水利権というのは、川の中の一定の場所から、一定の量以下の水を取っていいという権利のことだ。以下というのは、その量の範囲内で必要な量という意味でもあるし、川の中にその量以上の水が流れていなければ、取りたくても取れないということでもある。水利権量以上の水が流れていれば、自由に取っていいかというと、渇水のときなどそうはいかなくて、渇水調整の結果決められた節水を強いられる。 こうなると権利というより制限量とでも呼ぶほうが適切なような気がしてくるが、事実そのとおりで、下流の既得水利権の取水に影響を及ぼさないという観点で、量は決められる。
量は毎秒何立方メートル、略して立米(リュウベ)、それも面倒なので、トンと言い慣わされる。1立米の水の重量は1トンだから、別に間違ってはいないのだが、厳密に言えば、容量が重量に言い換えられていることになる。毎秒というのも省略する。取水量だと日量でいうこともあるが、桁がまったく違うので、どちらでいっているのかの見当は付く。
水路内の水と違って、川の中の水の量は変化する。蒸発もあるが、大きいのは潜ってしまう量と、逆に外から入ってくる量だ。途中に支川の流入や取水がなくても、それは起こる。前者を伏流量といい、後者を還元量という。これらを直接的に測ることは難しい。両者の差し引きなら、同時流量観測を行えば、求めることができる。測定しようとする区間の上流端と下流端で同時に(厳密にいえばその間の流下時間を加味しなければならないが)流量を測り、その間に取水や流入があれば、それらを差し引きすれば求められる。
下流の既得水利権に影響を与えることなく新規に水を取ることができなければ、ダムを作って補給するしかない。だから、ダムを計画する場合は、ダムから下流の全川にわたって、上に述べたような量の差し引きを行い、ダムに貯める量、ダムから補給する量を決める。
毎秒1トンという量はかなり大きな量である。小さな川なら、結構な量の水が流れていると感じられる量だ。1日は86,400秒だから、日量でいえば86,400トンということになる。簡易水道などでは、取水量はたかだか日量数千トンくらいのものであるから、毎秒に直すと0.0何トンという数字になる。かたや農業用水は毎秒何十トンという量を取水する。この足し算をすると、有効数字は5〜6あるいは7桁になってしまう。
ここで技術屋は悩むのである。川の流量の精度など、たかだか3桁である。6桁など望むべくもない。そんな量を基に、足し算、引き算をして何になるのだろう。0.0何トンなど誤差の範囲内だ。だからといって、何トン以下は無視するというわけにもいかない。全川集計すればそれなりの量になってしまう。しかし、取水地点は決められているから、まとめてという計算をするわけにもいかない。
ダムの利水計算をするたびに(たとえ自分で計算するのでなくても)、こんな悩みを持つのだが、いまだに解決策は見つからない。はじめの河川法のできた明治の時代からこんな計算をしているはずなのに、どうすることもできないことがあるのだ。
(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)
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