資源開発計画」が発表された当時、職場の先輩達の議論の内容は、次のようなものであったと思う。

・信濃川の渇水は非常に稀なケース(流域の降雪量や降雨量が異常に少ない年)でしか発生しない。(利根川のように頻繁に発生することはない)
・融雪出水に対して治水上の問題は発生していない。また、洪水についても築堤等の治水施設の継続実施は必要であるが、関東地方へ導水して対応しなければならないようなことはない。
・その他、信濃川の河川管理上、関東地方へ導水して対処しなければならないような問題は発生していない。
・関東へ導水することで信濃川下流部の流況が悪化する分、海岸の涵養効果が減じられ砂浜がやせていく可能性がある。

 結局、関東地方の水不足解消のために信濃川の水を利用するだけで、信濃川に関連する部分でのメリットは少ないという意見が大勢をしめていたように思う。
 個人的には、信濃川の出水時に取水することによって起こる洪水や融雪出水の減少は、信濃川下流部の河床に堆積する沈殿物の掃流効果を減じることになり、多量の沈殿物が残存することで信濃川下流部の動植物の生態系が変化し、河川環境が大きく変わる懸念があると思う。
 また、関東地方が水不足で大変なら信濃川の水を関東地方に持っていくより、関東圏から水の豊富な新潟県に工場や人が移ってきて、現在施工中である関越自動車道や上越新幹線を利用して関東方面に製品の運搬や通勤したほうが効率的ではないかという暴論のような意見もあった。

 「関越総合水資源開発計画」は、発表当時に新潟県で起こった猛反対で消滅したと思っていたが、30年経った今でも計画が(休眠状態とはいえ)、まだ生きていたことに驚いた。
 西澤輝泰新潟大学名誉教授が言われるとおり、計画は休眠状態であるだけで関東地方に大渇水があれば計画が復活する可能性もあり、実現すれば越後平野は洪水がない代わりに水を潤沢に使えない枯れた平野になってしまうかもしれない。

 今後、更に東京への一極集中が強まることで関東地方の水不足が顕著になる可能性は大きい。関東地方に人間やエネルギーなどを吸い上げられてきた新潟県は、「関越総合水資源開発計画」が実現すれば、水までも関東地方に持っていかれることになる。そのような危機感があって、発表当時に新潟県が猛反対したのだと思う。

 前述の「信濃川自由大学」の平成19年度第3回公開講座の中で、ホスト役の新潟日報社論説編集委員室長の鈴木聖二氏がおっしゃった「水を持っていくことは、自然をもっていくことだ」という言葉が印象的である。


【参考資料】
・「農業用水と水資源に関する考察−食料自給率の向上をめざして−」
 (H19.3 社団法人 日本プロジェクト産業協議会)
・「放射能を残して水を盗る」(武本和幸 「技術と人間」1987年7月号)
・信濃川自由大学平成19年度第3回公開講座
 「信濃川の利水〜くらしや産業を支える信濃川〜」議事録

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(平成25年12月作成)
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