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■ダム建設

 今日、日本は、ダム、灌漑施設、水道施設の建設など様々な国際協力を行っている。かこさとしぶん・え『ダムをつくったお父さんたち』(偕成社・昭和63年)は、インドネシアのチタルム川にチラタダム発電所を造った話である。チラタダムの設計は日本、ダムの施工は日本とインドネシア、発電機はオ−ストリア、変電所はフランス、送電の設備は西ドイツの会社が各々担当した。ロックフィルダム(貯水量22億・)を5ケ国のお父さんたちが協力して、1983年に着工、1988年に完成、5ケ年で造りあげた。竣工式にはインドネシアの大統領も出席した。「お父さんたちが、ちえやちからをあわせてつくったこのダムはこれからずっとみなによろこばれ、だいじにされることでしょう」と結ばれている。また同著『だむのおじさんたち』(福音館書店・昭和42年)は、ダム造りについて、わかりやすく描かれており、4歳から小学校初級向きの絵本であり、親子で楽しめる。


 NHKは、プロジェクトX挑戦者たちの番組で、「世界一のテレビ塔 333メ−トルの難工事東京タワ−」、「YS−11日本初の国産旅客機翼はよみがえった」、「スパ−ル 360家族たちの自動車革命」など、高度成長期におけるサクセス苦心談を放映、人気を博した。このプロジェクトXシリ−ズの一つに黒部川第四発電所(黒四ダム)の建設についても放映された。このことを劇画にしたNHKプロジェクトX制作班・影丸穣也作画・脚本『厳冬黒四ダムに挑む』(宙出版・平成15年)が発行されている。間組の現場リ−ダ−中村精をはじめ、ダム越冬隊員となる医師鈴木康彦とその新妻との愛、標高2700メ−トルの山越えを行う岩井宰ブルド−ザ−隊、決死の雪上輪送、大町トンネルへの迎え堀りなどを描いている。それは過酷な自然環境と闘うダム造り、断崖絶壁に阻まれた人跡未踏の地のダム造りであった。昭和38年6月、工期7年間で黒四ダムは竣工式を迎えたが、最大出力 335,000kwの電力を生み出すために 171人の犠牲者を出した。


 童話作家前川康男著『黒部ダム物語』(あかね書房・昭和51年)は、小学5、6年生、中学生向きの書である。この黒四ダムの建設は、関西電力・が企業者であるが、ダム建設を五工区に分け、第一工区 間組はダム本体、取水口、水路トンネルの一部、大町トンネルの一部、御前沢渓流取水、第二工区 鹿島建設は骨材採取、製造、運搬、第三工区熊谷組は、大町トンネル、黒部ル−トトンネル、第四工区 佐藤工業は、黒部ル−トトンネル一部、水路トンネルの一部、調圧水槽、第五工区 大成建設は、地下発電所、変電所、水路全管路、インクラインをそれぞれの会社が請け負った。このダム建設に三つの危機が襲った。第1は、昭和32年 5月5400メ−トルの大町トンネルの掘削が、1680メ−トルの地点で大破砕帯に遭遇し、湧水に悩まされ、工事がストップした。ようやく7ケ月かかって80メ−トルの破砕帯を突破できた。第2は、昭和32年 7月11日台風7号の豪雨によりダム地点が上流の土砂で埋まり、宿舎などが破壊された。第3は、昭和34年12月 2日南フランスのマルパッセ・ダムが大水のため決壊して 500人の死者を出した。マルパッセ・ダムは黒四ダムと同じア−チ式のダムであったため、融資先の世界銀行からダムの安全性について調査団が送りこまれ、ダムの設計について検討がなされた。危険を防ぐためにダムの設計を完全なア−チ式でなく、両側に翼を広げたような支え壁を造ることとなり、黒四ダムはア−チ式にウィング(翼)をつけた「用」、「強」、「美」の備わった、見事なダムとなった。
 ダムの諸元は堤高186m、堤頂長492m、堤体積 159万m3、総貯水容量 2億m3、最大出力 335,000kwである。この地が中部山岳国立公園に指定されていることから、ダムの建設には自然環境に充分配慮されている。黒部渓谷の自然美を損なわないように発電所、建物、鉄管など全て地下に建設された。この地下式建設のもう一つの理由は、雪崩の害を防ぐためでもある。毎年5月、アルペン道路が開通すると観光客がこの黒四ダムの華麗なる美を求めて訪れる。 100万人の観光客を呼び込む日本一のダムである。



 昭和35年、東京電力・は、長野県梓川渓谷に上流から奈川渡ダム、水殿ダム、稲核ダムと発電所を造り、ダムで貯めた水をそれぞれ揚水を行って発電する計画を発表した。鈴木勇・那須田稔著『アルプスにダムができる』(鹿島出版会・昭和43年)は、この三つのダムの建設記録である。
 第1章 東洋一のダムをめざして(美しい川、ダム物語、現地調査隊、外国でアーチダムがこわれた、工事中止か)、第2章 梓川渓谷にいどむ(揚水式ダムのあけぼの、ダム建設は道路工事から、川をつけ加える、川底の断層処理、ベンチカット工法)、第3章 自然の美、人工の美(定礎式を迎えて、赤松骨材集積所、立ち上がるコンクリ−ト壁、地底の迷路、ゲ−トをおろす)との構成を採っている。
 必ずと言っていいほどダム建設中には、危機に直面することがある。昭和36年10月 9日北イタリアアルプス地帯のバイオント・ダムにおける上流の山の地すべりに遭遇した。貯水池の水がダムの上を溢れて、下流にあったロンガロ−ネの別荘地帯を襲い、3000名近い死者を出した。東京電力・はダム技術者をイタリアの現地まで派遣させて、地すべりの原因究明を調査させている。また、湧水と断層に悩まされるが、徹底的に断層部分を撤去、コンクリ−トを注入し、コンクリ−トで固めた。ダムサイトの左右の壁は、コンクリ−トに武装された城のようになった。
 この書で現場の所長は「この壁がダムのいのちを守る砦です。そう思うと、とても愛情を感じてきましてね。ダムへの愛情がなければ岩の壁もこたえてくれません。ダムづくりは自分のいのちをかけています」と語っている。いかに細心の注意を払って、強固にコンクリ−トを打設するか、ダム建設の重要なポイントであることがよく理解できる。
 この書は、ダム現場技術者と童話作家によるもので、ダム建設の全過程、随時にダム技術者の心意気が著されており、昭和31年10月完成の佐久間ダムを描いた岩佐氏寿著『佐久間ダム物語』(東西文明社・昭和34年)とともに、今日、ダムの施工法が大きく進歩したとはいえ、ダムに係わる基本的な児童書には変わりはない。

 なお、奈川渡ダムは堤高 155m、堤頂長 355.5m、最大出力 623,000kw、昭和43年完成。水澱ダムは堤高95.0m、堤頂長 343.3m、最大出力 245,000kw、昭和44年完成。稲核ダムは堤高60m、堤頂長 192.8m、最大出力32,000kw、昭和43年の完成である。3ダムともア−チ式で、併せて 900,000kwの電力を供給する。

 山形県朝日村に建設された月山ダムは、洪水調節、河川環境の保全、上水道、発電を目的とした多目的ダムである。ダムの諸元は、堤高 123m、堤頂長 393m、総貯水容量 6,500万m3、重力式コンクリートダムで、昭和56年に着手、平成12年に完成した。月山ダムと朝日村編集委員会編『すごいね、月山ダム』(建設省月山ダム工事事務所・平成3年)は、月山ダムについて、先生たちが中心となって、わかりやすく編集されている。

 月山ダムの構造、材料、貯水池の大きさ、ダムの造り方を絵入り解説し、さらに完成後のダム周辺の整備として「ねはんの里」、「むかしむかしの里」、「ダム資料館」、「遊歩道」の施設などの設置があり、朝日村の自然環境と調和しながら、朝日村の観光施設、レクレ−ション施設もつくられ、ダムが地域住民の交流の場としての位置づけがなされている。

 次に、まんがで描かれている建設省長島ダム工事事務所編『ダムのできるまで』(小里川ダム工事事務所・平成3年)は、主人公の若いダム技師が、補償交渉に応じないおじいさんを水害から助けたことを機に、補償問題が解決、役場に勤めるおじいさんの孫娘と結婚、ダム完成、海外のダム建設のために派遣されるまでの、ラブ・スト−リ−である。



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