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日本にもあったスチールダム

これは、「雀の社会科見学帖」で知られる夜雀さんによる投稿です。ユニークな形式の「泉南農業公園調整池ダム」について、設計者にインタビューするなどして、詳細に紹介しています。
 
ダムと言えばその材料には石や土、岩やコンクリートが使われます。
鉄でできたダムというのは国内にはありません。

しかし、スチールダム(鋼製ダム)というものは国外ならいくつも存在します。


これはダムの名称は分かりませんが1900年初頭に出版されていた文献に載っていたスチールダムの断面図です。
鉄製の遮水板とトラスで水圧を支える構造になっています。
世界最古のスチールダムはなんと1898年竣工。
アメリカはアリゾナ州にあるというアッシュ・フォークダム。
それは100年以上経っているにも関わらず現在も貯水しているといいます。

アメリカと日本では気候も風土も災害の種類も違います。アメリカで使われる物が日本でできるかというと全てがそうではありません。

スチールダムというものは文献と写真でしか見られないんだろうなと思っていた時に日本にもスチールを使ったダムがあることが分かりました。

大阪府にある「泉南農業公園調整池」。ここにコンクリートとスチールのハイブリッドダムが在ったのです。


これが泉南農業公園調整池ダムです。写真手前に見えている水面は下流溜池の背水です。
堤高が14.9mの為、ハイダムではありません。

非常に個性的な顔をしています。下流から見ると北海道のバットレス・笹流ダムのような太い扶壁を確認できます。


しかし一番の個性は上流側に見えるこの遮水板部分。アーチ型の鋼材が連続しています。
世界最古のスチールダムであるアッシュ・フォークダムとよく似ています。

素人目にはなんでこんな個性的なデザインのダムができることになったのかさっぱり分からなかったので、このダムを設計された共生機構様にインタビューに行ってきました。




「泉南農業公園調整池ダムは正式にはどういう型式になるんでしょうか」

「鋼製マルチサスペンション型コンクリートバットレスダムです」

「長っ!」

まずこのダムの基礎データです。

ダム諸元
ダム型式 : 鋼製マルチサスペンション型コンクリートバットレスダム
堤高 : 14.90m
堤頂長 : 61.00m
上流面勾配 : 1:0.85
下流面勾配 : 鉛直
バットレス間隔 : 4.50m
バットレス厚さ : 1.50m

マルティプルアーチはバットレスの中の一つの形です。
日本ではそもそも数が少ないので分けていますが海外では全部バットレスで呼ばれます。
日本では特にスラブ式バットレスを限定してバットレスダム呼ぶことが多いです。

◆ ◆ ◆ ◆

「調整池という事ですがダムの目的は何になりますか。」

「このダムは泉南市農業公園『花咲きファーム』の開発に伴い、下流地域の洪水災害を防ぐことと土砂の流出防止を目的として造られました。」

今まで山だった場所に大規模な住宅地ができた場合、今まで山だった場所に開発の手が入りそこにあった森がなくなった場合、同じ面積に同じ量の雨が降っても、その水が下流に移動する時間は大きく変わってきます。

山であった頃には土中に染み込んでゆっくりと川に出ていた雨水も時間をおかずに川に流出するようになります。

下流河川に急激な水位上昇を引き起こさないようにまず雨水を補足して貯留し、ゆっくりと下流に流すこと。これが調整池の役割です。

※発電用ダムの調整池の定義とは別ですので混同しないようにご注意ください。

「2006年竣工の新しいダムですがどうしてこんな変わった型式を選択されたんですか。」

ダムサイト基礎地盤が堅固でなかったのです。通常のコンクリート重力式ダムで作ると地盤反力が大きくなって不経済でした。
次にフィルダムで考えたのですが底幅が凄く大きくなってしまい、限られたスペースの中では貯水容量が少なくなる上に下流にも灌漑用の溜め池があるという立地から困難だという結論に達しました。」

「最初はスタンダードな型式で検討されたんですね。」

「はい。それで重力式もフィルもダメならバットレスでどうかと検討しまして、最初はコンクリートスラブの斜壁で考えました。スラブ背面に引張部材とコンクリート打設時の支保工を兼ねた鋼板を使用した合成版の連続梁構造です。
更にコンクリートを節約して鋼材だけでも十分な強度を出せないものかと思いました。」

「それでコンクリートの扶壁に鋼製の遮水板というハイブリッド案が出てきたのですか。」

「御存じの通り、中空重力式ダムやバットレスダムはコンクリートが高価だった時代には、経済的ということで造られてきましたが、斜壁及び扶壁部分の型枠工・支保工など複雑な工程が多くあることで、現在では人件費の方が高コストになり採用されなくなっています。」


「この短所を解消すれば良いという事で、扶壁部分は打設リフト高に合わせて製作した残存型枠ブロック、遮水板は耐侯性鋼プレートを使ってハイブリッド構造にすればよいと考えたのです。」

「サスペンションアーチ形式とする事で上流の遮水壁は引張強度が大きい鋼プレート材料、その荷重を保持する扶壁部分は圧縮強度の大きいコンクリート材料とする事でそれぞれの材料の長所を生かしている訳です。」

◆ ◆ ◆ ◆

「見ていて不思議なのが遮水板の鋼材のなみなみなんですが。」

「コンクリートは圧縮に強く、鋼材は引っ張りに強いというのはご存知ですね。
マルティプルアーチの豊稔池はアーチが上流に向いて膨らんでいます。圧縮に強いように設計されています。
このダムは遮水壁が鋼製ですから引っ張りに強いように設計しなくてはなりません。なので豊稔池と逆向きの連続したアーチになっているのです。」

「なるほどー!そうか!スチールだからこの向きになるんですね。」


コンクリート製のマルティプルアーチ 豊稔池。
圧縮に強い材質なので上流側にアーチが膨らみます。

スチール製の遮水壁を持つマルティプルアーチ 泉南農業公園調整池。
引っ張りに強い材質なので下流側にアーチが膨らみます。

工事中の写真です。
こんな構造になっているんですね。
◆ ◆ ◆ ◆

「しかしもう一つ不思議なのがこの色なんですが。新滝の池も赤いですがなぜこんなに目立つ色を大阪府は採用したんでしょうか。」

「公園の入り口という事でたくさんの方の目に触れることから景観に配慮して緑に映える赤レンガ調でというコンセプトです。イメージは琵琶湖疏水の水路閣なんですが・・・」

「えっ!水路閣なんですか。私はどう見ても赤い笹流だと思ったんですが。」

「水路閣なんです。」


琵琶湖疏水 疏水分線 水路閣
田辺朔朗博士の作品

函館市水道局 笹流ダム
小野基樹先生の作品で柴田 功先生による改修
◆ ◆ ◆ ◆

その構造を、はじめなぜこの型式が選ばれたのかとても不思議だった国内で唯一(?)の鋼製マルチサスペンション型コンクリートバットレスダム
長いのでMA(マルティプルアーチの略号)に対してMSAにしませんか。MSBでもよいかなと思いますが。

ダムはその建設立地と建設コストと環境に配慮して一番良い型式が選ばれます。ハイダムでもその設計コンセプトはなかなか一般の目に届くことはなく、どうしてこの形になったのだろう、どうしてこんな構造を持っているんだろう、という疑問はダムをたくさん見ていくと湧いてくるものです。

今回は特別変わり種のダムの設計コンセプトをお聞きすることができました。
素人の興味に丁寧にお答えくださった共生機構様にお礼申し上げます。
ありがとうございました。

[関連ダム]  泉南農業公園調整池
(2011年2月作成)
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 (夜雀)
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