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9.奈良井ダム(奈良井川)の建設

 奈良井川は、表日本と裏日本の分水嶺である中央アルプス駒ヶ岳の北方、茶臼山(標高2653m)を源とし、木曾郡楢川村、塩尻市を北流し、松本市島田平瀬で梓川と合流する全長56.3km、集水面積 224km2の一級河川である。

 奈良井川は、右岸の田川と、これに合流する牛伏川、薄川、女鳥羽川、左岸の鎖川など多くの支川を形成するが、沿川は過去幾多の洪水被害を受けてきた。一方、集水面積が大きいことから水利用は比較的多く、郷原堰、小俣堰など十数ケ所で灌漑用水に利用されている。

 奈良井ダムは、奈良井川の長野県木曾郡楢川村大字奈良井字大久保地先に昭和57年に完成した。長野県土木部奈良井川改良事務所編・発行『奈良井ダム工事誌』(昭和59年)、長野県松本建設事務所、奈良井川改良事務所編・発行『奈良井川』(平成7年)によると、奈良井ダムは、中信地区の奈良井川総合開発計画の一環として、戦後間もなく構想がなされていたという。昭和36年から予備調査を開始、48年建設着手、昭和51年補償基準の妥結、ダム本体着工、昭和57年に竣工を迎えた。

『奈良井ダム工事誌』

『奈良井川』

 この奈良井ダムは次の4つの目的をもって建設された。

洪水調節として、調節量 230m3/s、放流量 120m3/sの洪水調節を自然調節方式で行い、下流基準点における流量 870m3/sを 670m3/sにおさえる。
・流水の正常な機能の維持として、 110万m3の用水を貯留し、渇水期に必要な用水補給を行うとともに、年間を通して安定的な流れの供給を行う。
・上水道用として、 180万m3を貯留し、松本市(人口約20万3000人)、塩尻市(人口約6万3000人)に対し、渇水期に8万6400m3/日(1m3/s)の取水を可能にする。
・ダム管理用発電として最大出力 830KWを供給する。なお、この発電は、建設省が昭和56年度から実施しているダムエネルギー適正利用事業に基づくもので、水エネルギーの有効利用を図るため、この種の発電所として、長野県では第1号となった。

 ダムの諸元は堤高60m、堤頂長 180.8m、総貯水容量 800万m3。型式中央コアロックフィルダムである。施工者は西松建設(株)、(株)奥村組共同企業体、事業費は 175.2億円を要した。補償関係は、移転家屋22戸、取得面積58.2ha、神社移転5棟、漁業補償となっているが、工事誌のなかに、家屋移転者22名が掲載されているのは、私の知る限りでは、奈良井ダムが初めてではなかろうか。これからの工事誌には、必ず家屋移転の方々の名は記すべきであろう。ダムは事業者だけの力量だけで完成するのでなく、土地関係者の協力が欠かせないからである。

 奈良井ダムの施工の特徴について、長野県営では最初のロックフィルダムであり、難問とされた基礎処理には次のような創意工夫がなされた。

【コアー敷下のブランケットグラウチングは、初め明り部より行ったが、河床部を中心とした区域において、セメントミルクのリークが多く、種々工法を試みたが、成果が上がらず、ついに盛立を先行させた後、ダム軸コアー敷下に設けられた、ギャラリートンネルからの施工に切り替えた。カーテングラウチングはほとんどトンネルの施工であり、ケーシング堀り等苦労してボーリングを行い、孔間隔を短くすることにより、無事工期内に所期の改良を達成する事が出来た】(前掲書『奈良井ダム工事誌』

 また、労働安全面では延べ 130万時間無災害記録を樹立したことは、特筆に値する。

 このような経過をたどった奈良井ダムは、昭和58年9月台風10号襲来に、奈良井ダム下流の楢川村にはみるべき被害もなく、十分にその効果を発揮した。


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