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犬塚池
(いぬづかいけ)
愛媛県
犬塚池伝説
昔むかし、四国58番札所・仙遊寺と57番札所・栄福寺をひとりの住職が兼務し、一匹の黒い犬に二つの寺の使いをさせていた。犬は、山の上の仙遊寺で鐘が鳴れば山を駆け登り、山の麓の栄福寺の鐘が鳴れば山を駆け下りる。ところがある時、仙遊寺と栄福寺の鐘が同時に鳴った。犬は迷い、右往左往、途中にある池で溺れ死んでしまった。悲しんだ村人は、池の湖畔に犬塚を作り、その池を犬塚池と呼ぶようになったと言われる。
浦山
(うらやま)
埼玉県
橋の名は地元の民話にちなむ
20近くある橋には、地元の民話にちなんだ名前などが付けられ、それぞれにネーミングの由来がある。
大町(元)
(おおまち)
長野県
ダム湖は「龍神湖」
地元に伝わる伝説「犀竜と小太郎」に因んで命名。ダム湖畔の公園に犀竜と小太郎の銅像がある。
尾原
(おばら)
島根県
ダム湖は「さくらおろち湖」
2009年11月に地元住民、学識経験者、行政関係者で構成する湖名選考委員会を設置。一般公募で県内外から寄せられた案を参考に、委員会内で選考。2010年9月に結果を発表。さくらおろち湖は斐伊川と関連が深い桜とヤマタノオロチ伝説から名付けられた。
厳木
(きゅうらぎ)
佐賀県
ダム湖は「さよの湖」
昭和62年、公募。松浦地方で悲恋物語として伝えられている松浦佐用姫(さようひめ)は、厳木町の長者の姫とされていることから、これに因んだもの。
行入
(ぎょうにゅう)
大分県
カッパで有名
すぐ下流にカッパ淵。悪さをしたカッパを行入寺の和尚さんが戒めるという伝説が残る。ダム周辺では様々なカッパの像が点在。国東地方ではカッパのことを「がーたろ」という。
国兼池
(くにかねいけ)
広島県
悲しい人柱伝説
「お国」と「お兼」という二人が人柱となってようやく谷川の水をせき止めることができたという悲しい言い伝えからこう名付けられている。河川名は溜池名から名付けられた。
化女沼
(けじょぬま)
宮城県
照夜姫伝説
化女沼には照夜姫伝説がある。いくつかあるようだがその一つ。
光明池副堤(元)
(こうみょういけふくてい)
大阪府
名は光明皇后に由来
古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
光明池副堤(再)
(こうみょういけふくてい)
大阪府
名は光明皇后に由来
古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
光明池本堤(元)
(こうみょういけほんてい)
大阪府
名は光明皇后に由来
古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
光明池本堤(再)
(こうみょういけほんてい)
大阪府
名は光明皇后に由来
古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
こまち
(こまち)
福島県
小野小町の生誕伝説
ダムがある小野町には、平安時代に活躍した女流歌人である小野小町(おののこまち)の生誕伝説が残る。「こまちダム」というネーミングも、この小野小町伝説からとられたもの。
佐治川
(さじがわ)
鳥取県
ダム湖は「名馬湖」
平成元年、公募、名馬湖に決定。湖面右岸側の名馬谷の故事に因んだもの。同時に、名馬公園、新名馬谷橋が命名された。
三瓶
(さんべ)
島根県
ダム湖は「さひめ湖」
平成6年に住民に公募し、「さひめ湖」に決定。石見地方に広く分布する「狭姫(さひめ)」伝説に由来する。三瓶山は、古くは「佐比売山(さひめやま)」と呼ばれた。
塩沢
(しおざわ)
群馬県
ダム湖は「蛇神湖」
その昔、神域であった赤久縄山には大蛇が棲んでいて、村を守ってくれる神であると崇められていたことによるもの。上流には蛇神橋もある。
杉沢溜池
(すぎさわためいけ)
山形県
難読ダム名?
鬼面川ダムと書いて「おものがわ」ダムと読む。難読? これは河川名をとったようで、鬼面川は、その昔、小野小町が疲れて川のほとりで休んだとき、川面に映った自分の顔がやつれて鬼のようだったという伝説に由来している。
千貫石(再)
(せんがんいし)
岩手県
ダム湖は「千貫石溜池」
江戸時代、最初に築造した時、人柱「おいし」を銭1000貫で買い求めたという話からこの名がある。歴史のある溜池。
千貫石(再)
(せんがんいし)
岩手県
銭1000貫の人柱「おいし」
このダムは、元は天和2年(1682)着工。工事中何度も決壊したので、「おいし」という若い女性を銭1000貫で買ってきて、牛とともに人柱にしたという。10年の歳月をかけ、元禄4年(1691)ようやく完成。
西山
(にしやま)
山梨県
ダム湖は「奈良田湖」
奈良田は水没した集落名。奈良王(孝謙天皇)が遷居したとい伝説が残る。奈良田湖のそばには奈良田温泉があり、秘境の湯といわれる。
温井
(ぬくい)
広島県
ダム湖は「龍姫湖」
「りゅうきこ」。温井地区に伝わる「江の渕の大蛇物語〜大蛇(龍)が化けた娘(姫)の伝説」にちなんで名付けられた。試験湛水中の最高水位に到達する機会に、平成14年1月22日に命名。
野津
(のつ)
大分県
「吉四六さん」に出会える
野津町は大分県の民話の代表的な主人公である「吉四六さん」のふるさと。持ち前のとんち・奇才から多くの「吉四六ばなし」が生まれた。ダム周辺では、周回道路の橋梁親柱などに「吉四六ばなし」のワンシーンが採り入れられるなど、いろいろな「吉四六さん」に出会える。
服部大池
(はっとりおおいけ)
広島県
人柱伝説
もともとは、1643年(寛永20年)に福山藩初代藩主であった水野勝成が隠居後に服部川を堰き止めて造らせた溜め池だという。築造は大変な難工事であったため、お糸という名の人柱が捧げられたという伝説があり、人柱お糸の像がある。
氷川(再)
(ひかわ)
熊本県
ダム湖は「肥後平家湖」
昭和62年、「森と湖に親しむ旬間」を機に一般公募、命名。平家の落人の里として有名な五家荘があるところから地元泉村では平家伝説の里づくりを推進している
氷川(元)
(ひかわ)
熊本県
ダム湖は「肥後平家湖」
昭和62年、「森と湖に親しむ旬間」を機に一般公募、命名。平家の落人の里として有名な五家荘があるところから地元泉村では平家伝説の里づくりを推進している。
引原(元)
(ひきはら)
兵庫県
創作劇の主題歌として作られた「湖底の笛」
ダム建設のために移転を余儀なくされた人々の気持ちと、地元にある平家落人伝説を語り継ごうと、創作劇が作られ、その主題歌「湖底の笛」が作られた。後に、波賀町は、レコードにしている。
藤井川(元)
(ふじいがわ)
茨城県
ダム湖は「うなぎ地蔵湖」
昭和63年公募。地元に伝わる伝説「うなぎ地蔵」に因んだもの。
藤井川(再)
(ふじいがわ)
茨城県
ダム湖は「うなぎ地蔵湖」
昭和63年公募。伝説「うなぎ地蔵」に因んだもの。
二ツ石
(ふたついし)
宮城県
「二ツ石」の由来
ダムのある寒風沢部落の近くに「ヤット」という昔の屋敷跡がある。昔、平家落人がかくれた所。道路をはさんで高さ九尺、幅十尺、厚さ二尺の二つの石でできた門が立っていた。それでここを二ツ石、そばを流れる川を二ツ石川と呼んだ。向かって右側の門は今も残る。あとの一つは何時の世か、何故か二ツ石川と田川の落合に転落した。残った一つは淋しさの余り左の石が恋しくて、しくしくと声を立てて七日七夜泣きつづけたという伝説がある。
舟郡
(ふなごおり)
山口県
ダム湖は「青龍湖」
近くの川棚温泉には青龍伝説がある。大昔、この地方は一大沼地で巨大な水野神様である青龍が棲んでいたが、欽明天皇の時代(1400年前)に大地震があり、青龍が亡くなってしまった。長年日照りが続き困った村人は、青龍祀る社を作り祈った。ある日地面を掘ると温泉が湧き出たと伝えらる。
真名川
(まながわ)
福井県
麻那姫伝説で知られる
下流に麻那姫(まなひめ、真名姫ともいう)の伝説がある。麻那姫は、干ばつから村民を救おうと竜の住む淵に身を投じたと伝えられ、真名川の名の由来になっているという。ダム湖畔には麻那姫像が。像は、冬季は雪や寒さで傷む恐れがあるため、シートで覆って越冬。
真名川
(まながわ)
福井県
ダム湖は「麻那姫湖」
地元に伝わる麻那姫(真名姫ともいう)の伝説に因んで昭和52年の竣工式の時に命名。
三川(再)
(みかわ)
広島県
ダム湖は「神農湖」
農業技術の神である中国伝説上の帝王「神農」からとった。神農湖は、広島県を代表する巨ベラの釣り場だという。
宮床
(みやとこ)
宮城県
アサイナサブローの民話
地元に「七つ森」の民話があり、その主人公が「アサイナサブロー」。ダムの堰堤壁に「七ツ森」の物語を書い有田焼陶板16枚がはめ込まれている。
宮床
(みやとこ)
宮城県
ダム湖は「あさひな湖」
民話「七つ森」の主人公で伝説の巨人・朝比奈三郎(アサヒナサブロウ・アサイナサブロー)にちなんで、「あさひな湖」と命名。平成9年3月の「治水悠久」の記念碑に、命名したことが記されている。
龍ヶ鼻
(りゅうがはな)
福井県
ダム湖は「龍ヶ鼻湖」
地元には巨大な竜神が住んでいたという伝説が残る。このため、渓谷にあった大きな淵は龍ヶ鼻と呼ばれていた。ダムによってダム湖に沈んでしまったが、ダム湖にはその名を付けた。