[テーマページ目次] [ダム便覧] [Home]


3.耐震補強工事

この工事は正式には「布引五本松堰堤補強及び堆積土砂撤去工事」という。工期は平成13年8月から平成17年3月までで、工事は主として
@提体補強工事
A堆積土砂撤去工事
B水辺環境整備工事
C管理橋の補強工事
からなる。


【提体の補強】

 布引ダムは表面は全面石張りで、内部の上流側約90cmは止水コンクリートセメント:細砂:砂利=1:2:4)、その下流側は粗石コンクリート(セメント:細砂:砂利=1:3:6の配合コンクリートの中に粗石を混入したもの)となっている。基礎岩盤は白亜紀の花崗閃緑岩であり、全般的にCM級〜CH級の堅硬な岩盤である。


現行基準と布引ダムの安定性
 重力式コンクリートダムの構造的安定性にかかわる条件は
@滑動(堤体底面のせん断摩擦安全率が4以上であること。)
A転倒(作用外力の合力が堤体水平断面のmiddle-thirdに作用し、上流端に引張応力が発生しないこと。)
B圧壊(提体内圧縮・引張・せん断応力が許容値を超えないこと。)
の3条件となっている。これに基づき現堤体の安定計算を行なったところ、現提体が設計洪水位サーチャージ水位及び常時満水位で転倒について条件を満たしていない結果となった。

補強方法の検討と結果
 補強方法として、
@発生する引張応力に対し鉄筋で行なう。
Aプレストレスを導入することにより引張応力を解消する。
B提体を増築することにより補強する。
の3方法の検討を行った。
 その結果、@及びAによる方法は、技術面及び維持管理上の問題点が多いため、既設提体上流部にフィレット(ダムの基本三角形の上流部に設けられた三角形部分)を設け、転倒に対する安定を確保するBの方法を採用した。


増築後断面
現提体との一体化
 増築部分のコンクリート打設は、現提体への影響を考慮して、表面の石張りを撤去せずに行なうこととした。このため、新コンクリートと現提体の間知石の一体化が問題となった。増築部の接触面に発生する応力分布状態を有限要素法で解析した。また、実際に試験ブロックを打設し、引張試験とせん断試験を行い一体化について検討した。
 検討の結果、次に示す3パターンに分けてせん断補強した。
@ フーチング範囲のリフト:D25@45cm×45cmの補強筋を配置。
A フーチング天端から1リフトの範囲:D25@45cm×90cmの補強筋を配置。
B 補強筋を配置する必要のない範囲:提体の一体性及び連続性を考慮してD25@150cm×150cmの補強筋を配置。

コンクリートの打設
 フィレットコンクリートは3,300m3あり、その打設に際してはマスコンクリートとして温度応力によるひび割れに注意を要した。打設時期は真夏を避け、1回の打設量を制限した。現場の気温と打設後のコンクリート内部温度差を考慮して、冬季に打設するフィレットコンクリートは打設高さを0.75mに制限した。また、春以降は目地間隔を15mから7.5mに変更するなど細心の注意を払ってひび割れ防止に努めた。コンクリートの打設は182ブロック46回にのぼった

【景観への配慮】

 布引ダムは、表面に石積みを施し周辺の自然に調和した美しい景観を生み出している。また、平成10年12月には「登録有形文化財」に登録されていることから、増築するフィレットは現提体の景観に配慮した形状及び表面処理を兼ね備える必要がある。現提体の石積みは取り除かないことから、次のような表面処理案を検討した。


@間知石案:現提体と同様の天然矩体間知石を表面に敷設を行なう。
A石張り案:薄い天然石板を表面に敷設を行なう。
B人造石張り案:薄い人工製造した石板を表面に敷設する。
C化粧型枠案:型枠を石積み形状にして、コンクリート打設する。
 このうち@〜B案は、石材を使用するので長期間たてば下流面と同じ色調を呈するが、C案では当初の色調は合うが、経年変化があまりないので、下流面と違和感を生じる可能性がある。B案の人造石は凹凸がなく、遠景からみるとフラットな面を呈するため、下流面の石積みの景観と違和感を生じる。残りの2案については、両者とも天然石を用い、表面の凹凸も表現できることから、経済比較の結果A案を採用した。また、石張りの範囲は常時満水位以下の範囲とした。

【工事用トンネル】

 ダムへの資機材搬入路については、主として@ケーブルクレーン案Aトンネル案について経済比較を行った。その結果、以下の理由によりトンネル案を採用した。

@ケーブルクレーンの方が工期が短くなるが、経済性ではトンネルの方が約2割安い。
A貯水池堆積土の浚渫は、土砂運搬能力の高いトンネルが経済性・工期とも有利。
B大きな出水が発生した場合の復旧工事を円滑にするには大型車が走行できる管理用トンネルを将来に残すことは維持管理面でも有効である。


 トンネル断面決定時に想定した工事用車両は@大型コンクリートミキサーA10tダンプB25tクレーンC作業員用の乗用車である
 このトンネルの使用目的は@提体補強工事用の資機材搬入路A堆積土砂撤去の搬出路B工事完了後の管理用道路トンネルであり、工事完了後は一般車両及びハイカーの通行を禁止するため扉を設置し閉鎖している。

【貯水機能の回復】

 布引貯水池では過去の大水害などにより約34万m3の堆砂があり、建設当初の有効貯水量759,000 m3の半分近くが土砂に埋まっていた。このため水源機能回復のため堆積した土砂の一部の撤去を行なった。
 撤去量は、耐震補強工事を施工している間に搬出可能な量である200,000 m3とした。

土砂の堆積状況

土砂撤去後の様子
【水辺環境の整備】

 布引貯水池周辺は緑豊かな自然環境を有しており、多くの野鳥が生息している。水鳥は貯水池周辺の遊歩道から離れた貯水池右岸や人目につかない上流部で羽を休めている。しかし、近年は土砂の堆積により池底が高くなっており、水位が低下する冬には水鳥が生息する場所の水がなくなり、水鳥にとって安心して生息できる環境ではなくなりつつある。
 このようなことから、堆積土砂の撤去に当たっては、貯水位が低下する時期においても水辺を広く確保できるよう配慮することによって、野鳥のさえずりが聞こえる環境を保全し創出した。


野鳥観察所

 これまでの冬季の低水位である標高204mを基準にすると、水辺面積は約1万u増加し、冬でもほぼ貯水池全体が水に満たされることになる。特に野鳥にとってサンクチュアリといえる右岸と上流域で合わせて5,500uの水辺の増加となる。
 また、貯水池を訪れるハイカーに、より自然に親しんでいただくことと水環境保全への理解を深めていただくため、補強されたダムやサンクチュアリが見渡せる位置に野鳥観察所や休憩所を設置した。

新管理橋

【管理橋の補強】

 提体左岸にはダム創設期に施工された管理橋がある。管理橋は老朽化が著しく橋脚もひび割れが発生していたため、今回の工事で補修・補強を行なった。管理橋はダムと隣接するため布引貯水池の景観上の重要なポイントであることから、
@現行の歩道橋の設計基準を満足させる
A建設当初の部材を可能な限り再使用する
B現況の橋梁形式を極力変更せず、違和感のない補強部材を使用する
ことにより、ダム及び貯水池の景観との調和を図った。

[前ページ] [次ページ] [目次に戻る]
[テーマページ目次] [ダム便覧] [Home]