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2章 〜ダムの形式・放流設備〜


さて、いよいよダムめぐりに出かけたあなたは、無事に目的のダムにたどり着くことができました。
うん、よく分からないけど大きいし、湖もキレイだし、来てよかったなあ。写真も何枚か撮影して、それでは次のダムに向かうことにします。
お、ここはさっきのところよりも大きい!形もちょっと違う気もするけど、同じかもしれない。やっぱりダムはいいなあ。では次。
何だこれ?地図にはダムって書いてあるけどタダの石垣にしか見えないよ。もしかして城跡なのかも。まあこういった発見もダムめぐりの醍醐味だな。

というわけで、いくつかのダム(など)を見たあなたは、そこそこ満足して家に帰ってきました。

はじめに断っておきますが、私は決してこういったダムめぐりを否定したり、予備知識を強制したりするワケではありません。人によっては何も考えずにダムを見ることで癒される場合もあるでしょうし、感受性の強い人なら余計な知識がない方がインスピレーションを受けやすいと思います。しかし、ダムに興味があってダムめぐりをするのなら、多少の基礎知識を持っているだけでダムから受け取れる情報は何倍にも増し、社会的役割からでも構造的見地からでも、より深くダムを理解することができるようになるはずです。ここでは、主にダムの外観から判断できる要素として「ダムの形式」と「放流設備」に絞って解説します。

1.ダムの形式

ダムの形式は、使われている材料により大きく2つに分類されます。逆に言えば、全てのダムはこの2種類のどちらかに属している、と言い切ることができるのです。その材料とは「コンクリート」もしくは「土や岩」で、コンクリートで造られたダムを「コンクリートダム」、土や岩を積み上げて造られたダムを「フィルダム」と呼びます。そして、それぞれのダムの中でも、基礎地盤の強さや地形、規模などによりいくつかの種類が存在します。

1-1.コンクリートダム

a.重力式コンクリートダム

重力式コンクリートダムは、水を貯めた際の水圧を堤体の重さによって支える構造です。つまり、部屋の模様替えの際に重い食器棚を動かそうと押してもビクともしない、というのと同じレベルの理論です。縦に斬った断面は直角三角形で、構造が単純なので大きなダムも比較的簡単に造ることができます。基礎地盤もある程度の強度があれば大丈夫です。使用するコンクリートの量が多く、工事の期間も長いというデメリットもありますが、昭和以降に造られたダムの中で一番多いのはこの形式です。
しかし、日本では堤高順で1位から4位までを後述するアーチ式とロックフィル式に占められ、「最強軍団なのに首位になれない」、どこかの野球チームのような屈辱的な状況を呈しています。何とかこの状況を打開したいところですが、上位に食い込めるようなダムの計画はほとんどが中止に追い込まれ、態勢がほぼ決着してしまったのは残念なところです。

数と重さにモノをいわせる日本一の軍団、重力式コンクリートダム
左:宮ヶ瀬ダム(神奈川県)、中:成出ダム(富山県)、右:船明ダム(静岡県)
b.中空重力式コンクリートダム

中空重力式コンクリートダムは、重力式コンクリートダムと同様に堤体の重さで水圧を支えるものですが、堤体内部に空洞をつくることによってコンクリートの量を節約しています。セメントの値段が人件費より高かった昭和40年代までは多く造られましたが、近年ではセメントの価格が暴落し、複雑な構造により人件費がかかるため採用されることはなくなりました。縦断面は二等辺三角形が基本です。重力式コンクリートダムとの見た目上の相違点を見つけるのは難しいですが、堤体が若干ふくらんだように見える点、それと湖の水位が低い時だけ見える上流側のスリット(タコ足と呼ばれています)などが特徴です。国内では、なぜか中部電力が好んでこの形式を採用しているほか、「地形」よりも「予算」の影響を受けやすいため、予期しないところに突如設置されていたりするので注意が必要です。

正統派異端系、中空重力式コンクリートダムたち
左:木地山ダム(山形県)、中:諸塚ダム(宮崎県)、右:高根第二ダム(岐阜県)
c.アーチ式コンクリートダム

アーチ式コンクリートダムは、水圧を両岸と底部の岩盤で支える構造で、水平に斬った断面は円弧や放物線を描いています。ちょうどお茶碗を4等分したような形と想像してください。水圧を受けると、その力は堤体を伝って両岸の岩盤および底部の基礎地盤に吸収されます。このような構造にすることによって堤体を薄くすることができ、使用するコンクリート量を大幅に削減できます。ただし建設は基礎地盤が強固な峡谷に限られます。朴訥な重力式に比べて見た目華やかな印象もあり、一時期は各事業者が競ってアーチダム建設に力を注ぎました。本来は「予算削減」のために生まれた形式ですが、どちらかというと「見映え」や「技術者の挑戦」的な意味合いで採用されたものが多いのではないか、という気がします。しかし時代が流れ、アーチダム建設に適した場所がほとんど開発された尽くしたこともあって、現在建設中や計画中のダムの中にアーチを採用しているところはほとんどありません。おそらく、現在大モメにモメている熊本県の川辺川ダムをもって、日本のアーチダム開発は幕を下ろすことになるでしょう。

機能性を追求した美しさで勝負、アーチ式コンクリートダム
左:裾花ダム(長野県)、中:上椎葉ダム(宮崎県)、右:鳴子ダム(宮城県)
d.その

コンクリートダムとしては以上のほかに、重力式ダムとアーチダムの両方の特性をあわせ持つ「重力式アーチダム」、アーチダムを横に複数つなげた「マルチプルアーチダム」、鉄筋コンクリート製の板で水圧を受け、その板をバットレスと呼ばれるコンクリートの扶壁と柱で支える方式の「バットレス式ダム」、堰止めるゲートに特殊な合成ゴム引布でできたチューブを空気でふくらませたものを使用する「ラバーダム」、また新しいものとしては、河床砂礫などの岩石質材料にセメント、水を添加して練り合わせたCSGと呼ばれるセメント系固化材を使用したCSGダム(厳密にはコンクリートダムではありませんが)というものも存在します。
1-2.フィルダム

a.ゾーン型ロックフィルダム

ゾーン型ロックフィルダムは、岩と粘土質の土を積み上げて造られたダムで、コアゾーンと呼ばれる土の壁で遮水し、それをロックゾーンと呼ばれる岩の山で支える構造です。コアの位置により、中央土質遮水壁型(センターコア型)ロックフィルダム、傾斜コア型ロックフィルダムなどの種類があります。堤体が水圧を受けた際、基礎地盤の面積が広いために単位面積あたりの加重が小さくなることから、基礎地盤の強度が弱いところに適しています。ただし強度的な問題で、例えば本体に放流設備を設置できないなど、設計上いくつかの制約があります。建設のための材料は付近の手頃な山をダイナマイトで吹っ飛ばして採取されるため、安価で巨大なダムも建設が容易であり、近年もっとも盛んに開発が行なわれている形式です。さらにこの形式のウリのひとつとして「堤体が完全に固定されるワケではないので、大地震の際でも地殻の変動に対し
”柔軟”に対応が可能」といったようなことが謳われていますが、…果たしてどうなんでしょうか。

「気は優しくて力持ち」なゾーン型ロックフィルダムの面々
左:白川ダム(山形県)、中:七倉ダム(長野県)、右:三国川ダム(新潟県)

b.表面遮水型ロックフィルダム

表面遮水型ロックフィルダムは、コンクリートアスファルトによって貯水池側の堤体表面で遮水する方式です。遮水部分が表面にあるので、施工やメンテナンスが容易にできるという利点があります。下流側から見るとゾーン型ロックフィルダムと見分けるのはほとんど不可能ですが、上流面がコンクリートやアスファルトで覆われているので割と簡単に区別できます。もっとも、圧倒的に数が少ないので意識して探さない限り遭遇することはまずないでしょう。

c.アースダム

アースダム(均一型フィルダムとも呼ばれます)は、等質の材料(つまり土)を積み上げて造られたダムです。構造が簡単なため施工しやすく安価ですが、大規模なダムには適さず、日本では大きくても高さ40m程度のものまでと決められています。古くから農業用や水道用のため池として数多く造られ、人々の生活を支えてきました。アースダムはその材質から地域の風景にたいへん溶け込みやすく、地方には今となってはプロでもその場所の特定が難しいようなダムが数多く埋まっています。

ところで、アースダム最大の特徴として、所有者のほとんどが自治体や電力会社といった公共機関ではなく、その「集落」とか「地域」といった閉ざされたコミュニティーであり、古いものでは「単なる地元の水源でしかなかったものが明治維新と河川法の整備によって『ダム』になってしまった」というような、当該地域住民と我々ダム探訪者との温度差の違い、と言うことができます。「ダム年鑑」を見ると、古くから開けていた地域にいつできたのか不明な堤高15.0mちょうどのアースダムがやたらと記載されていたり(正確に15m以上あるのか怪しい)、数百年前から星の数ほど造り続けられ、現在でも消滅と発生を盛んに繰り返しているため、正確な数は未来を通じて誰にも分からないでしょう。
アースダムは、その名の示す通りダム界において独自の小宇宙を形成しているのです。

タダの土手かダムか...プロの目をも欺く擬態能力を有するアースダム一族
左:円良田ダム(埼玉県)、中:村山下ダム(東京都)、右:郡ダム(千葉県)

d.その

上記以外にフィルダムの種類はほとんどないと言っても過言ではありませんが、ひとつ例外として、コンクリートダムとフィルダムを途中でつなぎ合わせた複合ダム(コンバインダム)の存在を忘れるわけにはいきません。この形式が採用される理由として、建設地点の右岸側と左岸側の地盤の強度が極端に異なる場合などが挙げられます。現状では重力式コンクリートダムロックフィルダムの組み合わせが一般的ですが、個人的には、例えばマルチプルアーチダムが可能なように、アーチとロックフィルの複合ダムなんてのも夢ではないのでは、などど思います。


2.放流設備の種類

いくらダムが水をたくさん貯め込んでも、それを自由に下流に流すことができなければ何の意味もありません。そのためダムに設置される放流設備には様々な種類が存在し、用途や水量によって使い分けながら効率的に運用されています。それでは代表的な放流設備を、用途と形式、そして主なゲート(水門)の種類に分けて解説していきましょう。

2-1.用途別放流設備

a. 非常用洪水吐

どんな大きさのダムであれ、また用途が何のダムであれ、クレスト部(ダムのてっぺん)に必ず設置されるのが「そのダムの貯水許容量をオーバーしてしまった時の放流設備」で、「非常用洪水吐(ひじょうようこうずいばき)」と呼ばれるものです。つまり大雨などで、他の放流設備が最大限の放流をしても追いつかないほどの流入量があり、ここままでは水がダムの上を越えてしまう!という時などに使われるものです(実際はそこまでピンチでなくても使われることがあります、というかそんなピンチはまずありません)。

b. 常用洪水吐

常用洪水吐(じょうようこうずいばき)はその名の示す通り、通常のダム運用による洪水調節や下流への用水補給、流量調節などに用いられる放流設備をいいます。古いダムではクレスト部の非常用洪水吐にゲートを設置して常用洪水吐を兼用しているものもありますが、最近の多目的ダムでは様々な用途での放流が可能なように、異なる水位に対応して複数の常用洪水吐を持つダムもあります。洪水吐の設置された位置によって、オリフィス、コンジット等と呼ばれます。厳密な定義は不明ですが、主にクレストの下、堤体の中ほどに設置された放流口をオリフィス、それより下の堤体下部に設けられた放流口をコンジットと呼んでいるようです。逆に、利水専用ダムでは取水以外の目的がないため常用洪水吐というものが必要なく、取水設備と非常用洪水吐だけ、というシンプルな装備のものがほとんどです。

c.表面取水設備、選択取水設備

発電用水や河川維持用水など、常に一定の水を放流する必要がある場合、低層の水では温度が低すぎて下流の作物や生物に被害をもたらしてしまうため、ダム湖表面から取水した水を使用します。しかしダムの水位は常に変化するため、どんな水位にも対応できるような取水設備が必要です。この中で常に表面の水だけを取り入れるものを表面取水設備、自由な水位を選んで取り入れることができるものを選択取水設備と呼んでいます。構造としては、何段ものゲートで高さを変えたりシャッターのようなゲートが上下に動く可動式、湖面に浮かんで表面の水を流し込むフロート式などがあります。

一番使用頻度が高いのに、ほとんどが厳重に格納されている取水設備
d.その他の放流設備

ほとんどのダムは「非常用」、「常用」、「取水」のうち2つないし3つの放流設備を組み合わせて装備していますが、中にはさらに別の用途の放流設備を持つダムもあります。その代表的なものとして挙げられるのが排砂設備です。これは、ダムにとって最も頭を痛める問題である堆砂、つまり上流から流れてきてダム湖に蓄積する土砂を下流に流すことができる設備で、土砂の流出量が多い流域のダムでは時折見ることができます。また、最近では土砂を含んだ水を貯水地には入れず、上流に設置されたバイパストンネルから迂回させて下流に流してしまう、という設備を持ったダムも登場しています。

2-2.放流設備の形式

a.自然越流

ダムに設置される放流設備の中でもっとも簡単かつ分かりやすい構造で、堤体の一部に切り欠きを作り、水位がその高さを越えると自動的に流れ出すという仕組みです。つまりは満タンのお風呂に浸かったときに水がザバーとあふれ出す、あれとまったく同じことです。当然ながらあふれ出す水位を自由に変えることはできず、細かい運用には向かないため非常用洪水吐としてクレスト部に設置されることがほとんどです。しかし、コスト削減が叫ばれる最近の治水ダムでは常用、非常用ともに自然越流式を採用しているところも多くなってきています。

単純至極、入った分だけ流れ出る自然越流洪水吐
b.ゲート式

ダムの外観上、もっとも目立つのがゲート(水門)を装備した放流設備と言えるでしょう。特にクレスト部にゲートが並んでいる様は、たとえそこから放流していなくとも心躍るものがあり、ダムの表情を自信に満ちたものに引き締めているような感じがします。また、外からはなかなか見ることができませんが、堤体の中程や下部などに開いている放流口も多くは中にゲートが収納されています(ゲートではなくバルブが装着されているものもありますが、外観からの判断が難しいためここでは割愛します)。ゲートの用途はそのダムの目的やゲートが設置された位置により様々ですが、すべてに共通しているのは、とにかく水を自由に流したり止めたりできる、という点です。このことから貯水池の水位を細かく調整することができるため、貯水量や河川の流量に対して緻密な運用が可能となります。

まさにダムの顔、クレストゲート3種

3.ゲートの種類
前の項で解説した放流設備に設置されたゲートの種類のうち、代表的なものについて簡単に説明します。

3-1.ローラーゲート

水をせき止めたり流したりするための可動式の板が溝に沿って上下する構造で、高い水圧がかかってもスムーズに動くように溝にはローラーがつけられています。ダムのゲートとして最もポピュラーで、主にクレストゲートでの使用が一般的ですが、高圧仕様のものも開発されオリフィス、コンジットゲートとしても使用されています。

形式を問わず、様々なダムに装備されているローラーゲート

3-2.ラジアルゲート

扇型のゲートを、扇の中心を支点として回転(上下)させ開閉する構造のゲート。高い水圧にも耐えられ、また上下方向の動きを小さくすることが可能なため、ダムの景観を意識してこのゲートが採用された例もあります。ローラーゲートよりも水圧に強いので、コンジットゲート等にも積極的に使われています。また、なぜか電力会社所有の発電用ダムのクレストゲートはこの形式が非常に多く採用されています。

なぜか電力会社ご用達?のラジアルゲート

3-3.その他の形式

国内のダムのゲートとして用いられるのはほとんどが上記2種とその派生型で、わずかながら他の種類も存在しているのでいくつか簡単にご紹介します。ひとつはゲートの下端に支点があり、油圧でゲートを下流側に倒すことによってその上を越流させるフラップゲート。ローラーゲートも上にあがるものだけでなく、下がることにより上を越流させるタイプのものがあります。また、ラジアルゲートを上流側下流側逆さまに設置した引っ張りラジアルゲートというものも最近開発されました。逆に最近はほとんど見かけなくなりましたが、断面が楕円形のゲートが回転しながら上下するローリングゲートと呼ばれるものも存在します。

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いかがでしょうか。今度の休日に、ちょっと早起きしてダムを見に行きたくなりましたか?どんなダムを見るか、どういうルートでめぐるか、あとはあなた次第です。いろいろな場所に出かけて、ぜひお気に入りのダムを見つけてみてください。




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