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ダムインタビュー(47)
島谷幸宏先生に聞く
「設計をする時に環境設計と治水設計を一体的にすることが一番重要なのです」

 島谷幸宏(しまたにゆきひろ)先生は、現在、九州大学で学生の指導にあたっておられますが、鹿児島県の川内川の鶴田ダムや新川の西之谷ダムといったダム事業では、学生ともども地域住民も参加した合意形成のあり方を探り、その過程で大型の水理模型実験に取り組むなど、洪水リスクを減じながら自然環境を考えた川づくりを行うという観点で大きな成果をおさめられました。

 今回は、自然を生かした川づくりとはどのようなコンセプトに基づく川づくりなのか?や、大型模型を活用しつつ、地域住民との話し合いを重ねて得られた合意形成の事例についてお話を伺います。
(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)


構造力学からなぜ川の研究に?

中野: 先生は、国交省に入られてまもなく土木研究所に行かれたそうですが、最初から川の研究をしようと思っておられたのですか?

島谷: 大学、大学院の時はずっと構造力学をやっていました。それで建設省に入るときに、川の仕事をやりたいと言い出したので先生にはなんで急に川なのかと言われました。
 構造力学というのは人間が作り出したものに対する学問領域ですが、川は自然が作ったものですから未知な部分が多々あるのではないかと思っていると説明させて頂きました。川の自然としての未知の部分に興味が湧いたので、河川研究を希望したのです。

中野: それで土木研究所に行くことになったのですか?

島谷: 入省式で辞令交付がありますが、式の前に呼ばれて、「私の都合で辞めさせてください」という辞表を書かされました。そして、いきなり山梨県庁の河川課へ出向になりました。改めて、これはすごいところに来たなと思いました。(笑)
 そこで初めて川の仕事をするのですが、実際に山梨県に行ってみると、大学で一応河川工学も習っていたのである程度は解ると思っていましたが…どういう理屈で河川計画とか、堤防の設計が出来ているのかがさっぱりわからないのです。もっとちゃんと勉強しないといけないと思い、土木研究所に行かせて欲しいと頼んだのです。

中野: 実際の河川工事がどういう理屈で出来ているかが解らない?

島谷: 山梨県の河川は急流河川で、堤防の堤体内側にも石を張るとか、護岸の根入れを2m入れるとかがわかりませんでした。土木研究所に行き、最初の配属先が都市河川研究室で、与えられた研究テーマが「都市域に望まれる河川像に関する研究」で、要は環境問題でした。当時の室長だった馬場さんといろいろ議論をする中で、「島谷君、河川環境に運動方程式と連続方程式みたいなものはないのか?」と随分と難解な宿題を出されてしまいました。
 どういうことかと言うと、河川環境に何か決まった定型的なものはないのかという問いですが、それを考えていたら室長が変わり、松浦茂樹さんになったので、改めていろいろ相談したら、河川に関わる基本的な環境問題について、時間軸、つまり歴史の観点から紐解くような訓練をしてくださったのです。

土木学会著作賞を受賞

中野: その時の研究成果として土木学会の著作賞を受賞された「水辺空間の魅力と創造」を出版されたのですか?とてもすばらしい本ですね。本の後書きを拝見しましたら、九州から北海道まで松浦さんと二人で随分歩きましたと書かれていましたが…。


「水辺空間の魅力と創造」

島谷: この本は、当時の松浦室長と2年くらいかけて、あちこちの川を歩き回って研究した成果をまとめたものです。この本は、松浦さんと私と、どちらか一人では書けなかった本です。もう随分前、30年程前でしょうか、鹿島出版会から出してもらいました。

 松浦さんは、歴史の専門家でもあり、東京大学名誉教授の高橋裕先生に学ばれた方々、宮村、虫明、大熊先生など、いわば東大のソフト系という頭脳集団の中から出てきた方で、いろいろ教えていただきました。当時、建設技術研究所の石井弓夫さんとも一緒に仕事をさせていただき、随分、河川環境についてお話を聞き、研究をしました。
 松浦さんがいらしたからこそ出来たもので、実は、彼が土木研究所から異動されてからしばらくは、自分一人では何も出来ませんでした。

中野: 川の研究は、奥が深くてすごく面白いそうですね。以前、宮村先生のインタビューでも、川の研究にはまると簡単には抜けられないほど面白いとお聞きしました。(笑)
島谷: 確かに、はまると大変。(笑)現地調査でいろんな川を巡り歩くのですが、合流地点や水神の史跡とか、そういうものを順に見ていくと、次々にいろんな話が地元から湧いてきて面白い。実はこの時のフィールドワークの経験が今でもすごく生きています。その後もいろいろと文系の先生と研究をすることになるのですが、断片的でも広く網羅的にやったことが良かったと思います。

川の研究で、はまったところ

中野: 人間の生活に水は欠かせない訳ですから、川とともに人が生きてきたという歴史があるのですね。

島谷: ここが面白いという一例で、例えば、山梨の甲府には湖水伝説といって、この地は湖だったという説があります。その後、盆地の出口が開削され、山梨の国土が開発されていったという伝説ですが、日本の盆地というのはほとんどが湖で、その水の出口を開削した伝説というのが各地にあるのです。だから多くの盆地には、蹴裂(けさき)神社というのがあるというのです。また、裂くということから、佐久という地名も盆地開削のいわれがあります。ほかにも狭窄部の窄とか、そういう由来の地名が数多くあります。
 こうした話は、おそらく縄文末期から弥生時代にかけて、米作りが始まってしばらくたってから生まれたのだと思います。その他、仏教の伝播に絡み、僧侶、例えば行基などが関わっているという説も出てきました。つまり、日本の歴史そのものは米作りが基本で非常に水との関わりが深い訳ですから、歴史を追って川を知るということは、人々の暮らしを研究するということになるのです。

中野: 川と歴史を通じて、地元の人と話ができるのですね。

島谷: 全国どこでも川辺を歩いていくと、用水の取り入れ口には、たいてい水神様が祭られていますが、そういうのを見つけると近くの人の家にいって、あの水神はどういう水神ですか?と話を聞いて回る。するとこういういわれがあって、こんな祭りがあるという話が聞けます。栃木県の那珂川で調査をしていたのですが100mも歩くと、また別の話が出てくるので、きりがないのです。こんな楽しいことをしていたらきっと研究者としてダメになるなぁと思いました。(笑)
 そうして地域の人と話をするという訓練ができました。話を聞きに行くと、うちに古文書があるから来なさいということで、家にあがって資料を拝見し、おまけにご馳走になって、いなごを食べさせて貰ったり…と。そんなことをしていると、1日2キロくらいしか調査が出来ません。那珂川の場合だと全長100キロもあるので上流から最下流までほぼ50日間かかりました。(笑)
 ある時、大きな水害があったので、松浦室長に現場に行ってきますと言って2ヶ月くらい現場に行き続けましたら、「土木研究所に出て来い、毎日出歩いているな」と怒られてしまいました。この時の川の調査では、洪水で周辺の木が倒れる訳ですが、それら一本一本がどういうふうに倒れたか、それに流されてきたゴミがどれくらいの量かというのを丁寧に調べました。それを見ると、川の流れというのは本当にすごい力だというのがよく解りました。

中野: 木の倒れ方ですか?すごくこまかなことを調べるのですね。

島谷: 川というのは、人にたくさんの恵みをもたらすと同時に、大きなリスク(洪水被害)をもたらします。日本は、水田稲作を中心として、川のそばの平地部の開発をずっと行ってきたので、それらのリスクを回避しながら、なるべく恵みを多く得ようと努力してきた歴史があります。人間の側は、リスクに対してどういうふうに回避し、また被害を受けた時には、どうやって回復すればよいのかとか様々な活動があり、水を中心とした文化が長く積み重なって社会が形成されているのです。
 川の側で言うと、洪水という大きなインパクトが自然に与えた環境で生きている生物も居て、洪水がなくなると絶滅する生物もいるのです。だから洪水というのは、ある機能を持っていて、その機能に対応していろんな生物も、人も存在している訳です。

多自然型川づくりとは、どういうものか?

中野: 建設省での、甦れ日本のふるさとの川「大地の川」の著者である関さんとの出会いについては、いかがでしょうか。

島谷: 関さんは、もともと土木研究所にいらした方で、その後、高知県の中村工事事務所の調査課長をしておられました。(財)リバーフロントセンターが出来た時に出向されて、そこの室長になられ、その時、多自然型川づくりについて講演されていました。彼がよく言っていたのは、「このままの川づくりを進めていたら、日本に良い川はなくなってしまう」ということです。1990年に建設省がこれまでの河川政策の基本となる考えを抜本的に改めて通達を出したのが、この多自然型川づくりなので、関さんだけが多自然型を提唱されていたということではないですが、彼には強い思い入れがあり、メッセージ力がありましたね。素晴らしい講演で大変感動したのを覚えています。

中野: 建設省在籍中に亡くなれたということですが、本を書かれたのは闘病中だったそうですね。

島谷: 本省の河川環境対策官をやられておられ、僕が土木研究所の室長になった頃に、ある日、関さんから病院に呼ばれまして、遺言として言うから聞けと…多自然型川づくりのことについて沢山言われましたが、まだほとんど達成していないことばかりです。


「大地の川」
川を考えるうえで、大事なこと

中野: 人間が手をいっぱい加えていったら、自然に戻せなくなるということでしょうか。

島谷: 関さんは「川には色々な神様が住んでいるので、川の自然に対して敬意をもって川づくりをしなければいけない」と、話されていました。

中野: 川は多くの恵みを与えてくれますが、それに感謝しないのはダメだということですね。

島谷: 彼が言いたかったことの一つは、里の風景というか、古来からずっと続いている日本の水辺の風景というのを残していかなければいけないというのと、それを、次の世代に継承していかねばならないという考え方。それと同時にもう一つ、人間以外の生物も住んでいる川の環境というものに対して、人間の都合だけで川をいじるということに対して警鐘を鳴らすということ。多自然型川づくりというものの本質は、そういうことだと思います。
 環境問題でも、人間側にとっての環境、景観だとか水辺で遊ぶとか、人間だけの考えだけでなく、人間以外の生き物にとっての環境とはどういうものかも考えねばならないということなのです。これは20世紀に対する反省でもありますが、人間も自然界の一部で、自然界をコントロールすることに対する反省から多自然型川づくり、自然再生というテーマが出てきているのです。行き過ぎた人間の自然に対する関与が、ひいては地球温暖化などという大きな問題にも繋がっていくのですが、その一つの解決策として、今、川のレストレーション(restoration=回復、復興、再興)の動きが世界中で起こっています。これは、決して日本の川だけでの問題ではありません。それだけ、川と人との関わりは深いのです。


川と人間の暮らしの関係、どうとらえるか?

中野: 人間の文明は川とともにあるというのは解りますが、一方で、滅びた文明があるというのは川の環境を悪くしたということですか?

島谷: 人間が川を収奪した場所は滅びています。メソポタミア文明もそうですが、イースター島も、森林伐採で環境が破壊されて、5千人くらい住んでいたのが100人くらいにまで減ってしまった。小さな島ですから、生えていた木がなくなり一回表土が流出してしまうと、森林として再生しないのです。大きな材木が取れなくなり、結果、船が造れなくなり、漁ができなくなり、そういう悪循環が起きてしまうのです。川は人間の暮らしと密接に関わっています。

中野: 日本の川は短く、急流が多いので、人間がかなり多くの手を掛けていますが、海外ではどうですか?

島谷: 最近、各地で大きな水害が発生しています。そこで欧州などでやっているのは、なるべく自然再生と洪水管理というのを一体化させて、水が出やすい土地については、なるべく氾濫するような土地として確保していくという、自然の再生と洪水のコントロールを、広く、面的にやっていこうという動きが世界的な動きです。
 日本の川やダムもそういう問題に直面する時代になってきているのではないかと心配しています。現実に、計画水位以上の洪水が起きるダムもたくさん出て来ました。去年の九州北部豪雨とか和歌山奈良豪雨、新潟豪雨とか…。その前の奄美大島の豪雨とかは、計画水位を完全に超える規模になっています。
 最近の気象は、ひとたび雨が降れば極端に短時間に多く降るなど、豪雨の時代に入っていると考えて良いと思います。日本でも、災害復旧の現場では、完全に川の中だけで水をコントロールできないので、輪中堤防のようにして人が住むところだけは守りますよと、そういう災害復旧の考え、方法をとり始めているのです。ただ、これも多くの住民合意、意識の共有がなければ実現しないものなのですが…。

ダムを取り巻く環境について

中野: 日本では川という川にダムがあり、自然破壊だとも言われますが。先生にとってダムはどういう存在ですか?

島谷: ダムは、水を有効に利用するという意味では非常に重要で、基本的には利水のものなのですが、やっぱり洪水の時の水を溜めてくれて溢れないようゆっくり流すという機能が、人間にとっては必要不可欠な施設です。とくに近代になってから、ダムで人間が洪水をコントロールするという考えが出てきて、より多目的になりました。

中野: 最近では、治水の形としては、できるだけダムに頼らない考え方をするようになりましたが…。

島谷: これまで、日本人は川について何をやってきたか。リスクと恵みのマネージメントをする。バランスをどうとるかという意味では、ダムもその一つの有効な装置だと思います。ただ、あまりにもダムを多く、どこの川にも造ってしまうと恵みの方が少なくなるのです。
 つまり、川の自然環境というものに対して恵みの部分は大きいので、必要なところにはダムを造るが、そうでない場所にはあまり造らないようにしておかないと…。ダムをつくらないというような川があっても良いと思います。

川内川プロジェクト

中野: ダムについては、先生が九州大学として関わることでいろいろおやりになったそうですが、例えば鶴田ダムでの川内川プロジェクトについて教えてください。

島谷: 鶴田ダムは日本では珍しい中流ダムで、非常に面白いダムです。普通、ダムというのは、そこで水を貯留すると下流に対する洪水を防ぐという働きをするのですが、中流ダムというのはそれだけではありません。下流に対して洪水を防げるから、上流での洪水防止対策もできるという特別の機能があるのです。


鶴田ダム(再開発工事中)

 どういうことかというと、河川というのは下流から順番に治水、改修をやっていくという、下流から改修という原則がありますが、ここは、盆地があって狭窄部があって盆地があってという、複雑な構造をしているので、上流部ですごく氾濫するのです。だから下流の改修が終わってからでないと、上流の改修ができないとなると永遠に改修ができないという状況になるのです。

 だから中流のダムを造って下流の洪水を防ぐことによって、ある程度上流の氾濫を防ぐ施策がとれる、つまりダムで洪水を受け入れるという効果があってこそ、上流の治水安全度を上げることに寄与しているという非常に珍しいタイプのダムです。
中野: それを住民の人に説明するのが難しかったのではないでしょうか?島谷先生が地域住民の方の説得にあたり、模型をつくって住民説明会をされたのでしょうか?

島谷: 数年前の洪水は、非常に規模の大きなもので鶴田ダムも最後まですごく頑張ったのですが、最後にはダム直下でかなりの水害が発生しました。それが、ダムが出来てから二度目の洪水ということだったので、地域住民にしたら、ダムを造った後で二度も洪水が起きるなんて許せないという状況だったのです。

ダムが出来てからの洪水被害

中野: ダムを造る前のお話ではなく、出来た後で洪水になった、その改修に際してのプロジェクトですね。



島谷: そうです。当時は、洪水は人災、ダムの操作はどうだったかというような議論もあり、ダムの操作記録については、私も綿密に見せていただきました。自分がダムの管理者だったらそれだけのダム操作ができるかという視点でデータを見せて頂きましたが、まず出来ないというほど操作は完璧でした。

 雨が降っている中、ある水位を超えると、ただし書き操作にはいるので、予め定められた操作ルールがない。人間が判断して操作します。上流の雨の降り方をみながら堤体の安全性を考えながらやりますが、当時の所長さんたちはあれだけの大雨が降っている中、ぎりぎりの判断をしていて、まるでハイドログラフのラインをなめるようにして操作しています。それをみて、ものすごく大変だったのだろうと思います。私は、責任がとても重いのでダムの管理所長だけはやりたくないと思います。
わかりにくい水理計算を模型で見る

中野: 住民向けに説明した模型実験というのは?どういうものだったのでしょうか?

島谷: ダムを造ってから水が溢れて、町の中が3mも水没した洪水被害にあっていますから、
 まず不信感が先にたちます。そこで、どうやって改修して次の洪水を防ぐかという課題に取り組むのですが、ここは山があって、川が次々に蛇行していく地形です。そこで、蛇行の流れをショートカットして洪水計画水位を1m下げる、それに下流を掘削してさらに1m下げる、次に堤防を造って高さを1m上げる、合計3mの洪水防御対策とするという計画がたてられました。
 しかし、蛇行している部分のすごく大きな山の横っ腹を切り拓くというプランについて、住民の方の感情にもいろいろあって、とても話し合いに入れなかったのですが、時の町長さんがたいへん立派な方で、蛇行をショートカットすることで水位が下がるということがわかりにくいということで、それを模型で見せてくれないかと要望されたのです。
 そこで巨大な模型実験をする用意をして、その時に合わせて、周りの環境も一緒に良くしていくプロジェクトにしますということで、模型実験を提案したのです。
 しかし、本省からは、「島谷君そんな悠長なことをやっていては、とてもこの激甚災害特別法のプロジェクト期間内では終わらないからやめろ」と言われました。普通、模型実験というと2年も3年もかかるものですから。だけど「とにかくやらせてくれ、三ヶ月で決着させるから」と言ってやらせていただきました。結果、模型実験を九州大学で請け負って、建設技術研究所の筑波の人たちにも手伝ってもらい、土台を作り、表面の成形にもこだわって木を植えたりして、ビジュアルなジオラマにしました。そうしないと住民の人にわかりづらいので、家も一軒一軒全部造りました。

ワークショップでの理解

中野: 住民の人は、工事事務所の人と一緒に模型実験を見たのですか?

島谷: 住民を巻き込む形で改修プロジェクトについて考えるワークショップを行うことにして、まず一回目に九州大学で模型実験をする話をし、次のワークショップで実験案の中身をみんなで考えましょうという提案したのです。
 それで、10日ほどたってその実験案を決めることをしたのですが、東工大の桑子先生と、会場に向かう車中でずっと相談していて「島谷さん、中立的な人をコーディネーターにしないとだめだ」と言われ、「ならば先生お願いします」と言ったのですが「僕がするの?ネクタイも持ってきてないよ」と言われるので、「僕のを貸しますから」と言って、中立なコーディネーターとしてお願いしました。
 ワークショップを始め、工事事務所が堤防の位置を示したのです。しかし、住民の人からは洪水からもう一年もたっているのに、こんなに遅く堤防案を示されても困るといってもめました。あるお母さんは今年の正月に東京からみんな親戚も来てもらって、やっぱり元の土地に家を建てようということでローンまで組んでやっているのに、今頃そんなのは何事だと…。そういう話がえんえんと続いてしまい、工事事務所が耐えられなくなって、九大に模型実験を頼んでいるから遅くなったという話をしてしまったのです。それで、堤防の案をつくるのは国交省であって、僕らは堤防に関して言ったことは一度もない、実にけしからんと僕が怒ってしまいました。
 それで住民の人は、九大と国交省はどうも一体ではないと理解してくれたようで、どのような実験をやるのかについてだけ話し合いをやりましょうということになって、3つのグループに分かれてどういう実験をすれば良いか考えました。3つのグループとも同じ意見になったので、九大でその実験をしようという話になったのです。

数千本の木々まで手づくり



中野: そういう経緯だったのですね。模型のジオラマは相当に緻密なものだったそうですが。

島谷: 学生には相当頑張ってもらいました。模型は地形を再現するので、山に樹木を植えるのですが、これが3000本とか4000本あって、1本1本みんなが手で造るのです。実際やってみたら木には、幹と枝と葉っぱの部分があるので、それがずいぶんと小さいという話になり、後で作り直しになるから現場でよく見て調べて来なさいと言ったのですが、彼らは「いや大丈夫です」と言うのです。それで、2000本とか作って「先生出来ました」と言って来たので、水を流してみろと言ったら、計算と水流がぜんぜん合わない。ほらみろ、現場でちゃんと大きさを測って来いと言って、みんな作り直せと命じたら、ようやく現場に行って、「先生やはり違っていました」と。(笑)それからまた2000本作り直しましたが…。
住民との合意形成に役立った模型の意味

中野: 模型づくりは、すごく細かい作業をされたのですね。学生さんが大変でしたね。

島谷: 学生にとっては、計算して推論して、水を流して測ったので、本当に水理学の勉強になるので良かったと思います。

中野: 住民の人も模型を使って実験をやるとよくわかったのでは?

島谷: 会場には、一度に沢山の人が入れないので、住民の人には2日間に分けて来て貰いました。バスでわざわざ鹿児島から4時間もかけて来てもらって、朝から実験をしました。最初は、現在の状態で水を流して実験しました。すると氾濫して洪水になってしまい、自分の家が浸かった様子がわかる。一方、川床を掘削するなどの洪水対策をとると、「あっ、水位が下がった、下がった」とわかるのです。計算ではわからないが、実際に模型を見ると勢いよく水が流れますからよくわかります。

中野: 本物の洪水も、現実には自分の目で全部を見られないので、模型だとよくわかるでしょうね。

島谷: その実験は、地元のNHK鹿児島放送局が15分の特別番組を作って、すべてのケースを映像にまとめて、どの案だと水の勢いがどうなるというのを、一切解説することなしに、実験結果の事実を淡々と放送してくれました。それをすべての地元の人が見てくれたということです。メディアも応援してくれたおかげで、一気に地域住民の合意形成ということになり、この話し合いを始めたのが五月くらいで、九月に実験して、それから川づくりの具体的な話しに入って、景観面のこととか環境に配慮したりして、工事を進めていきました。

自然の川は蛇行して曲がっている

中野: 最初は、環境に配慮すると言っても、工事事務所も訳がわからなかっただろうと思います。それに、なぜ大水害の後で、どうしてこんなことをしなければならないのかと、技術屋さんも思ったでしょう。最終的には、工事事務所の人にも理解いただけた川づくりになって良かったですね。

島谷: 当初の計画では、堤防もまっすぐ、用水路もみんなまっすぐだった。しかし、自然の川を見ると、どれも蛇行して曲がっているものです。それで、直線を使うのは一切禁止だと言いましたら、最初は「えぇ〜」と驚かれました。工事事務所の人がみんなため息をついたのを覚えています。しばらくして「先生、抵抗するのはやめました」と、言ってくれました。みんなよく頑張った。
 改修計画の原案の図面の中で、直線だったところが曲線に変わっています。対岸の川岸を見てください。曲がっていますね。だから、こちらだけ直線なのは変ではないかと。なぜ、定規で引いたようにするのか、手で引けと言って直してもらいました。すると、先生、蛇行をショートカットするのに、また蛇行させるのですかと言われました。ですから、山の地形は出たり入ったりしているのが自然で、それに沿って少し曲げたりした方が良いだろうと説明して、やっと分かってもらいました。

中野: やはり直線だと自然ではないのですね。インタビュー前に開催された当協会のダム施工技術講習会で、鶴田ダムの足立所長も島谷先生には、大変に汗をかいてもらいましたと、話されていました。皆さん、合意形成が出来て喜ばれたということですね。

島谷: それは途中からですね。(笑)最初は、事務所内では「面白くない案だ」とか、「実験をすると時間がかかってだめだ」と、言っておられる方もいたしたようです。それで、本省に行ってもう一度実験をさせてくださいとお願いしました。「時間がかかって大丈夫か」と言われましたが、「必ず早くやれるようにするから、実験をしないと地域住民が絶対もたないからやらせてください」と説明しました。

中野: 今はいろんな技術があるので、自然環境、そこに生息している生物に対してもっと工夫をしないといけないのですね。

島谷: それは、場所ごとに一つひとつ違うので、ダムについて一般論で議論をするのは、あまり良くはないと思います。川それぞれに特徴があり、ダムを造る場所がどういうところなのか、人や生物としては、どんな歴史があるのかまで考え抜いて、自然に負荷をかけ過ぎないという工夫をする。それで川の恵みを最大化しつつ、リスクを低減させてバランスをとるような。それが「多自然型川づくり」から名称を変えた多自然川づくりのベースになると思っています。

九州は水害が多いから研究しがいがある

中野: 九州大学では、数多くの川のフィールドワークをやっておられるのですね。

島谷: 九州はとにかく水害だらけなので、起こる度にやっています。九州の人は、がんがん言いますからね。みんなが喜んでくれるのは嬉しいですが、私はいつも大変な思いをしています。今も、熊本の白川や黒川などのアドバイザーをやっています。九大で模型を作って地元に行って、私が説明をします。
最近では、技術者倫理の問題とかも考えています。技術者がこちらの案の方が良いと解っているのに、周りの雰囲気に流されて言うべきことを言わないというのは、技術者として間違っているのではないかと思う訳です。やはり技術者として正しいと思うことは、多少いろいろな人から批判があっても言わないといけない。例え、行政と対立することであっても、いろんな人のことを解りながら言うべきことを言っていくことは大切なことではないかと思っています。当時のワークショップの写真を見ると、堅い雰囲気ですが、これを見るとつらかった時の事を思い出します。(笑)

中野: すごく精密な模型なんですね、本物みたいです。大きさはどれくらいですか。

島谷: 縮尺は200分の1ですね。木の枝の長さまで測りました。これで景観設計していく訳です、水の流れがわかるように。対岸から見て、先ほどの図面と同じものを作ってどういうふうに見えるかということです。実際の堤防はこの模型のとおり出来ています。

川そのものの環境を守り、人間の暮らしを守る

島谷: 川内川の上流にある曾木の滝の分水路ですが、これも地形に沿って曲げたのです。そうしたら土工の量が3割減りました。

 曾木の滝の分水路は、基本的な考え方とか水の流れとかは、九大が担当して、細かいデザインについては熊本大学の小林先生のチームがやりました。その現場からは、大きな石がたくさん出てきたので、それを下流にもって行って使っているのです。だから、石をたくさん使ってすばらしいものが出来ました。2012年にグッドデザイン賞のサステナブルデザイン賞を受賞しました。石積でとても綺麗です。でも災害復旧事業ですよ。
 曾木の滝の分水路の固定堰は、下流の環境を守るために設けたものです。なるべく多くの水を本流に流してやらないと本流の環境が守れない、環境のための堰なんです。あれも国総研の藤田さんが石を磨けというのでグラインダーをかけて磨いているので凄く綺麗です。いずれ世界遺産になるのではないかと思うくらい、昔に出来た構造物みたいな感じがします。石造りなので、出来たばかりの感じではないです。国交省の足立局長も見にいらして、「島谷君いいものを作ったね」と言われました。上からみると分水路は曲がっています。


曾木の滝の分水路
中野: そういう設計思想が多自然型なんですね。

島谷: そうですね。なるべく自然環境に影響を与えないような人工構造物を造る、地形に沿ってなるべく無理をしないで、設計をする時に環境設計と治水設計を一体的に設計することが一番重要なのです。後から景観をやりましょうとか言って、デザインを足したりするのは良くないですね。それだと、綺麗なものができないです。
 先ほどもいいましたが、地形に沿って川を造ると、土工量も減ってコストも下がっています。護岸のコンクリートも控えて作らせる、前の部分に土を被せるので護岸コンクリートの面積が減るという訳です。

中野: 確かに、相当古い昔のダムなんかは土木遺産にもなっています。自然に対して何か無理には作っていないような感じがします。新しい年代のダムで、そんな設計思想に近いものはありますか。

西之谷ダム湖の、ビオトープ設計


ダム湖のビオトープ(西之谷ダム)

島谷: 西之谷ダムというのがあります。鹿児島県の新川は、鹿児島市内を流れる都市河川ですが、その上流部に今年完成した西之谷ダムという穴あきダムがあります。これは、流水調節型のダムですが、そこの上流のダム湖のビオトープ設計をしました。出来たものは、すごくすばらしいですよ。ダムを造る前よりもずっと自然環境が豊かになりました。

 西之谷ダムの法面は棚田のイメージになっています。最初のオファーでは法面の景観設計をして欲しいという事だったのですが、普通に法面を斜めにすると草が生えて維持管理に手間がかかるので、湧き水が出るからその水を溜めようと…。水が溜まっていると水が植物を管理してくれますから。

中野: まさに発想の転換ですね。
島谷: あまった石などは溜まった水の中に入れておけば、生き物が住むし非常にいいということです。川も護岸整備しなくてもそのままにしておいて、土木工事をするのだから、浅く掘っても容量は一緒なのでコストもかわらない。

中野: つまり、初めから考えてやればうまくいくのですね。きれいなダム貯水池のビオトープですね。

島谷: 西之谷ダムは、鹿児島市内にあります。鹿児島駅から車で30分もかからない。毎年、下流部は溢れていますから、治水上効率の高いダムです。これで水質はものすごくよくなると思いますよ。上流では酪農をやっていますから、少し汚いと思いますが、ここで全部浄化されると思います。ダムをつくると環境が悪くなるといいますが、このダムは全く常識に反しています。

人工の力よりも、自然の力をいかに使うか?

中野: 自然のことを考えて造れば、良いものができる例ですね。

島谷: ダムも清流バイパスを作れば下流の水は綺麗になるし、湿地を造れば水質もよくなる。鹿児島県もよくやってくれたと思います。今は、こういうことは世界的な流れで、今まで治水とか環境とかバラバラでやっていたのですが、インテグレート(融合)リバーマネージメントだとか、エンバイアロンメント(環境)ベースドリバーマネージメントとか、要するに治水と環境を別々ではなくて一緒に良くしましょうという発想にだんだんなって来ているんです。
 日本では、自然再生というとなぜか自然ばかりですが、それは非常にナンセンスだと思っています。というのも、ダムの上流には大きなビオトープができますから、ダム事業も予め地域の環境計画論の中に入れおくような枠組みを、アセスメント(事前評価)の段階で組み込んでおくと良いのです。
 川の防災については、事前に大きく備えることがなかなか難しいので、もしも災害が起これば、それはかえって川にお金を投入する機会となるので、単なる災害復旧ではなく、将来を見越した社会資本として整備しましょうという概念に向かおうとしています。
 これは、川内川のプロジェクトがいい例で、現実は災害になって大変なんだけど、みんなで合意形成して乗り越えて、さらにいい町ができるきっかけとして、災害を使いましょうというところまで川づくりの考え方は来ているということをわかっていただきたいと、強く思います。

川の活かし方としての小水力発電


五ヶ瀬町の波帰小水力発電施設

島谷: 今は、中山間地の村落が過疎化して森林が荒廃しているという課題がありますが、それを救えるのが中小水力発電を核とした、自然エネルギー開発である可能性が極めて大きいと考えています。
 川には水利権があって、規模の小さいものはなかなか、外部の人達は手を出すことが出来ないということがあります。そこが極めて重要で、逆に見れば、それこそが地域に残されている貴重なエネルギー資源なのです。しかし、心配になるのは日本中の大きな資本がそうした地域の小さな電力まで取ってしまわないようにしなければと思っています。そのために、出来れば地域の人にお金を出して貰って、自らの発電所を造ることを勧めているのです。

中野: 地元で発電すれば、電気代だけでも地域内で循環するということですね。
島谷: その通りですが、別の話題もあります。小水力の仕事をやっていてわかることは、日本の産業構造とか、日本が抱えている課題が浮き彫りになって見えてくるのですが、実は今、小水力発電の装置を造ることが次第に出来なくなって来ていることの方が問題です。
 小水力の発電機械は、大量生産品ではなく一品生産で、すべて川の状態に合わせて造っていくような技術です。たとえばペルトン水車は、簡単な仕組みで、お椀のような形をしたもの(ペルトンホイール)で水車を回すことで発電していくのですが、これがごく少量だとコストが高すぎて、事業化しようにもまったくペイ出来ないレベルです。でも、ヨーロッパではまだそれが出来る職人さんがいるのでペイ出来ているのです。
 日本でも50年くらい前は、小水力はどこの村でもやっていたことなので、そういったことが出来る人が地元におられたのですが、今は誰もいなくなりました。だいたい高度経済成長期以降、日本ではどんどん専門分化する社会になってきて、どういう分野にもスペシャリストは沢山いるが、つぶしの効く総合性のある人材が居なくなりました。
 例えば、土木の世界でも河川と管路と両方設計できる、総合土木がわかる技術者が意外といないということです。言葉は悪いですが、ある課題に対して、専門的に突き詰めるというのではなく、どことなくいい加減に、総合的に渡り合って最適解が導ける人が減っているということです。(笑)
 今の日本の産業構造の中で、これから本当の先進国になっていくためには、付加価値が高く、一品手造りという分野をある程度作って育てていかないと、何でも大量生産、大量消費というマスプロダクツだけでは、いずれ途上国に負けてしまうので、その辺の産業構造のあり方にまつわる問題点が、小水力発電をやっているとすごくよく見えてくるのです。

中野: 何でも屋さんのようなイメージでしょうか?何か、村の鍛冶屋さんのような方でしょうか?

島谷: ある意味そうです。村の鍛冶屋さんは鍋釜などの生活道具から、農機具、武具まで、ありとあらゆる鉄の道具を作ることが出来ました。
 日本の産業界は、近代化の流れの中で製造ラインの機械化を進めることで、大量生産、大量消費型の技術体系を発展させてきただけに、小水力みたいな一品主義の物づくりを維持することができていません。
 小水力発電は、言ってみれば規模は小さいけれどダムと同じで総合土木なんです。水を取るところは土木工学、河川工学に近いもので、管路の設計は上水道、下水道で土木工学、水車は機械工学で、電気の部分は電気・電子工学の集合体です。それから、水利権協議、地域住民との合意形成、行政課題…そういうことをトータルでやれるというダム技術者のような人材が全く居ないのが問題なのです。

小水力発電が広がれば、ダムのイメージが変わる

島谷: 世の中の関心が集まらないのは、ある程度仕方がありません。一般の人は、危機に際して大きな期待を持つ訳ですから、古くからある水力発電よりも、実績がなくても目新しい太陽光とか風力、地熱発電とかに期待を寄せてしまうのです。
 だから、今やっているダムの維持流量を活用した小規模発電も、地域の人からお金を集め、その地域のために使うということを、ダムの運営管理者の人がなるべく心掛けていただけると、すごく喜ばれると思います。
 日本の河川の水利権行政の発展をみると、明治の初めに河川法が成立して、その後、発電事業が起きることによって、受益者とその土地の人との距離がだんだん開いてしまった。
送電する電気を利用するのは、ダムの下流の人で、川の上流に出来る地域には目に見えるメリットがないということで、水利権行政が非常に複雑化してしまった。それが、昭和39年の河川法改正につながって、多目的ダムの制度が出来て、日本の高度経済成長と相まって、ダム、人工構造物の増加という潮流を作り出したのです。もしもその時代のダムがなかったら、現在の水の需要も賄えていないし、日本の近代化にとって非常に重要なエネルギーも賄えなかったことは事実です。小水力発電は、その潮流を少しもとに戻すのですから、少し解りにくい面があります。


中野: ある意味、ダムの水は、まさに貯金そのものなんですね。

島谷: 水を貯めることがどれくらい大切かということは、小水力発電をやることによって一般の人にもすごく良く解るはずです。例えば、太陽光発電は天候により、1年間におよそ1000時間しか動かないのですが、小水力だと6500時間〜7000時間動くので、太陽光の5倍から7倍のパワーを持っています。
 実は100KWの小水力発電は、メガソーラーと同じパワーを持っているということをご存知ですか?それも、一日中動いているので馬鹿になりません。そこで小水力を活用したいのですが、全国でコストの問題など様々な課題があります。1年間でせいぜい20ヶ所程しか導入することができません。全国では適地が2万ヵ所あると言われていますから、今のペースで全て導入するには千年くらい。それほど、小水力を普及させるには時間がかかるのです。なぜ、導入が早まらないかというと、実は法的に様々な規制があるということと、日本の技術体系がそちらの方向にまだ向いていないということです。だたし非常に将来性があって可能性はあると思います。

雨水貯留の「市民ダム」で水を貯める

中野: 以前、高橋裕先生のご自宅には雨水貯水装置がついていて、雨は全部溜めているということをお聞きしました。まるで家がダムのようですね。

島谷: だいたい60坪の敷地に降る雨量は、1年間に一軒の家が使う水の量と一緒なんです。本来は自給できる位の雨が降っていることになりますが、短時間に大量に降る豪雨になると処理が大変難しいので、そこまではやらなくて、もせめて1/3でも水を溜めると、大きく社会は変わってくると思います。
 おそらく都市洪水は、激減すると思います。下水管、雨水管がいらなくなる時代が来る可能性があります。ドイツの先進的な都市ではもう汚水管だけで雨水管はありません。もともと雨量が少ないこともありますが、地中に浸透させて貯留するようにしています。だから、水処理、下水処理も治水、利水などを一体化したようなトータルマネジメントにいくのではないかと思います。ダムも水が余ったら、それを発電に使うとか、柔軟な水のマネージメントができるはずなんですが…。なかなか柔らかくはなりません。

中野: 柔軟な考え方ができる人が、少ないような感じですが。

島谷: 家庭で雨水を溜めるというのは、いずれそうなると思います。建築学会では、今家一軒について6トンの水を溜めるような規格を、住宅設計の標準にしようということを検討中です。この6トンというのは、車一台の駐車スペースの真下に1メートルの深さのものを掘れば良いのです。基礎と一体化させれば、それほどコストもかからず実現するのですが、まだまだそういう発想が浸透していません。

中野: できるだけ早く、そうしたアイデアが実現されるようにしないといけないですね。



島谷: 都市の水問題は、非常に大きな問題で、洪水処理、ヒートアイランドの環境問題、緊急時の水処理問題などがあり、どれも難しい問題です。それらを解決するには、水管理の考え方を少し変えてみてはどうかと思っています。

 もちろん、ダムのように大規模なもので水を溜めてあるところは非常に重要ですが、それと同時に、各家庭で水を溜める雨水貯留のための「市民ダム」のような、分散型の水の供給のシステムを組み合わせて考えていくべきと思っています。
 そうすることで、今後ダムはイメージが良くなっていくと思います。小水力発電とか、それぞれの人が家に水を溜めるとかいうようなことで、水の重要性に改めて気づいていくのではないかと思います。

中野: 現状でも、飲める水をトイレで使っていますからね。
島谷: 江戸時代の安政の大地震の時などは、被害にあった人を助けるためにお救い小屋ができて、地方から塩とか米とかの物資が集まってくるのですが、飲料水を集めたという記述は一切ありません。そうした震災の時でさえ、昔は水に困らなかった。それが、飲み水で困るようになったのは、関東大震災が最初です。
 つまり、上水道が整備されてから大規模な断水がおきました。トイレの問題が出てくるのが1970年代の宮城県沖地震で、下水道がその頃かなり普及し始めていて、地震が起きるとトイレにいけなくなるというのが顕著な問題になりました。阪神淡路大震災では、トイレが使えずに困りました。水洗トイレは水がないとまったく使えません。それで、家の中に水を溜めようということが言われるようになりました。飲み水の缶詰が出来たのは、新潟地震の時です。やがてペットボトルの水の販売が許可されるのが、阪神淡路大震災の後になってから。こうして震災を契機に水の問題がいろいろと起こりました。

若手の土木技術者に向けてのメッセージ

中野: 土木技術に関わる若い技術者や学生に対して、先生はどういうメッセージを贈りますか?

島谷: 建設省、土木研究所を経て、なぜ僕が大学に行ったかというと、結局は人を育てるためです。自身でいろんな活動をやっていても人を育てないと、一人でやっていると限界があるのです。今、僕がやっている仕事は実は学生にとってとても魅力があるはずです。
なぜかというと、川の環境を蘇らせることができて、治水の問題と密接に係わっていてすごく夢があるのです。ただ現実としては、そういう夢にマッチして就職する会社が少ないというのが課題なのです。
 ですが、土木の仕事というものは、昔からなくなったことがありません。社会が変わる時は必ず必要ですし、例えば、これから日本は人口が減って行くという時代を迎えますが、今までの社会インフラを維持管理し、補修するものは直し、造り変えていかなくてはいけません。例えば、ブラウン管方式のテレビを今後も修理して使うかというと、液晶テレビを購入した方がいい場合もあるのです。
 そういう意味では、今の土木技術が、維持補修ばかりのイメージになるのは非常に良くなくて、古くなったものは更新するという考えで、新しく造り変えて国土構築をすべきものと両方があるのです。
 先ほどの水の問題で言ったら、水の管理のシステムの根っこを変えれば、ダムの役割も当然変わって来るし、新たに水を溜めるような仕組みも必要となってきます。社会の変化に対応して、国土を造り変えていくということは、人類の歴史の中でもずっと昔からやってきているもので、全く終わりがないものです。その時々の社会に適応したものに変えていかなくていけないのです。だから、仕事としては非常に魅力的で面白いはずです。若い人達は魅力を感じているし、夢がある世界だと解っています。

社会を変えていくような発想力が必要

中野: つまり技術を磨くだけでなく、社会の方からも変わらないと…。

島谷: 社会は、いずれ変わりますからそうは言いません。むしろ、変わるべきは私たちの意識で、私は以前から彼らにベンチャーをやりなさいと言っています。日本がアメリカに徹底的に負けている点は、ベンチャー企業の力です。日本からは、マイクロソフトもアップルもドロップボックスもエバーノートのような企業も出てきていないし、そういう本当に新しい、革新的なものはまったく出てきていないのが問題です。
 だから、本当に優秀な人は、老舗の大企業ではなく、新しい分野を切り開くベンチャー企業に入ってもいいし、自分で起業してもいい。常にイノベーション(技術革新)をやっていくようなそういう人になっていってもらいたいです。
 今は、今までの構造とは違う方向に社会が大きく変わる時期に来ているのです。人口は減少し、なおかつ高齢化が進むという、日本のような社会は世界でも始めてのケースなのです。それは、逆に言うと、日本が世界のトップランナーになれるチャンスなんです。ダウンサイジングの社会は、今のものをただ縮小させればいいということではなくて、そこには新たな技術開発が必要であり、イノベーションが求められ、今までとは違う形のものを造って行くんだということを、大人がメッセージを発して、若者がそれに答えて欲しいと思っています。

リスクを恐れるな

中野: 今は、日本社会全体がリスクを回避している方向に気が向いているのですね。東日本大震災があって、何か変わるかなと思っていたのですが…。

島谷: 一つのチャンスだったんですが、変わりきれませんでした。でもまだチャンスは続いています。だから、若い人は夢を持って欲しいし、夢は作るものですから、誰でも夢を描いてそれにチャレンジして欲しいと思います。
 自分ができることは小さいことですが、川内川の件でも直線を使わないという、ちょっとした決断一つで大きく物事が変わっていくのです。
 もしも誰か、何か課題があって悩んでいるとして、そこを解決に向けて強引に突破できるかどうかが非常に評価されるところですが、考えている途中は何をやっているのかと批判されても、そこを我慢して最後までやり切れるかどうかということが大切です。やり抜くためには強い意志が必要ですし、様々な角度から課題を解決するだけの豊富な知見も必要です。だから、たくさん勉強して、経験して、それを自らのものにしていく、そうして自分を育てていくような逞しさが理想です。そうした、自分力のある人材を育てていかなくてはいけないと思っています。また、そういう人が伸びていくことを認めていく社会にしないといけないと思っています。


中野: 本日は、貴重なお話の数々をありがとうございました。
 ますます新しい川づくりの方向性、多自然の川について興味が湧きました。


(参考) 島谷幸宏先生 プロフィール

島谷 幸宏 (しまたに ゆきひろ)

1955年 山口県生まれ
建設省土木研究所、九州地方整備局の武雄河川事務所長を経て、
現在 九州大学 教授。

専門は河川工学、河川環境.近年取り組んでいる研究は多自然川づくり、自然再生、災害復旧後の河川整備、東北の震災復興、川の風景デザイン、流域全体での水循環系の保全、中国太湖の環境保全、合意形成手法の確立、技術者の技術力向上などをテーマに精力的に取り組んでいる。最近は小水力発電施設の導入の研究も始めた。基本的にプロジェクトベースの研究である。性格は陽気でおおらか。趣味は川で調査すること、おいしいものを食べること。

これまでに関係した主な河川をあげると埼玉県黒目川(桜並木でもめました)、神奈川県境川(蛇行と河畔林でもめました)、多摩川宿河原堰(美しいデザインでしょう)、多摩川河原の復元、霞ヶ浦や宍道湖の湖岸の再生、佐賀県松浦川アザメの瀬湿地再生、宮崎県北川激特事業、宮崎県大淀川河畔地区景観整備など多数。

著書に水辺空間の魅力と創造(共著)、河川風景デザイン、河川の自然環境の保全と復元、エコテクノロジーによる河川・湖沼の水質浄化,私たちの「いい川・いい川づくり」最前線(共著)など

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(平成25年10月作成)
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