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水利権とダム(10・最終回)
−水循環と流域−

長 谷 部  俊 治
みずほ総合研究所 理事
 
10 水利用秩序の基礎 −水循環と流域−

 ここまで9回にわたって、水利権が水利用の秩序をどのように維持しているか、その際にどのような問題に直面するかを紹介し、それを通じて水利用とダムとの関係を考えてきた。最後に、やや大局的に水利用を捉えることにより、水利用秩序の基礎を再確認し、秩序を維持するしくみの今後の方向を展望してみたい。

(1)水循環の視点

 水は切れ目無く循環し、水利用はその一部として循環をつなぐこととなる。その様子は、たとえば次図のように理解されている。


 水利用を考えるときこのような視点は重要で、この図からは、たとえば、水源地と都市との水共同的な関係や、取水、水利、排水が一体として機能している関係などを読み取ることができよう。そして、この水循環を健全に保つことは、安全な水の確保、都市型水害の回避、渇水被害の軽減、ヒートアイランド現象の緩和、生態系の回復などの効果をもたらすと考えられている。

 ところで、水循環が健全であるというのはどのような状態であろうか。単に、水が途切れることなく循環するとか、水質が保たれているとかという単純なことではない。水の循環と人の活動との関係が、適切で安定した秩序のもとにあるかどうかが問題なのである。その秩序を保つルールが十分に機能していれば、水利用その他によって生じる様々な影響関係や摩擦を適正に調整することができる。

 つまり、水循環を一定の秩序のもとに置くことが重要となるのだが、その際には水循環がどのように構成されているかを把握して、その実態を理解しなければならない。そしてその構成を見ると、大きく四つのサブシステムから成り立ち、それらが相互に関係しあって水循環を支えていることがわかる。

 四つのサブシステムとは、河川・湖沼、地下水(伏流水は除き、河川・湖沼に含める)、農業水利網、都市水系(上下水道を中心とする都市域での水循環)である。その特徴を簡潔にまとめると表のようになるであろう。


 さて、これら水循環の四つのサブシステムの相互関係を図式的に示すと、図のようになる。同図中に記した記号は、AからDまでがそれぞれのサブシステムの秩序を維持するためのルール、@からDまでがサブシステム間の水の動きを示しているが、水利用に焦点を絞ってその具体的な姿を概観すれば次のとおりである。


A(河川・湖沼の利用秩序)
 河川・湖沼は公共物とされ、政府が河川管理者となってその利用秩序を維持する。河川管理のためのルールは河川法に規定されているが、その目標は、治水、利水、環境保全の三つである。(すべての河川・湖沼に対して河川法によるルールが適用されるわけではないことに注意。)

B(農業水利網の運営秩序)
 農業水利網は、水利組合などにより農業経営のために自治的に管理運営される。水利網の整備と農村社会の成立とは不可分な関係にあることから、農業水利のルールは農村共同体の秩序を維持する基盤となることが多かった。
C(都市水系の運営秩序)
都市活動に伴う水の給排水は、公共公益性のある社会サービスとして、水道事業、下水道事業などによって担われている。事業の運営ルールは法令によって定められているが、水利用は個別的かつ多様であり、都市内の水循環は複雑である。また、都市的な水利用のかたちは「水質の消費」(その意味については注1を参照されたい)であることが特徴である。

D(地下水の利用秩序)
 地下水は原則的に土地所有者の支配のもとにある。地盤沈下防止のための汲み上げ規制はあるが、基本的には土地所有者が個別的に自由に利用するのみで、特段の利用ルールは無い。 

@及びB(河川・湖沼からの取水)
 河川管理者の水利使用許可によって得られる水利権が必要。水利権による秩序維持の原則は、「当該水利使用に係る権原の発生前にその権原が生じた他の水利使用及び漁業に支障を生じないようにしなければならない」というルールである。

A及びC(河川・湖沼への排水)
 原則として自由。ただし、Cについては、水質の汚濁を防ぐための排水規制等に従わなければならない。

D(地下水の取水)
 原則として自由。ただし、地盤沈下防止のための汲み上げ規制等に従わなければならない。

 では、このような実態はどのようなことを示唆するのであろうか。その評価は難しいが、前図に即して考えると、少なくとも次のことが言えよう。

ア サブシステムの分離的な運営

 四つのサブシステムはそれぞれが独自のルールによって運営されているが、このサブシステムの分離的な運営のしくみは合理性に富んでいる。特に、農業水利網と都市水系とが別々のサブシステムとして分離され、相互の影響関係は河川・湖沼を介する限定的なものとするよう運営されているのは、両者の成立経緯や水利用の特性が大きく異なるからであるが、同時に水循環を健全に維持するという視点からも重要であり、そのしくみは引き続き維持されなければならない。

 農業水利網は自然と親和的な性質を帯びていて、河川・湖沼と同様にそれ自体が良好な水環境となり得るのであり、農業経営の手段に留まらず、人為と自然との調和的な関係を保つ役割を担うことができる。今後、農業水利網の持つ環境保全機能を活かすような取り組みが必要である。

 一方、都市水系は水の給排水機能に特化した極めて人工的なシステムであり、水循環に対する影響力は多大である。従って、その運営は、まず、影響を都市水系の内部で完結させ、そのうえで他のサブシステムとの影響関係を制御するしくみが重要となる。たとえば、取水(B)に当たっては水量だけでなく水質を確保しなければならないし、排水(C)に当たっては汚濁負荷の影響に責任を負わなければならないが、水利用のルールはその関係を十分に反映したものでなければならない。その鍵は、受益と負担の関係を明確にするなど経済的なメカニズムを活用することにあると考える。都市水系の水利用は水質の消費であるから、水質の変化に応じて負担するルールなど、農業水利とは異なる運営秩序が必要となるのである。そしてそれはいまだ十分に実現しているとは言い難い。

イ 河川管理からの水循環に対する関与

 サブシステムをつないで水循環を一つのシステムとして運営する中心的な役割を担っているのは河川・湖沼であるから、その役割、つまりサブシステム間の関係を調整する機能を十分に発揮できるしくみを整えなければならない。そのためには、河川・湖沼の利用秩序を律するルール(A)に関して二つのことが必要となろう。

 一つは、河川・湖沼からの取水(@及びB)だけでなく、その後の利用ルール(B及びC)についても一定の関与が必要である。実際、河川の流況は農業水利網の運営に大きく左右されるし、河川管理に当たっては都市水系のニーズを十分に反映した運営が必要である。このことは、渇水時の水利調整を円滑・適正に行うためには、農業利水網や都市水系の運営実態を把握・理解するだけでなく、必要に応じてその運営についても関与することが必要であることからもわかるとおりである。

 もう一つは、排水(A及びC)のルールを確立することである。河川・湖沼への排水に当たっては、水質汚濁の防止だけでなく、河川・湖沼の生態系に対する影響を吟味しなければならないのである。特に、都市水系からの排水の制御は水循環を適切に運営するための中心的な課題の一つであり、そのルールを総合的に運営する体制の確立が重要と考える。

 なお、このように述べると、河川管理者が水循環を統合的に運営すべしという主張のように捉える向きもあろうが、そうではない。強化する必要があるのは、サブシステム間の関係を調整するルールであって、各サブシステムがそれぞれ自律的に運営されなければならないのは当然である。そして、関係調整を担うためにどのようなしくみが適切であるかは、今後考えていかなければならない課題なのである。その際に、水循環の性格から、流域という単位が重要となることは後述するとおりである。

ウ システムの最適規模

 前図では農業水利網や都市水系を一つのサブシステムで表しているが、現実には一つの河川・湖沼に複数の水利網や都市水系がつながっている。それぞれのサブシステムの規模は、基本的には自然条件に制約されるのであるが、特に都市水系は、大規模導水、広域水道、流域下水道などによって人為的な規模の拡大が図られている。水需要に応えるためであり、また給排水事業の経営には規模の経済(規模の拡大による収穫増大効果)が働くからである。

 だが、水循環は、生物活動の場を形成し、同時にその活動により影響を受けるという性質、つまり生態系としての性格を併せ持つ。都市水系の多くは人工的な管やポンプの組み合わせであり生態系とは異なるという意見もあろうが、雨水を集め、都市内の水面を維持するなど、都市の水環境を形成しているし、大きな水循環の一部でもあるから、その生態系としての性格を否定することはできないであろう。

 そして、生態系の運営は、その特性を反映した経済的な考え方とは違う原則(エコロジー原理)によらなければならないのであるが(生態系の特性については、注2を参照のこと)、その中で特に重要なのが「適正規模」という考え方である。水は循環することを通じて、相互連関の網の目を形成し、フィードバック機能を有する影響関係を維持する。その健全性を保つには、システムの規模を制御可能な範囲に留めることが必要なのである。

 従って、長大な導水や大規模下水道による流域変更、人為的で大幅な水量変動、水辺の喪失や水源地の開発などは、自然の力とのバランスを維持するような範囲に押さえることが大事である。たとえば、重力にさからうことにより大きなエネルギーを消費するようなシステムを採用しないという原則を尊重すべきであろう。同時に、そのような自然の力とバランスした水循環システムの運営は、安定的な水利用にも、水質の保全にも資すると考える。

 このとき重要となるのは、農業水利網や都市水系の運営秩序(B及びC)のなかに、そのシステムを最適な規模に保つルールを組み入れることである。たとえば、農業水利網については、落ち水の河川還元をルール化すること、用水の反復利用の程度を制御することなど、都市水系については、自然条件に逆らうような給水に相応の費用負担を求めること、下水道への総汚濁負荷量を制御することなどが考えられる。(念のため申し添えれば、これらのルールはアイデアでしかない。その現実性や有効性は未検証である。)

 つまり、農業水利網や都市水系が河川・湖沼から取排水する場合に、取水と排水との関係(@とA、BとC)を結びつけて制御するルールを導入するのである。たとえば、@によってAが、Bに伴ってCが、それぞれどのようになるかをあらかじめ吟味し、AやCによる河川・湖沼への影響をも含めて@やBの妥当性を判断するというしくみなどである。このようなしくみの導入によって、@やBの規模は自ずと限定的なものとなると考える。

 このことは、水利権の運用に当たって、排水を含めた水循環の視点を取り入れるということでもあるが、ただ、そのルールを具体化できるほどに取水と排水との影響関係が解明されているとは言い難い。水循環の実態を把握してそれを評価するという課題は、未だ残されたままである。

エ 地下水の扱い

 地下水は水循環のサブシステムとして孤立している。正確に言えば、表流水からの地下浸透や地下水から河川・湖沼への流出などもあるだろうが、水利用を水循環の視点から考える際には無視してかまわない。地下水は土地に付属するものであり、地盤沈下などを引き起こして他の土地利用に支障を及ぼさない限りは、それを汲み上げて利用することは原則として自由とされているのである。

 だが、地下水も水資源である。その保全のためには利用に関する秩序が必要であろう。大まかに言えば、土地所有者がその地下から一定量まで地下水を汲み上げるのは自由でよい。そのうえで、大量の地下水の汲み上げについては、資源の枯渇を防ぐためのルールを定めるのである。当然そのルールは、地形・地質や地下水の賦存情況によって異なるものとなるはずである。

 実際には、地盤沈下のための地下水の汲み上げ規制ルールがあり、これが実質的に地下水保全のためのルールの役割をも果たしている。しかしこれは、地下水を資源として捉え、土地と切り離してその利用秩序を明確にするようなしくみではない。地盤沈下以外に現実的な問題が生じていないから、地下水の保全に関心が向かないということである。だが、水道水源の13%は深井戸であるように、地下水に依存する水利用は決して少ないわけではない。すぐに取り組むべき課題とは思わないが、課題として残されていることを忘れてはならない。

 このように水循環システムの実態を考えてくると、それを総合的に捉える必要性を痛感する。そして、河川を中心とした水循環のまとまりは、流域である。総合的な水管理は、流域を単位に考えなければならないのである。

(2)流域水管理

(流域という共同的な社会単位)

 水循環は、異なる社会や生態系をつなぐ。そのつながりにより形成されるのが流域であるが、社会的にも、流域は、治水や水利用を通じて、一種の運命共同体の関係を形成する。政府の白書から引用した図には「水共同域レベル」という表示があるが、これは流域そのものなのである。

 実際、水循環にかかわる各種の公共的な政策、たとえば、治水、上下水道、農業水利、森林管理(水源地の管理)、水質保全などの政策は、流域という地域単位を前提に展開せざるを得ない。市町村のような行政区分を単位にした政策によっては、その実効を確保することが難しいのである。

 さらに、水循環は総合的なものであるから、その一面に着目した政策は、流域を同じくする他の水循環にかかわる政策と十分な調整のもとで展開しなければならない。たとえば、農業利水を確保するには治水が必須であるし、水質保全は様々な水利用に共通する課題であるから、政策相互の調整が必要となる。このときの地理的な調整範囲は、流域なのである。つまり、水循環にかかわる個々の政策を展開する場合に流域を単位に考えなければならないと同時に、個々の政策展開に当たって必要となる各政策の連携・調整もまた流域が単位となるのである。

 そればかりでなく、流域は、水循環という科学的な論理に基づかなくとも、感覚的にも自然な社会単位である。たとえば、地域の関係を表す言葉に、「峠を越えると別世界」という俚諺と「川向こう」という表現とがあるが、両者から受け取る感覚は相当に異なる。前者には、まったく異質な社会と出会うという意識、一種の恐れの感覚が含まれているが、後者からは、交渉を逃れることができない競争的な緊張感や、同質の社会として共存する慣れ親しみの感情が感じられる。流域を同じくすることによって、地域社会は一体性を持たざるを得ない。特に、河川交通が盛んであった時代には、河川を通じて文化的な共通性を帯びることさえある。(河川を通じた一体性を維持するために、飛び地で別の県に属している例さえある。注3を参照。)あるいは、水道の水源地と受益地が地域間の連帯関係を維持することも、単に利害関係に基づくだけではない流域の一体性という感覚に支えられていると考える。

(流域単位の水管理)

 流域という共同的な社会単位が成立している実態に照らせば、流域を単位として水利用などを総合的に管理することは合理性に富む考え方であろう。実際、新河川法(昭和39年(1964)制定)では、新たに、水系を単位として河川を管理するしくみ(水系主義)が導入されたが、治水計画や水利使用許可などに際して流域を単位に考えなければならないという技術的な必要に応えるためであった。しかもこのしくみは、地域社会の共同的な関係という実態に即して、実効性もあると考える。(もっとも、河川敷の利用計画まで水系主義を採用しなければならないかどうかについては疑問である。水系主義は、水循環にかかわる事柄については妥当するが、河川敷の利用については個々の地域の土地利用計画に包含すれば十分なのではないか。)

 そこで、その延長として、水循環を総合的に保全・制御するために、流域の水管理を一元的に運営する組織(流域水管理組織、ウォーターオーソリティ)が必要ではないかという意見さえある。(たとえば、水基本法の提案。注4を参照のこと。)

 だが、組織が問題ではない。必要なのは二つの取り組みである。
 第一に、水循環にかかわる諸政策を、実際に流域を視野において展開することである。森林の保全、水道水源の涵養、合理的な給水システム、下水道などの排水処理分担等々、いずれも流域を単位に計画し、必要な調整を図らなければならない。たとえば、上水道や下水道の事業は、行政区域によってではなく、流域全体を合理的に区分した区域を単位に実施すべきである。事業が水循環の一環を形成するという考え方は、理念ではなく、現実として採用しなければ意味が無い。

 第二に、流域の水管理の総合性を確保するために、個々の政策について恒常的に連絡・調整することがしくみを確立することである。水循環の視点で総合的に取り組む必要のあるテーマとしては、水資源配分、渇水調整、水質保全、土地開発事業による影響調整などがある。それらの課題に取り組むには、流域を単位とした各政策の総合調整が不可欠であり、そのような調整を通じて、図10・2に示すような水循環のサブシステムを包含した運営が実現するはずである。そればかりか、河川水源や湖沼周辺まで含めた大きな水循環の健全性を維持することにも貢献するであろう。

 思うに、市町村の広域合併によって行政の広域化が進んでいるが、行政サービスのしくみは、業務の性格に応じて区々のはずだ。健康・生活支援などのような社会福祉関係の業務は小さな地域コミュニティを単位に展開すべきであるし、交通・通信などの業務は府県単位でも狭すぎることがあろう。そして、水利用に関係する業務の基本的な地域単位は、流域なのである。自然の制約のもとで生まれた社会文化的な関係を尊重することは、地方自治制度の見直しに際して忘れてはならない視点であると考える。

(流域と水利用秩序)

 水利用秩序の基本は、隣接する土地相互の間において流水や流水施設を共同に利用する関係(相隣関係)のルールである。一般に、相隣関係については民法で定められているが(注5を参照)、水利用に関しては慣行に委ねられた。また、旧河川法の制定(明治29年(1896))によって水利使用許可の制度が創設されたが、その運用は、おおむね従来の慣行による水利権秩序を尊重し、基本的にはそのルールを踏襲した。その端的な現れが、「この水利使用に係る権原の発生前にその権原が生じた他の水利使用及び漁業に支障を生じないようにしなければならない。」という秩序原則である(注6を参照)。

 その後、水資源開発が進展し、水利用秩序の維持に当たっては、水利権とともに、水資源開発計画の策定、開発事業の実施、完成した施設の操作・運営などが重要な役割を担うようになった。(その事情については、注7参照。)

 見逃してはならないのは、水利権制度も水資源開発のしくみも、ともに流域を単位にした水利用秩序を視野に入れていることである。従って、この両者は、一部分にせよ既に流域水管理を実現しているといってよい。

 そこで考えなければならないのは、流域の総合的な水管理を必要とする課題に応えるには、どのような政策が必要で、その際に、水利権制度や水資源開発のしくみをいかに活かすか、ということである。

 さて、これまで9回にわたって紹介してきた水利用をめぐる摩擦を総括すると、今後の課題として次のようなテーマが浮かびがる。

・水環境の保全:水循環と河川生態系との関係などを把握し、河川流況の人為的な改変の影響を評価することにより、水環境を保全する。

・取排水の一体化:健全な水循環の確保や水質の保全のために、取水と排水とを結びつけて制御するしくみを導入する。

・経済メカニズムの活用:経済的なメカニズムを活用して、合理的な水利用の促進を図り、適正な水資源配分を実現する。

 そこで、これらの課題に取り組むためのしくみを提案して、本稿の締めくくりとしたい。ただしこの提案は、アイデアの段階であって十分に研究した結果ではないことをお断りしていく。

@ 水利権を点から面へ

 水利権を、個々の取水行為に関する権利に留まらず、取水後の利用に関しても一定の秩序を維持する義務を伴うものとする。

 たとえば、水利使用許可制度を個別の取水行為に着目して運用するのではなく、複数の取水行為をまとめて取水の目的である利水事業を単位として許可することとするのである。その上で、当該事業について水利用が適正になされているかどうかの視点で監視・判断できるしくみを導入する。つまり、水利権を点的なものから面的な要素を加えたものへと転換するということである。そうすれば、水利権の移転などの際にもその合理性を確保することができるであろう。

 また、そのしくみを拡大すれば、排水の位置などを調整するなど、取水行為と排水行為とを結び付けた水利用秩序の運用が可能となるはずである。

 ただし、このような水利権の転換のためには、水利使用許可などに当たって流域住民の意見を反映させるようなしくみをあわせて整備しなければならないことは当然である。

A ダム機能の拡大

 ダムによる河川流況の調整機能を拡大して、水環境の保全に寄与すべく運用することとする。

 たとえば、河川維持流量を確保すること、水辺の生態系保全に適するよう河川流量を変動さること、都市内の水面を維持することなどのためにダムを活用するのである。このとき、取水者の負担によって水源地を保全するようなしくみをあわせて整備することも重要である。

 ただし、流域変更や流況の大規模な変動など、水循環に対する人為的な介入に当たっては、その影響などを慎重に判断しなければならない。ダムの建設や運用に、エコロジーの視点を取り入れなければならないのである。

B 水資源配分ルールの見直し

 優先確保の順に水資源を配分するルールを見直し、経済的な取引によってその配分を合理的なものとするしくみを導入する。

 たとえば、水利権の移転を柔軟にすること、既存ダムの運用を変更する場合のルールを確立することなどが必要である。その際には、水利用は同時に排水を伴い、その影響に責任を負うという原則を確立して、取引価格に反映させることが重要となる。

 水資源の取引ルールに、水循環への影響評価、公共性の確保、流域の社会的な一体性などの必要性に応えるようなしくみを取り入れることにより、政府の割り当てによる配分よりもさらに合理性の高い、市場メカニズムを活かした水資源配分が実現すると考える。

(注1)水利用の性質は、灌漑用水のように植物が吸収するもの、水力発電のように重力エネルギーを使用するもの、都市用水のように主として水の物理・化学作用を活用するものに大別できる。そして、水質は水の化学作用の結果により変化するのだから、都市用水としての水利用は、「水質の消費」であると考えてよい。そのように捉えると、都市水系を管理するために留意すべき有益な視点、たとえば、用途の順序を工夫すること(たとえば中水道の採用)によって消費効率を高めることができること、消費であるから水質の回復には相応のエネルギーを要することなどを得ることができる。(この「水質の消費」という捉え方は、丹保憲仁「水資源と都市・地域の水代謝システム」(丹保・丸山編「水文大循環と地域水代謝」(技法堂出版、2003年)所収)による。そのほか、同書は水循環について有益な記述を含んでいて参考となる。)

(注2)生態系の特徴については、以前に経済活動と比較して述べたところであるが(「水利権とダム(5)」)、要約して再述すれば次のとおりである。

@ 適正規模:生態系は閉鎖された循環系であるから、適正規模の維持が重要である。相互連関の網の目とフィードバック機能が生態系の規模を制約し、規模を保つ収束力となる。

A 適応:生態系の原動力は適応である。自らを情況にあわせる柔軟性が不可欠で、適応によって「住み分け」が実現し、多様性の維持が可能となる。

B 固有性:生態系では固有性が重視される。生態系がその強靭さを維持することができるのは、構成員それぞれの特性が十分に発揮されるからである。 

C 均衡:生態系を支える原則は均衡の尊重である。生態系では、自己修復力により均衡が維持され、そのなかで自律的な組織化を果たす。

D 全体性:生態系はフィードバック機構が強力に作用するので、現象を切り分けないでその全体を捉えて考察するアプローチが必要である。生態系に働きかける場合には、全体性をより尊重しなければならない。

(注3)和歌山県北山村は、全村が和歌山県の飛び地(周囲を奈良県及び三重県に囲まれている)である。当時の交通手段が河川交通であり、北山村の住民の大部分が筏師で材木の輸送等を通じて新宮と地域的に強固な関係にあったことから、廃藩置県に際して新宮市と同じ県に属することを希望したからだとされる。河川(熊野川)をとおして地縁、血縁のつながりが生まれ、強固な経済的関係が確立していたため、人為的な行政区分が拒否された例と言えよう。

(注4)「水基本法」は、自治労公営企業評議会が提案しているもので、水の公共性、総合的な水管理体制、流域を単位にした水管理、住民参加などの視点を基本とした水管理のしくみを確立することを主張し、そのための制度を法案のかたちにまとめている。考え方は注目に値するが、制度提案としては難点も多い。たとえば、水管理を計画の下に置こうとする意思が強く現れていて、水利用の歴史、水循環の多様性、生態系の性格などについて十分に配慮したしくみとは言い難い。法案は理念的に過ぎるのである。

 実効ある流域水管理のためには、水資源配分や水質保全のような切実な課題に応えるための政策の束を用意することが先決である。たとえば、水道事業者は、水源の保全のために負担を負う、というような政策が必要と考える。

(注5)民法に規定する水に関する相隣関係は、同法第214条から第222条までであるが、それらの規定は、次のような三つの関係に整理できるという。(我妻榮「民法案内W」(一粒社、1968年)による。)

 第一に、「自然の」排水が流れてくる場合の関係である。このときは我慢することが原則である。高地から低地に水が流れるのは自然の法則だから、人為的な水流でない限り低地の土地所有者は我慢しなければならない。第二に、人工的な余水を排水する場合の関係である。この場合には原則として隣地を利用することはできない。ただ、公共用水域に接続するために隣地を通水することは最小限の範囲で認められる。第三に、流水を利用する場合の関係である。これに関しては、自分の土地を流れる水路や幅員を変更することができるが、隣地に流出する地点で自然の水路に戻さなければならないことなど、極めて限られたケースについて規定するのみで、ほとんどを慣行に委ねている。

 このように水に関する民法の規定は、常識的で簡素なルールであり、具体的な関係調整に当たってあまり有用とは言い難い。だがこれには理由がある。水をめぐる相隣関係には地域性が強く現れ、慣習が卓越しているからである。そのため、実情を十分に反映したルールを定めることは難しく、秩序を実効的に維持するには、個別の具体的な判断の積み重ねによるしかない。私的な関係について、民法の成立以前からの慣行を尊重するというのは、法のあり方として積極的な意味を持っているのである。

 そして、慣習によって確立した相隣関係が尊重される代表例が、農業水利に係る水利権である。地域によってルールに違いはあるが、おおむね「古田優先」の原則のもと、取水の方法や取水施設の位置、規模、運用規則などを取水者が相互に取り決めて、河川流水の利用秩序を維持したのである。その取り決めによって確立した取水の権利が水利権であると考えてよい。実は、民法はその権利の行使を妨げることを排除できるような強い権利(物権)を限定しているが(民法第175条「物権は、この法律その他の法律に定めるもののほか、創設することができない。」)、水利権は法律で定められた物権ではないにもかかわらず、判例上そのような効力が認められている。相隣関係を調整するルールとして実効性が高いからであろう。

(注6)河川法による水利使用許可制度は、従来は慣行によって水利権が成立することに較べて大きな変革であった。また、水利権の遊休化の防止、水利使用の公益性の判断、渇水時の調整など、公共性の視点から必要とされるルールも取り入れられている。だが、その運用に当たっては、基本的には、「この水利使用に係る権原の発生前にその権原が生じた他の水利使用及び漁業に支障を生じないようにしなければならない。」という旧来の水利権秩序原則を踏襲したのである。

 このような水利用に関する秩序のあり方は、土地利用に関する秩序のあり方と較べると大きく異なる。土地利用についても、民法に相隣関係の規定があり、また、慣行が卓越することは同様であったが、早くも明治期において、都市計画制度や建築物規制のような、私的な関係に基づく秩序とは決別したルールが導入された。都市的な土地利用の発展とともに、その秩序に政府が強く関与するようなしくみが整えられたのである。近代的な制度を整備する際に、土地と水の利用秩序の取り扱いについてなぜこのような違いが生じたかは、それ自体興味あるテーマであり、それを考えることによって水利用の特性が明確となると考える。(残念ながら、私はそのような視点からの分析は知らない。)

(注7)水資源開発によって担われる水利用秩序を維持する機能は、次の三つに整理できる。第一に、その計画立案に当たって、既存の水利権などが具体的に把握され、影響関係が調整される。水資源開発をきっかけとして水利用秩序を定量的に明確にして確定する必要に迫られるのであり、慣行的な秩序をそのまま維持することが困難になるのである。たとえば、ダム建設をきっかけに、農業用水の合口化が進むのはそれゆえである。

 第二に、政府による水利用の計画的な調整のしくみが発達する。水資源の配分に当たっては、地方自治体などの参加のもと地域社会全体による調整が重視されるからであるが、このことは、関係河川利用者間の自治的な調整により秩序を維持するという水利権のありかたが後退することでもある。

 第三は、水資源開発施設によって河川の流況が大規模に操作され、水利用の秩序がダム等の操作・運営に左右される情況が生まれたことである。たとえば渇水時における水利調整に当たっては、取水制限だけではなくダム等の貯留・放流の運用如何が中心的な課題となるのである。
これは、「月刊ダム日本」に掲載されたものの転載です。


(2006年9月作成)

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