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島谷幸宏(しまたにゆきひろ)先生は、現在、九州大学で学生の指導にあたっておられますが、鹿児島県の川内川の鶴田ダムや新川の西之谷ダムといったダム事業では、学生ともども地域住民も参加した合意形成のあり方を探り、その過程で大型の水理模型実験に取り組むなど、洪水リスクを減じながら自然環境を考えた川づくりを行うという観点で大きな成果をおさめられました。
今回は、自然を生かした川づくりとはどのようなコンセプトに基づく川づくりなのか?や、大型模型を活用しつつ、地域住民との話し合いを重ねて得られた合意形成の事例についてお話を伺います。 (インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)
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川内川プロジェクト
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中野: ダムについては、先生が九州大学として関わることでいろいろおやりになったそうですが、例えば鶴田ダムでの川内川プロジェクトについて教えてください。
島谷: 鶴田ダムは日本では珍しい中流ダムで、非常に面白いダムです。普通、ダムというのは、そこで水を貯留すると下流に対する洪水を防ぐという働きをするのですが、中流ダムというのはそれだけではありません。下流に対して洪水を防げるから、上流での洪水防止対策もできるという特別の機能があるのです。
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どういうことかというと、河川というのは下流から順番に治水、改修をやっていくという、下流から改修という原則がありますが、ここは、盆地があって狭窄部があって盆地があってという、複雑な構造をしているので、上流部ですごく氾濫するのです。だから下流の改修が終わってからでないと、上流の改修ができないとなると永遠に改修ができないという状況になるのです。
だから中流のダムを造って下流の洪水を防ぐことによって、ある程度上流の氾濫を防ぐ施策がとれる、つまりダムで洪水を受け入れるという効果があってこそ、上流の治水安全度を上げることに寄与しているという非常に珍しいタイプのダムです。
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中野: それを住民の人に説明するのが難しかったのではないでしょうか?島谷先生が地域住民の方の説得にあたり、模型をつくって住民説明会をされたのでしょうか?
島谷: 数年前の洪水は、非常に規模の大きなもので鶴田ダムも最後まですごく頑張ったのですが、最後にはダム直下でかなりの水害が発生しました。それが、ダムが出来てから二度目の洪水ということだったので、地域住民にしたら、ダムを造った後で二度も洪水が起きるなんて許せないという状況だったのです。
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ダムが出来てからの洪水被害
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中野: ダムを造る前のお話ではなく、出来た後で洪水になった、その改修に際してのプロジェクトですね。
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島谷: そうです。当時は、洪水は人災、ダムの操作はどうだったかというような議論もあり、ダムの操作記録については、私も綿密に見せていただきました。自分がダムの管理者だったらそれだけのダム操作ができるかという視点でデータを見せて頂きましたが、まず出来ないというほど操作は完璧でした。
雨が降っている中、ある水位を超えると、ただし書き操作にはいるので、予め定められた操作ルールがない。人間が判断して操作します。上流の雨の降り方をみながら堤体の安全性を考えながらやりますが、当時の所長さんたちはあれだけの大雨が降っている中、ぎりぎりの判断をしていて、まるでハイドログラフのラインをなめるようにして操作しています。それをみて、ものすごく大変だったのだろうと思います。私は、責任がとても重いのでダムの管理所長だけはやりたくないと思います。
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わかりにくい水理計算を模型で見る
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中野: 住民向けに説明した模型実験というのは?どういうものだったのでしょうか?
島谷: ダムを造ってから水が溢れて、町の中が3mも水没した洪水被害にあっていますから、 まず不信感が先にたちます。そこで、どうやって改修して次の洪水を防ぐかという課題に取り組むのですが、ここは山があって、川が次々に蛇行していく地形です。そこで、蛇行の流れをショートカットして洪水計画水位を1m下げる、それに下流を掘削してさらに1m下げる、次に堤防を造って高さを1m上げる、合計3mの洪水防御対策とするという計画がたてられました。 しかし、蛇行している部分のすごく大きな山の横っ腹を切り拓くというプランについて、住民の方の感情にもいろいろあって、とても話し合いに入れなかったのですが、時の町長さんがたいへん立派な方で、蛇行をショートカットすることで水位が下がるということがわかりにくいということで、それを模型で見せてくれないかと要望されたのです。 そこで巨大な模型実験をする用意をして、その時に合わせて、周りの環境も一緒に良くしていくプロジェクトにしますということで、模型実験を提案したのです。 しかし、本省からは、「島谷君そんな悠長なことをやっていては、とてもこの激甚災害特別法のプロジェクト期間内では終わらないからやめろ」と言われました。普通、模型実験というと2年も3年もかかるものですから。だけど「とにかくやらせてくれ、三ヶ月で決着させるから」と言ってやらせていただきました。結果、模型実験を九州大学で請け負って、建設技術研究所の筑波の人たちにも手伝ってもらい、土台を作り、表面の成形にもこだわって木を植えたりして、ビジュアルなジオラマにしました。そうしないと住民の人にわかりづらいので、家も一軒一軒全部造りました。
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ワークショップでの理解
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中野: 住民の人は、工事事務所の人と一緒に模型実験を見たのですか?
島谷: 住民を巻き込む形で改修プロジェクトについて考えるワークショップを行うことにして、まず一回目に九州大学で模型実験をする話をし、次のワークショップで実験案の中身をみんなで考えましょうという提案したのです。 それで、10日ほどたってその実験案を決めることをしたのですが、東工大の桑子先生と、会場に向かう車中でずっと相談していて「島谷さん、中立的な人をコーディネーターにしないとだめだ」と言われ、「ならば先生お願いします」と言ったのですが「僕がするの?ネクタイも持ってきてないよ」と言われるので、「僕のを貸しますから」と言って、中立なコーディネーターとしてお願いしました。 ワークショップを始め、工事事務所が堤防の位置を示したのです。しかし、住民の人からは洪水からもう一年もたっているのに、こんなに遅く堤防案を示されても困るといってもめました。あるお母さんは今年の正月に東京からみんな親戚も来てもらって、やっぱり元の土地に家を建てようということでローンまで組んでやっているのに、今頃そんなのは何事だと…。そういう話がえんえんと続いてしまい、工事事務所が耐えられなくなって、九大に模型実験を頼んでいるから遅くなったという話をしてしまったのです。それで、堤防の案をつくるのは国交省であって、僕らは堤防に関して言ったことは一度もない、実にけしからんと僕が怒ってしまいました。 それで住民の人は、九大と国交省はどうも一体ではないと理解してくれたようで、どのような実験をやるのかについてだけ話し合いをやりましょうということになって、3つのグループに分かれてどういう実験をすれば良いか考えました。3つのグループとも同じ意見になったので、九大でその実験をしようという話になったのです。
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数千本の木々まで手づくり
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中野: そういう経緯だったのですね。模型のジオラマは相当に緻密なものだったそうですが。
島谷: 学生には相当頑張ってもらいました。模型は地形を再現するので、山に樹木を植えるのですが、これが3000本とか4000本あって、1本1本みんなが手で造るのです。実際やってみたら木には、幹と枝と葉っぱの部分があるので、それがずいぶんと小さいという話になり、後で作り直しになるから現場でよく見て調べて来なさいと言ったのですが、彼らは「いや大丈夫です」と言うのです。それで、2000本とか作って「先生出来ました」と言って来たので、水を流してみろと言ったら、計算と水流がぜんぜん合わない。ほらみろ、現場でちゃんと大きさを測って来いと言って、みんな作り直せと命じたら、ようやく現場に行って、「先生やはり違っていました」と。(笑)それからまた2000本作り直しましたが…。
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住民との合意形成に役立った模型の意味
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中野: 模型づくりは、すごく細かい作業をされたのですね。学生さんが大変でしたね。
島谷: 学生にとっては、計算して推論して、水を流して測ったので、本当に水理学の勉強になるので良かったと思います。
中野: 住民の人も模型を使って実験をやるとよくわかったのでは?
島谷: 会場には、一度に沢山の人が入れないので、住民の人には2日間に分けて来て貰いました。バスでわざわざ鹿児島から4時間もかけて来てもらって、朝から実験をしました。最初は、現在の状態で水を流して実験しました。すると氾濫して洪水になってしまい、自分の家が浸かった様子がわかる。一方、川床を掘削するなどの洪水対策をとると、「あっ、水位が下がった、下がった」とわかるのです。計算ではわからないが、実際に模型を見ると勢いよく水が流れますからよくわかります。
中野: 本物の洪水も、現実には自分の目で全部を見られないので、模型だとよくわかるでしょうね。
島谷: その実験は、地元のNHK鹿児島放送局が15分の特別番組を作って、すべてのケースを映像にまとめて、どの案だと水の勢いがどうなるというのを、一切解説することなしに、実験結果の事実を淡々と放送してくれました。それをすべての地元の人が見てくれたということです。メディアも応援してくれたおかげで、一気に地域住民の合意形成ということになり、この話し合いを始めたのが五月くらいで、九月に実験して、それから川づくりの具体的な話しに入って、景観面のこととか環境に配慮したりして、工事を進めていきました。
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自然の川は蛇行して曲がっている
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中野: 最初は、環境に配慮すると言っても、工事事務所も訳がわからなかっただろうと思います。それに、なぜ大水害の後で、どうしてこんなことをしなければならないのかと、技術屋さんも思ったでしょう。最終的には、工事事務所の人にも理解いただけた川づくりになって良かったですね。
島谷: 当初の計画では、堤防もまっすぐ、用水路もみんなまっすぐだった。しかし、自然の川を見ると、どれも蛇行して曲がっているものです。それで、直線を使うのは一切禁止だと言いましたら、最初は「えぇ〜」と驚かれました。工事事務所の人がみんなため息をついたのを覚えています。しばらくして「先生、抵抗するのはやめました」と、言ってくれました。みんなよく頑張った。 改修計画の原案の図面の中で、直線だったところが曲線に変わっています。対岸の川岸を見てください。曲がっていますね。だから、こちらだけ直線なのは変ではないかと。なぜ、定規で引いたようにするのか、手で引けと言って直してもらいました。すると、先生、蛇行をショートカットするのに、また蛇行させるのですかと言われました。ですから、山の地形は出たり入ったりしているのが自然で、それに沿って少し曲げたりした方が良いだろうと説明して、やっと分かってもらいました。
中野: やはり直線だと自然ではないのですね。インタビュー前に開催された当協会のダム施工技術講習会で、鶴田ダムの足立所長も島谷先生には、大変に汗をかいてもらいましたと、話されていました。皆さん、合意形成が出来て喜ばれたということですね。
島谷: それは途中からですね。(笑)最初は、事務所内では「面白くない案だ」とか、「実験をすると時間がかかってだめだ」と、言っておられる方もいたしたようです。それで、本省に行ってもう一度実験をさせてくださいとお願いしました。「時間がかかって大丈夫か」と言われましたが、「必ず早くやれるようにするから、実験をしないと地域住民が絶対もたないからやらせてください」と説明しました。
中野: 今はいろんな技術があるので、自然環境、そこに生息している生物に対してもっと工夫をしないといけないのですね。
島谷: それは、場所ごとに一つひとつ違うので、ダムについて一般論で議論をするのは、あまり良くはないと思います。川それぞれに特徴があり、ダムを造る場所がどういうところなのか、人や生物としては、どんな歴史があるのかまで考え抜いて、自然に負荷をかけ過ぎないという工夫をする。それで川の恵みを最大化しつつ、リスクを低減させてバランスをとるような。それが「多自然型川づくり」から名称を変えた多自然川づくりのベースになると思っています。
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