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9.小渋ダム(小渋川)の建設

 小渋川は、その源を南アルプス赤石岳3120mに発し、釜沢で小河内川、大河原下市場で青木川を合わせ、さらに落合において分杭峠から南流する鹿塩川を合流し、伊那山脈を横切って大鹿村を流れ、小渋ダムに流入後、天竜川に注ぐ。流域面積295.0 km2、流路延長29.5km、総落差2000mに及ぶ急流土砂河川である。

 この大鹿村は赤石山脈と伊那山脈に挟まれ、南北に細長い谷間を中央構造線が走っている。一方三波川帯の地滑り地形となっている。昭和36年6月の集中豪雨によって、大西山崩壊の大惨事をもたらし、北川集落を壊滅させている。



『小渋ダム工事誌』

 建設省中部地方建設局小渋ダム工事事務所編・発行『小渋ダム工事誌』(昭和44年)によると、小渋ダム建設の経緯について次のように記されている。

【小渋川総合開発計画は、すでに昭和24年長野県によって小渋川河水統制事業として計画立案されたものであるが、泰阜ダム対策を含む治水事業の一環として再びクローズアップされ、建設省直轄で昭和28年度予備調査に着手し、同36年度実施計画調査に入ったが、たまたま昭和36年6月梅雨前線豪雨により記録的大洪水に見舞われ、至る所破堤氾濫し、大災害を蒙った。その結果、従来の計画を再検討し、ダム地点の計画高水流量1500m3/sを1000m3/s調節し、 500m3/sの放流に抑える洪水調節と、竜東地区 785.8haのかんがい及び最大出力9500KWの発電を行う小渋川総合開発計画が樹立され、昭和38年度に着工以来、昭和43年度迄の6ケ年間を要し完成したものである。】


小渋ダム

 小渋ダムは右岸長野県上伊那郡中川村大字大草、左岸長野県下伊那郡松川町大字生田に位置する。その諸元は堤高89m、堤頂長 196.7m、堤体積16.9万m3、総貯水容量3680万m3、型式アーチ式コンクリートダム、起業者は建設省、施工者は前田建設工業(株)、事業費83.3億円を要した。なお、主なる用地補償は取得面積 185.3ha、移転家屋80戸(87世帯)となっており、40年3月まで全世帯の移転が完了した。 この工事誌のなかで、二代目所長津田正幸(昭和39年7月〜41年7月在職)は工事の労苦について述べている。

【当時ダムサイトは、工事用道路、仮設備、基礎掘削、仮排水隧道、引き続いて上流仮締切と各種工事が輻輳して、蜂の巣をつついたような現場で多忙な毎日であったが、これらの工事の中で一番苦労したのは上流仮締切工事であったと思う。この工事はダムサイトに設置されていた砂防堰堤に貯められていた厚さ20米に及ぶ堆積層に設けられたもので、この層に対するグラウトの止水効果が思わしくなく、止む得ず最長15米のシートパイルを2列に打込み、この間に薬液注入を行うことにより滲透水位を下げて、下流の掘削及び法面処理を行った。あの時点では次善の策として適当な措置であったと考えられ、良い経験をさせて頂いたものである。また、ダムサイト付近では急峻なしかも狭い谷であるため本体掘削の屑搬出が渉らず、途中でグローリーホールに切替えたりして苦労したのも思い出の一つであろう。】

 小渋ダムは昭和44年完成以来30余年にわたり洪水調節、かんがい、発電を通じ飯田、伊那地方の暮らしに役立ってきたが、生田堰堤、小渋ダムの取水により、無水区間 6.8kmが生じた。このため水環境改善事業として、生田堰堤、生田発電所から絶対流量 0.7m3/s、小渋ダムから0.72m3/sを平成12年4月から放流を開始し、その放水を活用し、小渋第三発電所を設けて発電を行っている。

 一方小渋ダムの堆砂抑制策として、ダム湖末端部で流入土砂を抑制し、効果的な土砂排除を行うために、昭和52年第1貯水ダム、平成元年第2貯水ダムを設置した。平成14年までの年平均土砂流入量55.4万m3が採取され、コンクリート骨材に活用されている。

 だが、細粒分(浮遊砂)の堆砂を止めることができず、なお年間42万m3が堆砂し、平成15年1月では堆砂率71%(34年経過)を占めている。このため堆砂末端部では有効貯水量を侵し始めている。このまま堆砂が進めばおおむね20年後には堆砂満砂量に達するという。現在、ダム湖に有効貯水容量を確保するために浮遊砂を対象とする土砂バイパストンネル工事、掃流砂を対象とする貯砂ダム工事を実施している。

 九津見生哲著『伊那谷の土砂動態』(天竜川上流河川事務所・平成16年)によると、【美和、小渋ダムともにダム設置地点が土砂の生産域に近いので、貯水池に流入する土砂の粒径は直径十┰の礫分から白濁水の原因となる微細粉分まで多様である。……ここで注目すべきは、細粒分であるシルト・粘土の堆積土に占める割合が40〜50%高いことである。】と述べ、さらに【この値は花崗岩地帯を流域とする丸山ダムや矢作ダム等に比べて高い】と指摘している。

 平成17年11月17日小渋ダム湖は白濁水で淀んでいた。全国のダム湖で白濁水をみかけることがある。その原因が細粒分のシルト・粘土の堆積土ということが九津見氏の説でよく理解できた。このようにみると、小渋ダムの管理は土砂堆砂との闘いである。もし排砂できなければダムの治水、利水機能を喪失することとなるからである。このことは、伊那谷特有の地質構造からの結果であり、この闘いは未来永劫にわたって逃れられない宿命であろうか。



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